第31話

 炎により息絶えたオークを横目に、3人で寄り集まって作戦を立てる。


「オーク、かなりフィジカル強いな。仲間呼ばれると厄介だぞ」


「んじゃじゃ、最初に胡椒や唐辛子パウダーを吸わせて相手の叫び潰そっか」


 アクラリムの戦い方に関してのスタンスは最初に自由にやらせた後、改善策を提示してくる傾向にある。

 恐らくは自ら考える能力を育む為だろう。


 とはいえ、ゴブリンの群れに放り込まれた時は流石に最初からアドバイスくれたが。


「今回は立地に救われたが気を付けないとな」


「他は建物同士が隣り合ってるから叫ばれたらすぐ来そうだね。なんなら戦闘音でも気付かれるかもだから短期決戦をこころがけよー」


「オークはあと、……見張も含めて4体か。次は1番近い建物に行くか」


 危険目視スキルによってオークの位置に変わりが無いことを確認しつつ、次の目標を定める。


 三つの大きな建物が連なった中で、1番近いものを選んで中へと入る。

 オークが一つの建物に密集していたら危なかったが、どうやら仲間内でも縄張り意識のようなものがあるらしい。


 念の為に俺の魔法の『ハイドアンドシーク』を使い、手で軽く触れてもらうことで吉良さんとアクラリムにも隠密スキルを有効にして進んでいく。

 建物の最奥に目的のオークを発見する。


 危険目視スキルを用いて敵の索敵範囲を探りながら、極力音を立てずに限界まで近付いていく。


 ギリギリまで接近したところで、吉良さんへハンドサインを送る。

 危険目視スキルにより、身構える吉良さんから投擲物の導線が放物線を描くように赤く浮かび上がる。

 投擲スキルの恩恵か、赤い線は目標であるオークの頭部へと寸分違わず吸い込まれるように伸びている。

 よし。


 サインを送ると同時に、吉良さんが胡椒や唐辛子などの粉末が入ったカプセルのような物を投擲する。

 カプセルはほんの少しの衝撃でも即座に分解するように細工してあり、オークの頭部へ命中すると同時に乾いた音を立てて粉塵を撒き散らした。


 即座に駆け出す。


 標的は無警戒だったところに食らったこともあり、目蓋を開くのもままならないようだ。

 オークは叫び声をあげようと息を大きく吸い込もうとしたが、空気中に舞う香辛料を肺腑の奥まで送り込んでしまい、ひどく咳き込んだ。

 チャンスだ。


 相手の視覚が封じられているのを利用して一気に距離を詰める。

 いまだに催涙効果のある香辛料が漂うエリアは赤く染まって視えるので、それを避けるように肉薄し、オークの閉じた右目へと槍を突き立てた。


 オークは叫ぼうとするも叶わず、声にならない声をあげながら闇雲に細長い棒のような物を振るう。

 空を切った棒はオークの背後の金属製の棚のようなものに当たり、頑丈そうな棚が大きくひしゃげる。

 直撃すれば致命傷は免れないだろうが、危険目視スキルによって軌道の予測が出ている以上は当たりはしない。


 だが、あまり大きな音を出されると他のオークに気付かれてしまう可能性もある。

 危険目視スキルによって相手の武器が振られることを予測し腰からナイフを抜き、赤い予測軌道の下をくぐるように潜り込んで開いた脇の下を切り裂く。


 動脈を切り付けたのか多量の血が吹き出し、たまらずオークは脇を締めて防御の姿勢に移る。

 これで闇雲に武器を振られて音が出ることもないだろう。


 後方から赤い危険予測領域が放物線を描くように伸びる。

 吉良さんの投擲か。


 バックステップで後方に下がったのち、間を置いて火炎瓶がオークに直撃。

 上半身が一気に燃え上がると、オークは火を消そうと懸命に転げ回る。

 しかし吉良さんに慈悲はなく、追加の火炎瓶が投げ込まれ、モンスターは全身が炎に包まれて火だるまと化す。


 巻き込まれるないように槍がかろうじて届く範囲から突き続けると、数分後にオークは力尽きたようだ。


「このオークはさっきのオークとは違う武器持ってたな」


 オークが持っていた武器は直径は5センチ位で長さが3メートル程の鈍い銀色の棒だった。

 今の俺の筋力は常人の4倍程だが、手に持ってみるとずしりとした重みを感じる。

 金属製の棒は何らかの特殊な合金と思われ、重さは100kgを超えるかもしれない。


 しかし、なんとか扱えないこともない……か?

 試しに素振りをしてみると、今の筋力ならば何とか振れそうではある。


 俺が金属棒を調べていると、後ろでアクラリムと吉良さんが何か話している。


「オークの肉は豚肉みたいで美味しいよ!後でボクが食べるから収納しといてきらりん!」


「血抜きをしていないんですが、大丈夫ですかね」


 吉良さんがオークの死体に手を触れて収納スキルを発動すると、オークの亡骸は一瞬で消え失せた。


「凛、この棒も頼めるか?」


「わかりました」


「えー、仕舞っちゃうの?せっかくだし使ってみよーよ」


 俺が金属の棒を渡そうとしたところ、アクラリムに口を挟まれる。


「流石に重くてまだ実戦じゃ難しいような……」


「慣れない武器で戦うのも良い経験になるよー!」


「うーん」


 アクラリムは早く俺に強くなって欲しいのか、無駄なアドバイスはしない。

 何か思惑があるのだろう。


「そこまで言うのなら……」


 今まで使っていた物干し竿で作った自作の槍をアクラリムに持たせおく。

 いざとなったら受け取って使えばいいだろう。


「残るオークは3体か。行こう」


 それまでと同様に気配を絶って隣の棟へと入り、危険性を探ることで次のオークを見つける。

 オークは地面に置かれた武器の手入れをしているらしく下を向いており、仕掛けるチャンスだ。


 吉良さんが投擲の構えをしたことで、危険目視スキルによって可視化された赤い線がオークの頭部へと吸い込まれるように伸びている。


(よし)


 俺のハンドサインと共に刺激の強い香辛料が詰まったカプセルが放たれる。

 すぐに駆け出せるように足に力を込めてその時を待つ。



 が、当たる直前になってオークが突如横に飛び退くように回避行動を取る。

 オークは倒れ込むようにして催涙玉の軌道から逃れた。

 まずい、避けられた。


「避けられた!」


「たぶん直感のスキル持ちだよ!気を付けて!」


 アクラリムの声を聞くよりも早く俺はオークに向かって駆け出していた。

 直感スキル?直感で投擲を避けたのか。


 オークを視界の中心に見据えて全力で疾駆し、オークとの距離を詰めていく。

 接敵の直前、金属棒を握り締めて振りかぶる。

 オークも崩していた体勢を立て直し、地面に置かれていた白い大きな武器を掬い上げてそのまま下から上へと振り上げる。


 金属音と共に武器同士がかち合い、オークの凄まじい膂力によって武器を弾かれそうなる。

 武器ごと身体を持っていかれるんじゃないかと思った程だが、何とかよろけながら踏みとどまってオークの方へと向き直る。

 そして同時に、目前のモンスターの口元が赤く染まっていることに気付く。

 コボルトと最初に戦った時と同様の既視感。不味いな。


「ブオォオオオオオオオ!」


 視界が赤く染まる。

 恐らく、仲間を呼ばれた。


「不味い……!」


「入り口はボクが見張っておく!君ときらりんで少しでも早くオークに戦えないようなダメージを与えるんだ!」


 アクラリムの声と共にパニックになりかけた思考が引き戻される。


「凛、援護を頼む!」


「分かりました!」


 即座に吉良さんは収納スキルによって大量の火炎瓶を取り出した。


「行くぞ……!」


 俺は再び巨軀を誇る目前のモンスターへと走り出した。

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