第32話


 オークは巨木の枝のような白い武器を持ち上げる。

 モンスターが持つ白い武器は木材か何かかと思っていたが、よく見るとオークの身の丈を超えるほど大きな骨であった。

 恐らくは何らかの巨大な生き物の大腿骨だろうか。


「凛、牽制でいいから一発頼む!」


「はい!」


 後ろの吉良さんへと声を掛け、オークとの間合いを詰めていく。

 吉良さんから伸びる一筋の赤い予測をなぞるように、火炎瓶が宙を舞う。


「『フォーカス』」


 吉良さんの目線を誘導する魔法、フォーカスが発動するも、当然のようにオークは頭を傾けてこれをやり過ごす。

 しかし、背後で割れた火炎瓶から広がる炎はオークの行動の一部を阻害するだろう。

 更に、火炎瓶は確実に避けなければならない物と印象付けられたはずだ。


 間も無く、無骨な巨骨を掲げたオークの間合いへと到達する。


「相手の力を利用して!」


 アクラリムの声が響くと同時に、オークは武器を振り下ろす。

 こちらも合わせるように金属の棒を反射的にフルスイングを試みるが、このままだと先程と同様に弾かれてしまうだろう。

 思考が加速する中、アクラリムの言葉を脳内で反芻する。

『相手の力を利用して』……?


 甲高い金属音と共に武器同士がぶつかり合い、俺の持つ金属の棒が後方へと持っていかれそうになる。


(この勢いを利用すれば──)


 吹き飛びそうになる金属棒を制御し、自らの体を軸にくるりと一回転させ、相手から貰った勢いを殺さずそのまま攻撃へと乗せる。

 腕の筋を痛めそうになりながら、その一撃を武器を振り下ろして無防備となったオークの顔面へ叩き込む。

 武器を振り切った状態のオークは回避行動に移るのが遅れ、手元の金属棒にガツンという確かな手応えを感じる。

 恐らく、オークが火炎瓶に対して意識を割いていなければ当てることは出来なかっただろう。


「凛、今だ!」


 少し痺れる手を庇いながらオークから距離を取る。

 赤い危険予測線が幾重にもオークへと向かった後、数多の火炎瓶が降り注ぐ。

 オークは先程の打撃を受けたせいか、体が硬直していて避けることができないようだ。


「ブオオオオオ!?」


 オークは全身を炎で焼かれながら身悶えている。

 ひとまず無力化できただろう。


「アク──」


 入り口を見張っているアクラリムの方を向き直り、思わず絶句する。

 既に入り口には残りの2体のオークが辿り着いてしまっている。

 オークはそれぞれ木製の棍棒を掲げ、アクラリムを亡き者にせんと振りかぶる。


「参ったなぁ、今のボクはか弱い乙女なんだぜ?」


 アクラリムはそんなことを呟くと、何を思ったのか2体のオークへと突っ込んで行く。

 近い、近すぎる!

 あまりに堂々と向かってくるアクラリムに対し、オークは困惑しながらも慌てて棍棒を振るう。


「入り口が狭いとはいえ、密集しすぎだよキミ達」


 アクラリムが棍棒を皮一枚ギリギリのところで避けると、棍棒の勢いは止まらずもう一方のオークの腕へと直撃する。


「グオオッ!?」


 フレンドリーファイアを受けたオークは痛みから棍棒を取り落とした。

 同士討ちを狙ったのか!?


 アクラリムの動きは決して速いわけではない。

 しかし、いくつものフェイントを織り交ぜた捉え所のない動きはオークに正確な狙いをつけさせなかった。


 時間差でオークの顔面に香辛料の入ったカプセルがぶつかり、催涙性のある粉末が巻き起こる。

 いつの間にか分からないがアクラリムがカプセルを上空へと放り投げていたらしい。

 オークはたまらず目を閉じて咳き込み始めた。


「ま、こんなとこかな。英雄くんはこっち来て、きらりんは念の為バリケード作って」


 その言葉を聞いて、吉良さんが疑問を呈する。


「私が入り口にバリケードを設置すれば後続の2匹の足止めをできたのでは?」


「設置する間、英雄くんは1人でモンスターの相手しなきゃならないだろう?流石に直感スキル持ちのオークは1人じゃ厳しそうだったからねー」


「そうですか」


 俺は駆け足でアクラリムの元へと急ぐ。

 俺が凛の横を通り過ぎると同時に、収納スキルによってフェンスのような物が出現する。


「アクラリムが俺の方を手伝ってくれれば良かったんじゃないのか?」


「全てはキミの成長のためさ」


「そういうものか」


 アクラリムと入れ替わり、2体のオークがいる入り口付近に到達する。

 大量の涙を流しながら何とか目をこじ開けてこちらを睨むオークに肉薄する。

 武器を持っている方のオークは棍棒による迎撃を行い、同士討ちにより腕を痛めて武器を取り落とした方のオークは直接つかみ掛かってこようとしている。


(さっきのアクラリムの同士討ちを誘う動き、真似してみるか)


 危険目視スキルによって相手が振るう武器の軌道は可視化されている。

 赤く染まった予測ラインをくぐるように姿勢を限界まで低くして棍棒による一撃をやり過ごし、素手の方のオークに対して金属棒による殴打を行う。


「グオォッ!」


 危険目視スキルが再度棍棒による一撃が来ることを報せる。


(よし)


 武器を持たぬオークのすねを金属棒で殴り、よろめいたところをギリギリのタイミングを見計らって蹴り飛ばす。

 相手の重心をズラす程度の威力しか無かったが、これで棍棒の軌道上に押し出せた。

 迷いなく振られた棍棒はもう一方のオークの顔面へとクリーンヒットする。


「ガッ……!?」


 顔面が大きくひしゃげた素手のオークはしばらく戦闘不能だろう。

 仲間に対して武器を振るってしまったことに焦りを見せるオークに対して距離を縮める。

 闇雲に振るわれる棍棒の軌道を半身で避け、オークの横を通り過ぎざまに金属棒で脇腹を攻撃する。


 ダメージはほとんどなかったようだが、注意の全てが俺に向いている。

 俺がオークの反対側に移動したので、相手は吉良さんに背中を向けているということだ。

 相手の目線を引き付ける為、あえて金属棒を大仰に構え、吉良さんの名前を呼ぶ。


「凛」


 意図を察した吉良さんが火炎瓶を投擲する。

 オークの背中には突如炎が燃え盛った。


「ブォオオオ!?」


 突然の発火に驚くオークが見せた隙を逃さず、金属棒で棍棒を持つ腕打ち抜く。

 棍棒を落としたオークは必死で火を消そうと地面を転がり回っている。


「トドメを頼む」


 その一言の後、火炎瓶が降ってきて倒れるオーク達を包むような大きな炎が巻き起こった。

 よし、何とかなったな。



 3体のオークが息絶えているのを確認し、死体と使われていた武器を収納スキルで仕舞ってもらい、工場内の探索を始める。

 工場内は様々な大きさの金属塊や金属棒が散乱しており、俺が今使っている金属の棒もオークがこの中から持って行ったものらしい。


 吉良さんは使えそうな物を片っ端から収納していっている。


「やあやあ英雄くん、レベルはいくつになったかい?」


「英雄くんって呼び方はどうかと思うんだが」


「えー、君の名前なんか覚えにくいんだもん」


 口を尖らせるアクラリムに対して軽くため息を吐き、ステータスを確認する。


「『ステータス』」


 Lv.19

 名前:オノ ユウジ

 職業:隠者

 生命力:38/38

 精神力:18/28

 筋力:40

 魔力:20

 敏捷:49

 耐久:29(+38)

 抗魔:22

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.7 隠密2.1 不意打ち1.7 潜伏1.6 隠蔽工作0.9 槍術0.9 鈍器0.9 棒術0.8 短剣2.0 見切り1.8 格闘1.1 逃走0.8 疲労回復0.8 強襲1.4 音消し0.9 精神安定1.3 戦闘技術1.4 思考加速1.1 威圧0.9 投擲1.0 一騎当千0.5 急所突き0.6 蹴技0.5

 ◯固有スキル

 危険目視

 英雄の資格0.8



「今のレベルは19だな」


「そっかそっか、じゃあそろそろだね」


 アクラリムは得心したというように手をぽんと叩く。


「そろそろって何がだ?」


「キミ達の因縁の相手、赤いゴブリンと戦うのがさ」


 コイツ……何でそれを知っているんだ。

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