第5話

 奥の部屋に入ると、玄関先にある本棚よりも大きな棚が私達を出迎えた。この部屋だけは一階の天井を無くして屋根までの吹き抜けにしており、その壁一面を本棚にしているためかなり圧倒的だろう。


「この家にこんな部屋があったのですね…… さすが、収集家ですね」

「誉め言葉として捉えておくよ。さてと、種族の本はどこだったかな?」

「私も一緒に探しましょうか?」

「いや、呼べば本の方から来るから問題ないよ」

「何ですか、その便利魔術。私にも教えて下さい」

「それは、また別の機会にな」


 大きめの書斎机に並んで座ると、目的の本が数冊ほど本棚から飛んできた。


「本が…… 飛んできたのですが……」

「そういう術を施してあるからな。流石に、上まで梯子で登るのは君でも怖いだろう?」


 コトリは本棚の最上部を見上げながら「怖いですね」と、言葉を溢した。


「さて、どこまで話したかな」

獣人種ベットのことまでは、色々と聞けました」

「そうだったな。となると、機鎧種アルミュールからだな」

「名称からすると機械の感じが強いですけども、何か違うのですか?」

「序列第八の機鎧種は、機械を元にしてる生命体だ。誰かの手によって作られ、繁栄してきたのが彼等だ。原動力は様々で、ほとんどは心を持たない個体が多い。個体数は今も昔も、そこまで数はない。ここにも、そう書かれているな」

「本当ですね。それに『他の種族と協力する事もあるが、個々で活動している場合が多い』ってことも書かれていますね」


 機鎧種は人工生命体であり、本来は心を持たない種族。故に、乗り物として利用されることもあるそうだ。魔力は機械なのでその回路もあるらしく魔法も使えるのだが、心が無いために善悪の判断が付けられずに使ってしまえば、悲劇が起こることは間違いないだろう。そのため、それぞれに制限が掛けられていることが多い。


「その次が、私もその種族である森精種エルフだ」

「師匠って、森精種だったのですか! 人にしか見えないのですが…… 森精種は耳が長くないのですか?」

「それは私が、一族の中で耳が短い一人だからだよ」

「失礼しました……」

「さておき。序列第七、森精種。私達は別名『森人』と呼ばれることもある。森に暮らし、森を守護する種族だからな。耳が長いのが一般的だが、私のように例外もいる」


 それのせいで迫害されたことは、今はコトリには伏せておこう。森精種は頭が良く魔術に長けた種族であり、その魔術を使って森を護ってきた。魔力の多さで言えば、他の種族の中でも神霊種に次ぐ多さであり、一度にいくつもの魔術を発動することができる多重術者も数多くいるのが私達の特徴だ。


「さて、次からは規格がおかしくなるのだが。心の準備はいいか?」

「そんなに凄いのですか?」

「あぁ。まずは、序列第六の龍人種ドラゴン。彼等は文字通り、龍を司る種族だ。元が龍なだけに、空が飛べたり炎が口から吐けたりと、この時点で今までの種族に比べて規格外なんだ」


 体格や力において、どの種族よりも規格外な龍人種。魔力自体は少ないが、天候すら味方につけてしまう個体もいるため、魔力や翼が無くても空を飛ぶことができたり、嵐を起こすこともできたりしてしまう。そして好戦的な性格の場合が多くて同種族で争っていることもあり、彼等の争いを止めたいと思う種族も実際に止められる種族もほとんどいない。そのせいもあってか、現在は昔よりだいぶ個体数も減ったのだという。


「次は人造種ホムンクルスって書いてありますが、これってよく童話とかにも出てくる、あのホムンクルスですか?」

「あぁ、その人造種であっているよ。彼等は機鎧種と同じく作られた種族で、知能がとても高く優秀なのだが、寿命が他の種族に比べて短い個体が多い。肉体的にも脆く、戦闘には向かないらしい。もちろん例外はいるがな」


 私が知っている人造種はとても長生きで、本当は別の種族では無いのだろうかと疑ってしまうくらいだ。彼等は知識と魔術に長けているが、自分の興味があるもの以外には反応を示さずに、場合によっては必要ないものとして切り捨てることもある。例としてあげるなら、伴侶を持つ人造種は珍しいといわれる。そういった感情は不要とするそうで、なかなか伴侶を持たないのだそうだ。


「その次の種族が、精霊種エスプリだ。この種族は、世界に存在している種族の中でどの種族よりも特殊であり、いくつもの魔術を編み込んで存在している種族。つまり彼等は、生きている魔術そのものだということだ」

「魔術そのものが生きているのですか?」

「あぁ、そうだ」


 序列第四、精霊種。存在自体が全て魔術でできている種族のため、他の種族と違って固有の姿形を持たないのだと聞いたことがある。彼等は、詠唱や呪文を唱えること無く魔術を発動させることができ、自分の姿も変えることが出来るため、相手をするとなるとかなり厄介な種族なのだという。好戦的な精霊種がいないといいが。


「それで、次は悪魔種ディアブルだ」

「あ、知ってますよ。お家でよく天使種アンジュと喧嘩していて、お母様に怒られていることがあります」

「なんで、君の家には悪魔種と天使種がいるんだ? その二つの種族はとてつもなく仲が悪いのだが……」

「その話はまた後でしますね」

「わかった。それで、悪魔種は君も知っているようだから、ある程度省略させてもらうよ」


 序列第三の悪魔種は序列第二の天使種と仲が悪く、本気で争うことになれば国が一つ滅びてしまってもおかしくはない程。この二つの種族は白と黒のような関係であり、互いに理解し合うことはまず無いだろう。魔力量や力量はほとんど似通っていて、違うのは善のために動くか悪のために動くかというところだろう。


「天使種の話は、繰り返しになるから省略するとしよう。さて、最後の種族だが。こればかりは、言わなくてもわかっているようだね?」

「はい。序列第一、神霊種ディユ。神の憑代となる者や、神そのもののことを指す種族です。様々な神がいますが、産神と死神、そして時を司る刻神がこの世界の三大神とされています」

「そうだ。昔、この世界はとある三姉妹が創ったとされてる。そして彼女達が、後に三大神になったとされている。自分達で世界を創って神になるとか、一体何を考えているのだか」

「それは、ちょっと違います」

「と言うと?」

「この世界を創ったのは、確かにその三姉妹です。ですが、彼女達は自ら進んで神様になったわけではないのです。彼女達は家族を失い、その家族を取り戻すためにこの世界を創りました。魔術を扱っている師匠ならわかりますよね。禁忌を犯した者の末路は」

「……そういうことか」

「はい。美談として語られることも多い三大神ですが、事実は綺麗なものではないのです」

「そのことを知っている君は、どの神様なんだい?」

「私は、死神です」


 彼女の口から出てきた言葉に驚きつつも、私は納得した。先程話してくれた内容には、関係者でないと話せないようなことも含まれていたからだ。そのことも踏まえると、コトリの言っていることは本当だろう。それにしても、こんな小さい子供が死神とは驚いたものだ。


「驚きますよね。小さな子が死神だって言っても」

「それは確かにそうだが、今までのことに関して辻褄が合うから納得している」

「そうなのですか?」

「あぁ。さて、大体の説明は終わったかな?」

「はい、とても勉強になりました!」

「そうか、それは良かった」


 種族について書かれた本に元の場所へ戻るように言い、彼女に他に知りたいことは無いかを聞いてみる。


「他に知りたいこと…… あ、お母様がよく花や草を乾燥させて粉にしていたのですが、あれはなんでしょうか?」

「おそらくそれは、薬草から薬を作っていたところだと思うぞ。興味あるか?」

「はい! 知りたいです」


 コトリに食い気味に返事をされて、そこまで気になるものなのかと思った。


「凄い反応だな。そこまで知りたいのか」

「魔術はまだ苦手なので、他のことを覚えてお姉様やお母様に追いつきたいです。だから、教えてください」

「そんなに焦らなくても大丈夫だろうに。君は幼いながらに様々なことを知っているのだから、そこまで無理して背伸びする必要はないのだよ」

「いえ、私なんてまだまだですよ……」


 悲しそうにそう笑いながら言葉を溢すコトリの頭に、私は手を伸ばしてそっと撫でた。どうも彼女は、自分自身のことを必要以上に卑下してしまう節があるようで、性格の問題もあるせいかすぐにそれを直すのは難しいだろうと思う。だが私が少しずつ彼女のことを肯定していけば、ゆっくりと良くなってくれるだろうと信じている。


「大丈夫だ、君は必要な存在だよ。少なくとも、私にとってはとても必要だ」

「本当ですか?」

「あぁ、本当だ。あの時君に出会えていなかったら、再びこんなに楽しい日々が来るとは思わなかったからな。こんなに可愛らしい子に、師匠と呼ばれる日も来なかっただろうから」

「最後の方は茶化してませんか、師匠」

「ははは。何のことだろうな」

「もう!」


 頬を膨らませて抗議するコトリの姿を横目に見ながら、私はケラケラと笑う。こうやってまた笑うようになったのも、彼女に出会ってからだったなと気がついた。


「元気でたようだな、コトリ」

「はい、ありがとうございました」

「それならいい。君には、悲しそうな顔は似合わないからな」

「そういう師匠もですよ」

「そうかもしれないな」


 クスリと笑い、彼女のために薬草の本を呼び出す。


「これは何の本ですか?」

「薬草とかが載ってる本だよ。よく見かけるものが書かれているから、入門書として使うのには丁度いいだろうと思ってね」

「入門書ですか! 部屋に持って行ってもいいですか?」

「あぁ、いいだろう。ただし、大切に扱うんだぞ? 魔術師になりたいのなら、物を大事に扱わないと応えてくれなかったりするからな」

「そうなのですか?」

「そうだよ。現に、私の使っていた杖は君に馴染まなかったのではないのか?」

「なんで、わかったんですか?」

「あの杖は私が自分に合うように、わざわざいちから作ったからな。だから、手に馴染むようにしていたり、自分の持ち方の癖に合わせていたりするのだよ」

「なるほど。だから私には大きいと感じて、違和感しかなかったのですね」

「そういうことだ。君ももう少ししたら、自分で使う魔導具を作ってみるのもいいかもしれないな」

「作ってみたいです!」

「もう少ししてからな」


 体を前に乗り出して「すぐに作りたい」と顔に書かれているコトリを落ち着かせ、一度に全てを覚えようとしなくても良いと言い聞かせる。多くを一度に覚えようとしても、それぞれできる範囲が違うのだから、自分の速さで覚えていかなければ身に付かないものだ。


「どうしてもダメですか?」

「あまり我儘言うと、作り方すら教えないぞ?」

「ごめんなさい……」

「……今の君は死神の一人ではなくて、私の弟子なのだ。だから、無理して合わせようとしなくていい。師は超えるためにあるが、すぐに超えられても私が教えることが無くなってしまうだろう?」

「あはは。それもそうですね」


 こういう教える場面での作り笑いではない彼女の笑顔が見れ、私はやっと開始地点に立てたのではないかと思った。今までは、無理にでも覚えようという意思が感じられ、どこか苦しそうに魔術を唱える姿を見ていた。だが、もうその心配は無さそうだ。


「やっと、子供らしく笑ったな」

「えっ?」

「魔術をやる時、辛そうにしていたからな。それがいつも心配だったんだ」

「私、そんなに辛そうに見えました?」

「早く覚えなきゃと、焦っている気持ちが感じられたが?」


 自分でも意識していなかったことを私に言われ、コトリは言葉を失っていた。お自分自身すら気づかなかったことを指摘され、彼女がこの反応をするは当然だろう。私が言われたとしても、きっと同じ反応をしている。


「まぁ、これからはゆっくりでいい。焦れば下に落ちてしまう綱渡りだと思えばいい。そうすれば、自然と上達していくさ」

「綱渡り……」

「もっと良い例えがあればよかったのだが、すぐに出てきたのがこれで悪いな」


 私の言葉を繰り返して、何かを噛みしめるようにしているコトリ。そうしている時、ふと彼女のお腹から可愛らしい音が聞こえてきて、二人の間に流れていた空気が一気に和んだ。


「だいぶ話し込んでしまったな。ご飯にしてから、たまには外にでも出掛けようか?」

「はい! 出掛けるの楽しみです。どこに行くのですか?」

「そうだな、君に服でも買ってあげるかな。娘のお下がりばかりでは、申し訳ないからな。あとは、知り合いがやっている魔導具の店にでも行ってみるかい?」

「ぜひ行きたいです!」

「そうと決まれば、遅いお昼を食べてから支度をしようか」

「わかりました! 師匠とお出掛けできるなんて、嬉しいです」


 二人で話しながら図書室とも呼べる書斎から出て、遅い昼御飯を済ませるために台所へと向かう。食事が終わったらどこへ連れて行こうか。こうして一緒に過ごしていると、まるで娘が増えたみたいで嬉しくなる。この子には幸せになってもらいたいものだと願いながら、はしゃぐ小さな姿を見守る。


「早くしましょうよ、師匠。お店閉まっちゃいますよ?」

「まだ陽も出ているのだから、そんなに早くは閉まらないよ」

「だって、楽しみなんですもん」

「わかったから、少し落ち着きなさい」


 やはり彼女には笑顔が似合うと思いながら、子供の体力にはとてもついていけないなと感じていた。もう数百年若ければ違ったかもしれないが、今では体もかなり老いてしまっていた。歳は取りたくないものだな。私は後ろで髪を一つに結いてから、耳を隠している部分を肩から前に流して年寄り臭いことを考える。もう、あの出来事から随分と経ったものだな。ふと、コトリに笑顔を向けられているのに気づいて、笑顔を返しながら午後をどうやって過ごそうかと考え始めた。

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