第6話

 コトリと街へと出掛けた日の夜。ふと、物音が聞こえた気がして、夜中に目を覚ました。扉を開ける音がした後に階段を降りていく足音が聞こえ、コトリが手洗いにでも行くのだろうと思った。だが、玄関の扉を開けるような音が聞こえてきて、まだ横になっていた私はベッドから体を起こした。


「こんな夜中に出掛けるようなことは今まで無かったのだが、彼女に何かあったのだろうか……」


 おかしいと思いながらもそのまま見過ごすことができなかった私は、使い魔のフクロウを森から呼び出してコトリの後を追わせることにした。おそらく昼間に言っていた死神としての役割を行うためなのだろうが、私はそれがどのようにして行われたりするのかを知らない。知らないからこそ、彼女の身に何か起きてしまうのではないだろうかと心配になってしまった。


「何事も無いといいのだが……」


 何かが起こってから行動を起こすのではとても遅くて、既に手遅れになってしまっているということは自分自身がよく知っている。だから、コトリが無事に帰ってくることを願いながら、私は闇夜に羽ばたいていく白い梟を見送った。


「待つしか出来ないのはもどかしいな……」


 もう一度寝直す事もできなかった私は、部屋の本棚から一冊の書籍を引き抜いて読書を始めた。彼女が帰ってくるのを確認するまでは、心配で寝ることはできないだろう。それからしばらく私は、本を読みながら少女の帰りを待ち続けた。


 何冊目かの本を棚から引き抜いた時、使い魔の梟が窓枠のところに留まったのが見えた。その後を追うように玄関を開く音が聞こえ、階段を登り部屋の扉を閉める音した。梟が戻ってきたのもあってコトリが無事だということを知り、ほっと胸を撫で下ろした。そして、彼女が起きてから今回のことについて聞いてみよう。


「コトリも疲れているだろうから、今は朝まで寝かせておこう」


 そう思いながら、帰ってきた梟から彼女が何をしていたのかを教えてもらった。梟が見たものの内容は、私が想像していた内容とは違っていた。彼女が行なっていたことはとても優しく、そしてとても悲しいものだった。死期が間近に迫った者のところへと出向き、そのことを本人に告げて最期の願いを聞くこと。弔われる側の者達は、自分の死期を悟っていたという場合もあれば、そのことをまったく知らず彼女に抵抗してくる場合もある。そういった者達でも、最期まで導くのが彼女の役目なようであり、梟から聞いた限りではそれを行う彼女が悲しそうに見えたという。それもそうだろう。死神の役割を担っているとは言えども、彼女はまだまだ幼い子供。そんな子が魂を導くという重たい役目を背負わせなければいけなくて、それを聞いた私は彼女の代わりに何かできるわけでもなかった。その事実が、更に私を悩ませた。


「どうしたものか……」


 薄々わかってはいたが、こうして実際に内容を聞くのと予想をするのとではまったく違う。詳しいことは日が昇ってから、コトリに聞いてみることにしよう。彼女が詳しく話してくれるかわからないが、少なくとも知っているのと知らないのとではどうやって対応すればいいのかも変わってくるだろう。


「だが、まずは……」


 私は短く呪文を唱え、この周辺一帯の森林に結界を張る。彼女が帰ってきた時、微かにだが血の匂いが漂っていたことと、梟からの話を聞いて血を浴びてしまった事を知った。だいぶ抵抗されていたようで、仕方がなかったのだろう。だがその事実を知った関係者や反国家の元騎士達が、コトリのことを追いかけてこないとは限らない。彼女を罪人として彼等に差し出せるほど私は冷たくなれる訳でもなく、コトリの行なったことはこの世界にとって必要なことだと私は知っている。


「それにコトリは、私の弟子だからな」


 心の中で妻子に「すまない」と謝罪をする。いつも正しく在りたいと想い家族にもそう話していたが、どうにも上手くはいかないような気がしている。随分と情けない話ではあるが。


ホゥ


 使い魔の梟がひと鳴きしてから軽く羽を広げているのを見て、そろそろ森へと帰してあげなければならないことを思い出した。


「ありがとう、ジーヴル。そろそろ森へ戻りな」


 私の言葉に返事をするかのように短く鳴いてから、開けておいた窓から暗闇の中へと飛び立っていった。それを見送ってから窓を閉め、少し死神について調べるために自室の本棚にその事に関する資料が無いかを探すことにした。


「おそらく、ここではなくあの場所にあるのだと思うのだが……」


 そう思いつつ自室の本棚を探すが目的の資料は見つからず、私は一階に降りて書斎に探しに行くことにした。寝ているはずのコトリを起こさないように静かに階段を降りていき、物音を立てないよう書斎の扉をゆっくりと閉めた。昼間と違って夜の書斎はとても暗く、見慣れているはずの部屋がいつもより不気味に見えた。


 魔術師の家には様々な仕掛けがあるとされているが、それは私の家も例外ではないだろう。大きな書斎の一角に置いてある机の上。その上に置かれてある一冊の本を棚に戻すと、戻した棚の隣にある棚がゆっくりと後ろに引いていき、二つの棚の隙間に上へと続く階段が現れる。階段を登っていき人ひとりがやっと通れるような扉が見えてきた。少しかがんで扉をくぐり、低い天井に頭をぶつけないように気をつけながら、入口にある数段の階段を降りていく。


「埃っぽいな。今度、ここも掃除しないとか」


 呟きながら狭い部屋の明かりを点けると、隠れ家のような雰囲気の内装がランプに照らされる。私はその部屋の床に積まれた本の山を崩さないように、慎重に歩きながら目的の資料を探す。


 巨大な書斎の一番上の空間。そこに秘密の部屋のような場所を作り、とても貴重な書籍や絶版している書籍を保管していく部屋にした。書籍の他にも誰かの手帳などもここにあり、場合によってはとんでもない情報が書かれていたりもする。そんな物が置いてある中から、埃が被り色褪せた一冊の古い手帳を手に取った。


「ここに書かれていたと思うのだが……」


 手帳を捲っていき、中間程で手を止める。様々な神のことについて書かれた手帳。その中に、死神のことについてもやはり書かれていた。おそらく持ち主だった者は、十三柱に近い者だったのだろう。もしくは、そのうちの一人だったとも思っている。そうでなければ、全ての柱の特徴等を細かく書き留めることはできない。


「さてと、死神とはどういったことをする者達だっただろうか」


 そう呟きながら私は、死神のことが記されているページに目を通す。昔に一度読んだことがあるものの、隅々まで読んではいなかった。何より、時が経ち過ぎてよく覚えていなかった。


“死神は、刻神の依頼より、死の刻が近づいた命を狩るのが、彼等の主な役目だ。彼らが言うには「この世界は、私達がいなければ命で溢れかえってしまう」のだそうだ。私にはその意味がまだよくわからないが、彼らはこの世界の均衡を保つ為に死神という役目を背負っているのだろう”


“また彼等は一世代に一人とされていて、産まれた赤子にその印があるのだという。しかし、ごく稀に二人目が産まれてくることがある。その赤子は忌み子とされ、記憶からも記録からも消されるようで、過去にもその形跡が残っていた。そして、次に消されてしまうのは「十五番目」の娘だと思われる。”


 書記はここで途切れていた。つまり死神というのは、刻神という依頼者の元、この世界の均衡を保っている要である。そして、彼等は兄弟や姉妹に同じ能力者がいると抹消していなかったことにしていた。そういえば、コトリも同じ様なことを言っていたのを思い出した。


「代理者は一世代に一人」


 彼女が最初の頃に言った言葉を繰り返し、私は胸騒ぎを覚えた。もしも、書記の内容と彼女の言葉が同じことを意味するものならば、彼女は二人目だと思われる。私の考えがもし当たっていたら、コトリの身が危ない。


「今度こそ大切な人を守りたいが、どうしたものか……」


 欲しかった情報とは少し違うが、思わぬことを知ることができた。


「そういえば、この手帳の持ち主は誰だったのだろうか」


 パラパラと捲っていくと、本人の日記のようなものとサインが書かれているのを見つけた。書いたのはシャルル・リラクという人物で、妻と娘が二人いるということから男性だということがわかった。クロエが妻の名前のようで、シーラとクリスティーナという娘がいたようだった。


「ん? この名前……」


 書かれていた名前の中に、この国に住まう者なら聞いたことのある名前があった。サンティエ帝国の現王女、クリスティーナ王女。そのお方と同じ名前があったということは、この手帳は王女の父上が書いたものだと思われるということ。そして、この国は死神が皆をまとめている国。


「コトリは未来の王女様ということになるだろう。もし、予想が正しければ……」


 私は改めて、とんでもない人物を弟子にしたものだと思った。


「やれやれ。私はしずかに過ごしたいのだが、そうはさせてくれないか……」


 持っていた手帳を本棚にしまい、私は部屋をあとにする。図書館の様な書斎に戻り、隠し部屋を閉じる。机の上にある時計に目をやると、鶏鳴を指し示していた。


「そろそろ部屋に戻るか……」


 今更寝られる気はしなかったが、長時間この部屋にいても疲れが取れるわけでもない。まだ寝室で横になりながら、考え事をする方が疲れも取れるだろう。そんな風に思いながら私は二階の寝室へと戻り、ベッドに横になりながらそのまま読書を始めた。そして気づけば読みふけってしまい、窓の外には暁の空が広がっていた。

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