第4話

 体が揺すられている気がして目を覚ました私に、コトリがもう朝だということを教えてくれた。どうやら私は、工房で寝てしまったようだ。


「師匠、朝ごはんの時間です。こんなところで寝ていないで、起きてください」

「おはよう。すまないな、コトリ。起こしてくれて」

「おはようございます。私のことはいいですから、次からはちゃんとベッドで寝てくださいね、師匠」

「ははは…… 気をつけることにするよ」

「師がこうだと、それを見ている弟子も真似をしますよ?」

「善処しよう……」


 コトリに小言を言われながら台所へと向かい、朝食を作ろうとしたら「私がやります」と言われて止められた。


「あんなところで寝ていたくらいですから、疲れが抜けきってませんよね?」

「君には敵わないな」

「わかったのならば、おとなしく弟子にお世話されていてください。体調が良くないのに、動かれて怪我をされるのも嫌なので」


 彼女にそこまで言われてしまい、私は静かに座っているしかなかった。魔導具を作り終えてすぐに記憶が途切れてしまい、その次の記憶は先程コトリに起こされた時のもので、かなり疲れていたのだと思った。昔と違って長時間の作業をするのが難しくなり、自分も歳を取ったと実感した。


「出来ましたよ、師匠。食べましょう?」

「ありがとう、コトリ」


 朝食として出てきたのはアスパラベーコンとバゲット、ヨーグルトだった。それを机に並べてから、私達はそれぞれ席について手を合わせてから食べ始めた。


「うん、美味しいな。随分と上達してるじゃないか」

「よかったです。まだまだ師匠には教わりたいことがあるので、元気でいてもらわないとですから」

「老いぼれに何を教えてほしいのやら」

「ご自分のことを、そう言わないでください」

「おっと、悪かった」

「そういえば、師匠。遅くまで、何をしていたのですか?」

「君への贈り物だよ。朝食を済ませたら持ってこよう」

「わかりました。楽しみにしてますね」


 笑みを浮かべながらコトリは朝食を終え、彼女に続いて私も食べ終えた。


「片付けは私がやろう」

「持ってきてくれないのですか?」

「食器を洗ってからでは駄目なのか?」

「わかりました。食器は私がやるので、師匠は取りに行ってください」

「そこまで楽しみなのか」

「はい!」

「仕方のない弟子だな」


 彼女の想いに負けて片付けを任せた私は、工房に完成させた魔導具を取りに向かった。紅い銀で作った一対の耳飾り。それを小さな箱に入れ、待っているコトリの元へと戻る。


「お待たせだ、コトリ。これが君への贈り物だ」

「ありがとうございます、師匠」


 小箱を受け取りはしゃぐ彼女の姿は、まだ幼子のままだった。


「開けてもいいですか?」

「もちろんだよ」


 その言葉を聞いて、コトリは箱を開け中身を覗いた。


「ピルシングですか?」

「あぁ。君のために作ったのだが、どうだろうか……」

「ありがとうございます! とても嬉しいです!」


 彼女はそれを早速耳に付けて、似合っているかどうかを私に聞いてきた。黒い髪に明るい青の瞳をしているコトリに、深紅のピルシングはよく似合っていた。


「とても良く似合っているよ、コトリ」

「師匠からの贈り物、大事に使いますね」

「それは有り難いな。その魔導具は、魔力を通しやすくする素材と増幅させる素材を使っているから、君も魔術を使えるようになるはずだよ、コトリ」

「やった! 早速やってみてもいいですか?」

「まずは部屋を移動してからだな。ここで魔術を使われて、火事になってしまったら大変だ」

「そうなってしまったら、住む場所が無くなってしまいますね。いつも私が練習をしている部屋は、何か施してあるのですか?」

「あの部屋は、魔術で燃えたりしないように結界を張ってあるんだ。だから大丈夫なのだよ」

「そういうことでしたら、安心ですね。では、そちらに行きましょう師匠」


 コトリに手を引かれて練習部屋に行き、すぐさま呪文を唱え始めた。いつもだと唱えてすぐに煙りとなるのだが、果たして今回はどうなるだろうか。


 彼女が呪文を唱えた後、杖の先から炎が出ており、コトリが魔術を成功させたことを意味した。


「師匠、見てください! 私、やりました!」

「おぉ! よく頑張ったな、コトリ」

「ここまで私にしてくれた師匠のおかげです。ありがとうございます」

「諦めずにやってきた君の成果だよ」

 私は彼女の手助けをしただけであり、出来るようになったのは彼女がそう信じたからだった。魔導具に特別な術をかけたわけでもなく、コトリに何かを施したわけでもない。彼女自身が「出来る」と信じ、自分の枷を外したからだ。私はそのきっかけを作ったにすぎない。


「これで他の魔術も出来るようになるな」

「はい! ありがとうございます」

「よし、今日はお祝いだな」

「いいのですか? こんなことで、お祝いだなんて……」

「魔術が出来ることは、凄いことなのだよ。だから、こんなことだなんて言わない方が良い」

「そうなのですか? だって、私。家では、出来るのが当たり前だって……」

「君の家ではわからないが、一般的な意見を言うならば魔術が出来ることは凄いことだ。似たようなものとして錬金術等を扱えるということはあるが、それとはまた別のものなのだよ魔術は」


 既に存在する物を別の物へと変える錬金術や、溶媒を必要として術を発動させる魔法等を使える者は多い。だが、無から有を生み出す魔術を使える者はそう多くはない。彼女も完全に魔術と言える分類ではないものの、極めていけば魔術を扱えるようになるだろう。最初から魔術を扱える者なんてのはとても少なく、そんな者が居るのだとしたら魔術のセンスがかなり良いのだろう。少なくとも私は、そんな者をまだ見たことがない。


「師匠、ピルシング作ってくれてありがとうございます」

「いいんだよ、これくらい」

「そうですか? あ、次の魔術教えてほしいです!」

「まったく、気が早いな君は」

「早く覚えて、師匠のように立派な魔術師になりたいですから」

「それは光栄だが、そこまで焦る必要もないだろう」

「いいのです!」

「まったく…… お祝いにクッキーを焼くから、まずはそれを手伝ってくれ」

「わかりました」


 台所へと向かい、二人でクッキーを作り始める。その途中で、コトリが私に家族のことを聞いてきた。


「師匠のご家族は、魔法とか使える人はいなかったのですか?」

「妻は人類種ユマンで魔力を持っていなくて、子供達もまだ幼くてあまり教えていなかったんだ」

「あれ、師匠は人類種じゃないのです?」

「そもそも、魔術を扱える時点で人間ではないのだが。そのことは、教えてもらえなかったのか?」

「はい…… 毎日、実験と称して色々とされていたばかりで……」

「そうか…… なら、私が教えよう」

「本当ですか?」

「あぁ。そういった本も書斎に置いてあるから、覚えるのには丁度いいだろう」

「ありがとうございます、師匠」


 喋りながらもクッキーの生地を完成させ、型を取ったものを並べてオーブンに入れる。十五分ほど焼いたら出来上がるので、その間にコトリに簡単なことを説明しようと考えた。


「さて、先程のことだが。この世界には様々な種族が居る。これは、何となくわかるか?」

「はい。人類種以外にも居ることは知っています。お婆様が獣人種ベットですし、お母様の幼馴染には人魚種シレーヌがいます」

「あぁ、そうだ。他にも種族がいて、大まかに十三種族になっている」

「そのことは、お母様が教えてくれたので少し知っています。吸血種ヴァンピーロ龍人種ドラゴン、あと特殊なのが機鎧種アルミュールでしたね」

「その通りだ。それぞれの特性とかは、教えてもらったか?」

「いいえ、教えてもらっていません」

「わかった。それじゃあ、そのことから教えていこう。その前に、クッキーが焼き上がったようだから、食べながら話をしよう」

「はい、お願いします」


 焼き上がったクッキーを皿に乗せて机に向かい合うように座り、私はコトリに話の続きをする。


「まず、序列として一番下となる人類種だが。基本的に人類種は魔力が無く、適性もほぼ無い。ごく稀に、例外的に適性を持つ人類種が居ることはあるが、あまり聞いたことがない」

「何で人類種には魔力が無いのですか?」

「様々な話があるが、自分で作る能力、もしくは外から取り込む能力が無いからとされている」

「そういうことなのですね」

「魔力は無いが、知恵を使って様々な物を作り自分達で進化してきた種族でもあり、序列関係なくその点で、他の種族より優れていると私は思うのだよ」


 人類種の特長を説明し、彼等の良い部分も挙げる。序列第十三、人類種。種族の位としては一番下になってしまうが、一番伸び代があり成長できる種族だろう。これまでの歴史も、彼等なくては栄えていないだろう。


「その次の空想種ファントムって、どんな種族ですか? 名称的にはお化けのような感じですが……」

「空想種とは、概念が核となっている種族のことだ。歳を取らない個体もいたり、姿形が変わる個体もいたりするそうだ。私が聞いたことあるのは、時間の概念を核にしている者が居ることだ。他にも居るようだが、まだ見たことはないな」

「まるで、名称通りのお化けみたいですね」

「様々な種族が居る中でも、彼等が一番説明するのが難しいと思っているよ。概念が核になっている種族は、他にいないだろうからな」

「私も聞いたことがありませんね」


 序列第十二、空想種。昔の文献だと数は多かったようだが、様々な概念が忘れ去られたりしたせいもあり、種族としては静かに衰退しているようだ。魔力を持ってはいるものの、そもそも人型をしている個体が多いわけでもないので使えなかったりするそうだ。


「その次が、第十一の人魚種シレーヌ。これは、君も知っているようだね」

「はい。その名前の通りで、上半身は人で下半身は魚の種族ですよね?」

「そうだ」

「でも、地上で生活している者もいるようですが」

「基本的に人魚種は水中で暮らすが、他種族の血が混ざると地上に出てくる個体も居るようだ。君が知っているのは、おそらくそちらだろう」

「なるほど。そういうことだったのですね」

「人魚種は陸では人類種より劣るが、水の中ではどの種族よりも優位に立てると言ってもいいだろう。そして、水の生き物達と会話することも出来るため、彼等を誘導したりまとめあげたりすることも出来るのだよ」


 様々な種族がいる中での唯一の水中の種族、人魚種。女型の個体が多いとされているが、男型もいるらしい。だが、女型の個体が多すぎるため、他種族と混ざって種を増やしていくためではないだろうかとされている。魔力は保有しているが少ないのと、水中で使うことなどまず無いため、魔法を使える者はほどんどいない。陸に上がってきた個体は別なようだが。


「序列の十番目が吸血種でしたっけ? お母様とよく口喧嘩をしている吸血種の女性がいるので、何となく知っていますが」

「よく神霊種ディユと口喧嘩できるな、その吸血種の女性は……」

「昔からの顔馴染みだとか、なんとか」

「まぁ、そのことは私にはわからないからいいが」

「そうですね」

「さて、続きだが。君の言う通り、十番目は吸血種ヴァンピールだ。彼等は、生き物の血を吸って生きている種族。そして、その中でも純血の吸血種だけが、眷属を作れるとされている。さらに、自分の血を飲ませれば純血の個体も増やせるそうだ。混血の吸血種も眷属や個体を作れるらしいが、不完全な化け物になってしまうのだとか」

「ということは、純血の個体だけが種族を増やせるってことでしょうか?」

「おそらくそういうことだろう」

「なんだか面倒な種族ですね……」


 コトリがそう言ってしまうのもわかる。序列第十、吸血種。彼女に説明したことの他に、日光に弱かったり十字架やにんにくが苦手だったりと逸話があるが、どれもいまいち信憑性に欠けると私は考える。混血の吸血種ならばそうなのだろうが、純血の個体はどうなのだろうか。そして、魔力は精霊種や森精種に並ぶほどあるが、夜行性なのと吸血しなければ力をほとんど発揮できないのだそうだ。このようなことから彼等は、不遇な種族だと言われていたりもする。


「次が君のお婆様の種族でもある、獣人種ベットだ。序列第九でありながら、身体能力はどの種族にも劣らない凄さを持つ種族だ。基本的に、人と動物が混ざったような個体が多いとされている」

「えっ、そうなのですか!」

「あぁ。陸の上で彼等に勝てる種族は、ほとんどいないだろう。空を飛べる種族にすら、勝てる個体もいるそうだ」

「そんなに凄かったのですね」

「ただ、元になった動物によって身体能力に影響が出るようで、猫型なら夜に強かったり、鼠型だと耳がとても良いなどあるそうだ。だが、その動物の特性も出てくるようで、昼間に動けなかったりもするらしい」

「なるほど。だから、お婆様はよく昼間に日当たりの良いところで寝ているのですね」

「お婆様、そんなことしているのか。ちなみに、どんな動物が元になっているかわかるか?」

「えっと、猫ですね」

「それなら、その行動も納得できるな。さてと、クッキーも食べ終わったことだし、残りの種族のことは書斎で本を見せながら説明しよう」

「はい、お願いします」


 食器を片付けながらだいぶ時間が経ってしまったなと考えつつも、彼女の楽しそうな顔が見られたのでよかったと思っている。


「書斎って、玄関先のですか?」

「いいや、別の部屋に歴史の本がたくさん置いてある書斎があるから、そこに行こうか」

「まるで図書館ですね、この家は」

「はは。私が本を集めるのが好きなものでな」


 そんな会話をしながら台所を出て、二人で一階の通路の一番奥の部屋へと向かった。

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