第31話 環境は変化する

 ──朝から集まったというのに、喫茶店の趣のある大きな時計

 は、いつの間にか18時を指していた。


「じゃあ、今日はこの辺にして解散にしましょうか」


「はーい」


「はいっスー」



♢♢♢


「僕の日常も随分と変わったもんだなぁ」


 ──花さんと会話をしたあの時から。

 僕の環境は大きく変わった。

 本当に大きく変わった。

 花さんと出会わなければ、不良と関わったり、誰かと一緒に勉強することも、体育祭で誰かを応援することもなかっただろう。

 時には、キャンプをしたり、どこかへ出かけたりもした。

 それが良いことなのか、悪いことなのかはわからない。

 もしかすると、ずっと、今までのように誰とも関わらずに生きていた方が平和に過ごすことができたのかもしれない。


 ただ、一つ言える事がある、

 今の僕の、この感情は……


(僕は……きっと……)


その時だった。


 ドンッ


(あれ……身体が……)


その結論を出せないまま、突如、鈍い音とともに、僕の身体は地面に張り付いていた。

 起き上がることが……できない。

 何が……起きた……。

 遅れて痛みがやってくる。痛い……

 意識が朦朧としてくる。


『さぁ……復讐の始まりだ』


 誰……だ……?

 誰かを恨んでいるような、低く、強い意志のある声色を発している

男の表情が一瞬見えた後、

 僕の意識は途絶えた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「あー、なんであたしがミスコンに……」


やっぱり断った方がよかったかもしれない。

なんかこう……調子が狂う。



「うーー」



目立つのは、あたしのキャラじゃないっての……。

いや、目立ってたのは、前からか?

知んないけど。


『キャーーーーーーーー』


『神崎さんよーーー! かっこいいわー!!』


「……どうも」


……。体育祭が終わった頃からだろうか。

あたしは、謎の歓声を浴びるのが多くなっていた。

前までは、クラスメイト達は、あたしを避けていたというのに。

ただ、別に悪い気がするというわけではない。

むしろありがたく思う。

なんとなく怖がられているのは、あたしでも気づいていたし、

そんな状態だったあの頃よりも、居心地がよい。

こんなこと口が裂けても言えないが、

心のどこかでは、あたしを受け入れてくれているのが嬉しいのだろう。

絶対、人前では言わないけど。


「それもこれも昴のおかげだ……」


あたしは、下駄箱から靴を取り出し、

バイト先へと足を進めながら思う。


この居心地の良い環境を作ってくれたのは、間違いなく昴だ。

本当に感謝しなければならない。


「ただ、あたし……昴に迷惑しかかけてないな……」


なんかもう愛想尽かされたり、嫌われたりしてないよな……。

勉強も教えてもらって……。

羽川ちゃん、神楽坂という友達もできたというのに、

あたしは昴に何一つ返せていない。

好きでいてほしいものだ……


ん。


あたし今、好きって……言った?

いや、何を考えているんだ!! だめだだめだ!! 

バイトだバイト!!

決して、そういう意味では……でも昴のことを考えると、なんだか胸が……

歩くスピードを早め、バイト先へと急ぐ。



♢♢♢



ガチャリ。


バイト先の更衣室のドアを開け、

一息入れる。


あー……なんかもう

無駄に疲れた気がする。

仕事に集中しよ。


「いらっしゃいませー」


営業用の明るい声を出して、声を出す。


『お、看板娘の花ちゃん! 相変わらず美人だねー!』


「いやーそんな事ないっすよ」


ドーナッツを買いにくる常連さんが、あたしに向かって声をかける。


『なんか最近は、一段と笑顔も増えた気がするけど気のせいかな?』


「そ、そうっすかね……あ、お会計540円になります」


『ありがとう。またくるよ』


「……」


笑顔が多くなってる……? こんなことを言われたのは、いつぶりだろうか。

あの常連さんは、お店ができてからずっと来てくれている人だ。

だとすると、やっぱりあの常連さんのいう通り、笑顔が増えたのか……。


……なんか今日は、昴のことばかり考える日になってるな。


あ……そうだ。


「店長、ドーナッツ二つ、後で購入してもいいっすか?」


『ええ、勿論よ。けど、良いのかしら? 売れ残りのドーナッツとかなら無料であげれるけど……?』


「あ、いえ、これ昴が好きなやつなんで」


『あらあら青春ねー』


「なっ……」


別にそういうのじゃないっすよと説明したのだが、店長はずっとニコニコしながらあたしを微笑みながら見つめていた。

……なんか……むず痒い。


──外は少し暗くなり、いつの間にか、お客さんも減って来たのであたしは、

休憩に入らせてももらえることになった。


「ふぅー、まぁ……今のあたしにできるのは、これくらいだな」

 

ラッピングされたドーナッツを手に取り、昴を思い浮かべる。

昴、喜んでくれるかな……。


その時。

一本の電話が鳴った。


プルプル。プルプル。


出るか……。


「もしもし?」


「もしもし! 神崎さん!?」


なんだ。羽川ちゃんか。しかし、何故かいつもと様子が違う様子がする。


「そんなに慌ててどうしたんだ?」


「大変なの……」


「……?」


「昴くんが……病院へ搬送されたって……」


「は……?」


ガタン。

あまりのショックに、思わず

ロッカーにもたれかかる。

いったいどういう事だ。どうして昴が……。

一体何があったんだ!?

いや……冷静になれ、あたし。

ここにいても何も変わらない。

まずは店長に伝えて、昴の元へ行かせて

もらおう。


あたしは、すぐに羽川ちゃんから教えてもらった病院へと駆け出した。


去り際に、衝撃でロッカーから赤くラッピングされていたドーナッツの袋が

ドサっと床へ落ちた気がしたが、それを確認する余裕などなかった。



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