第22.5話(番外編) 神楽坂蓮香の一日

「今日も姐御はカッコ良かったッスー!!」


 鞄を振り回しながら、神崎花のことを思いながら帰宅する元気な少女の声が

 通学路に響き渡る。

 そう、神楽坂蓮香である。


「ただいまッスー!!」


「あら、お帰りなさい蓮香、

 ご飯できてるわよ」


「おー!! 今日はハンバーグッスね!!」


「こらこら蓮香、はやく手を洗ってきなさい」



「はーい」


 母親と父親に諭され、

 大人しく、手洗いうがいを済ませると、

 食卓へと向かう。


「うわーっ!美味しそうッス!!」


 パクッ。

 早速、一口食べる。


「……!! なんッスかこのハンバーグ!!ジューシーすぎるッスよ!! 美味しいッス!!!」


「あら嬉しいわ」


 にっこりと口角を上げ、微笑む母。


「はっはっは」


 腕を組みながら元気に声を出して

 笑う父親。


「ママはともかく、なんでパパが得意げに喜んでるッスかね……」


「はっはっは」


 思わず、怪訝そうな表情を浮かべるが、

 全く見てもおらず、

 当然、話も聞いていない父親である。


「ママ特製のハンバーグは、天下一品だからな!!」


「うふふ、そういえば蓮香、最近、学校の方はどうなの?」


「うーん、あ! 今日も姐御がカッコ良かったッスよ! あの佇まい……。風格。

 いつ見てもカッコ良いッス。姐御に認めてもらえるよう私も早く強くなりたいッスねぇ……」


「蓮香はいっつも花ちゃんのことばっかりね」


 微笑ましそうな眼差しで、神楽坂蓮香を見つめている。


「へ? そうッスか?」


「俺も、毎晩、その蓮香が姐御って呼んでる花ちゃんの話しか聞いたことないぞ」


「まぁ、私の一部みたいなもんッスからねぇ姐御は」


「そうか、って、ちなみに蓮香、そいつは男じゃないんだよな!?」


 疑心暗鬼になりながら、突然大声をあげる

 父親を、冷静に見つめながら

 母親が諭す。


「パパ、貴方もそれ定期的に聞いてるけど、

 花ちゃんは女の子よ。私、見たことあるもの」


「そ、そうか……。なら良いんだが……」


 少し、心配そうな表情を浮かべていたが、

 ママがそういうならと、

 手に持っていった

 麦茶が入ったカップを

 ゆっくりと飲み干した後、

 一息入れる。

 なんとか、落ち着いたようだ。


「まぁ、姐御はその辺の男よりもカッコ良いッスけどね!!」


「お、男!?」


「パパ、良い加減にしなさいね」


 笑顔で、母が答える。

 見えない圧がこの空間を支配する。


「はい……」


 萎縮し、少し身体が小さくなったようにも見える父はそのままにして、

 母が告げる。


「そういえば、蓮香はどうして花ちゃんが好きになったのかしら?」


「言われてみれば、そうッスね。いつの間にか姐御を追いかけていて……

 いやそうだ、思い出したあれは……」



 ♢♢♢♢


 あれは、小学1年生の頃だった。


『神楽坂ちゃんって本当に凄いね!

 いつも100点とってる!!』


「ありがとう、でも、そんなことないッスよ……。私は、ママがテスト頑張れって応援してくれたから一生懸命頑張ってただけだから……」


 神楽坂蓮香は、大人しく、小柄で、

 目立つことが苦手な少女だった。その為、前髪を長くし、なるべく、人と目が合わない

 ようにしていた。が、成績優秀で、先生達の間でも、クラスメイトの中でも一目置かれる存在だった。最近行われた、テストでは、

 100点を逃したことはない。



 ♢♢♢♢


「みんないつも褒めてくれるけど緊張しちゃうッスなぁ……」


 褒められる事に抵抗はない。

 むしろ嬉しくあった。だが、

 神楽坂蓮香は、それでも自信を持つことができなかった。そして、そんな自分の性格が一番の悩みだった。


「よし……考えても仕方ない……明後日のテストも頑張るッス」


 その時だった。


『『『おい!お前!!神楽坂蓮香だな!』』』


 そこには、男の子3人組が腕を組んで何やら不服そうに神楽坂蓮香を睨んでいた。


「え……はいそうッスけど……」


『お前が勉強できるせいで俺たちがいっつも怒られてるんだぞ!!』


 3人組の中でもリーダーと思われる男の子が、

 神楽坂蓮香を怒鳴る。


「ご、ごめんなさいッス……」


 突然のことに戸惑いながら、

 そして、男の子の声に、思わず、

 後退りながら

 萎縮してしまう。


『女の癖に、男よりも勉強できるなんて生意気だぞ!』


「私は、ただママの為に頑張ってただけで……」


 精一杯の声を振り絞り、男の子達に

 反論する。


『うるさい、うるさーい!!

 お前らこらしめてやろうぜ!!』


 しかし、聞く耳を持たず、

 男の子達は、ジリジリと距離を詰めてくる。


「(誰か……誰か助けて……)」



「へぇー、なるほど、集団で女の子いじめるなんて最低なやつもいるもんだなぁ……」


『……あん!?うるせぇ!だれだ今の声って……

 な……って、ええ!?

 お前どうやって登ったんだそれ!!』


 何が起こったのかわからず、

 男の子の驚いている方を見る。


 すると、1人の女の子が、

 大人でも登るのは難しいだろう。

 かなり高さのある塀に登り、私たちを

 見下ろしていた。

 少女は、スッと軽やかにジャンプし、

 綺麗に着地し、こう言った。


「いやー、なんか登ってたら登れたんだよね」


『そんな単純な理由で!?』


 あっけらかんとした少女の言葉に驚きを隠せない男の子3人組だったが、

 自分達の数を確認し、先ほどとは打って変わって、対抗心を見せる。


『ふん、俺たちは3人だぞ!! 女が、1人加わったところで、俺たちに勝つつもりか?』


 しかし、少女は男の子達の声には

 全く耳を向けずに、

 神楽坂蓮香に尋ねる。


「ねぇねぇ、それよりあたしさ、勉強教えて欲しいんだけど、あんたできる? コツとかあったら教えて欲しいんだよね」


「ええ!? 算数とかなら教えられるかもしれませんけど……」


「ほんとに? あんた良いやつだねー

 じゃあ、勉強しに行こっか」


「……」


 男の子達は、あまりの危機感のなさに

 呆気にとられている。


「あー、うん、えーと、というわけでさよならー」


 神楽坂蓮香を連れて、少女は何処かへ向かおうとしている。


『うん行ってらっしゃーい……って、

 行かせるわけないだろうがあああ!? 俺たちさしおいてなにしてんだぁ!? ずいぶんふざけたやつだなぁほんとに!!』


「あー、そうなの、で、うん、

 なんだったっけ?」


『もう忘れたのかよ! 喧嘩しろっつってんだよ!!』


「あーそうだった、でもあたし喧嘩とか嫌だよ、乙女だし」


『……いや乙女は塀なんか登れねぇよ!! うるせぇ! もういい、力でわからせてやる!!お前らいくぞ!』


『おう!』



 リーダーと思われる男の子が、少女に向かって、拳を放った。


 しかし。


 スカッ。


 その拳は、少女の頬を

 かすめることもなく、宙を待った。


「うわーあぶなーい」


 抑揚のない声で少女が言う。


『え、なんだ今、一瞬あいつの姿が見えなくなって……殴ったはず……だよな俺……』


『『なにしてんだお前、おりゃ!』』


 すかさず、今度は同時に、

 残りの2人の男の子達が殴りかかる


 しかし。


 スカッ。


 少女には当たらない。


「あぶなーい」


 またも、抑揚のない声で少女は語る。


『『『ば、化け物かこいつ!?』』』


「もういい?」


『ま、まだだ!!』


 ♢♢♢


 1時間後。


『はぁはぁはぁはぁはぁ……。なんで一発も当たらねぇんだよ……』


「あーうん、なんかごめん」


『はぁはぁ……もう体力が……くそ……行くぞお前ら!!」


 ヘロヘロになりながらも、

 男の子たちは去っていった。


「す、凄いッス……助けていただいて、

 ありがとうございます!」


「あーうん、怪我とかない?」


「大丈夫ッス……」


「あーなら、良かった、てか、あ、やば。

 算数教えてもらおうと思ったけど、今日お使い頼まれてるんだった、あたし行かなきゃ悪いね」


 少女は、その場を去ろうとしたが、

 思わず引き留めた。


「あ、あの……!! 最後に一つお聞きしたいことがあるッスけど……」


「ん? どーしたの?」


「どうしたら貴方みたいに自信が持てるッスか!」


 神楽坂蓮香は、頭を下げて、

 少女に頼み込んだ。


「……」


 沈黙が続く。


「私、自分に自信がなくて……。でもそんな自分を変えたくて……私じゃ貴方みたいになれないッスかね」


「……」


 さらに少し沈黙が続いた後、

 少女は答えた。


「あー、うん無理だね」


「そ、そんなっ!?」


 予想はしていたが、ハッキリと無理だと言われ、落ち込む神楽坂蓮香。


「やっぱり私は……」


「だってさ、あたしはあたしだけど、

 あんたはあんたにしか出来ないことがあるんだよ」


「私にしかできないこと……?」


「例えば、勉強。あたし勉強苦手なんだ。

 でもあんたはできるでしょ? それに、

 変わろうと思ってる時点であたしは

 凄いことだと思うよ」


 それまでクールだった少女は、そう言い終えると、少し微笑んだかのように見えた。


「あー、やば、そろそろ行かなきゃ、

 じゃあね、またいつか」


 タッタッタッ


「行っちゃった……」


 先ほど、少女が放った言葉が頭をよぎる。


「私も……かわりたいあの子みたいに」



 ♢♢♢


 あの頃の私へ。

 私は、今、とても幸せッス。姐御と再会して、姐御の旦那とも会えて。

 自信がついたかどうかはわからないけれど、

 前より、一つ進めた気がするッス。


 ♢♢♢


「じゃあママ行ってくるッス!!」


「気をつけてねー!」


 少女の瞳を眩しく太陽が照らす、

 今日この頃である。

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