第18話 謎の少女

 夏もいよいよ本番に差し掛かり、思わず

 暑さに負け、冷たいものを食べたり、なんだりしながら

 ダラダラとしてしまう今日この頃である。


「こんな日はアイスでも食べたいですね」


「あぁ、帰りにどっか寄って行くか」


「良いですね、そうしましょう!」


アイスを食べることが決まるとなんだか勉強もやる気が出るものだ。


(これさえ終われば、オアシスに辿り着けるんだ!!)


気合いを入れ直し、もう一踏ん張りしようとした時、

どこからともなく声が聞こえた。


「ようやく見つけたッス。神崎花!!」


ちょっぴり童顔な顔に似合った綺麗な銀髪の

ショートカットの子が、胸をぐっと張って、足を大きく広げながら、威勢よく、僕らの前に立ちはだかっている。


「ん、なんだ?」


「あれ、花さんの知り合いじゃないんですか? なんだか花さんのこと、知ってるみたいですけど」


「いや、あたしは知らな……」


「くらうッス!! 神楽坂流奥義第一の型かぐらざかりゅうおうぎだいいちのかた!!」


 花さんが喋り終わらないうちに、

謎の少女はいきなり、もう突進で花さんに近づくと、己の拳を振り上げ、殴りかかる。


「は、花さん!!」


 パシィッッッッ。


「……なんの真似だ」


「良かった……」


 快音と共に、謎の少女のパンチを難なく、

 花さんは受け止めた。


「流石は、最強と呼ばれているだけのことはあるっスね……!!

 じゃあこれはどうっスか!! 神楽坂流奥義

 第二の型ああああああ」


「飛んだっ!?」


 高い跳躍力で、

 宙に舞うと、身体をブンブンと

 回転させながら、蹴りを花さんに

 ぶつけようとする。


 ブンッッッ。


「おっと」


 まるで、その動きを完全に図っていたかのように花さんはまたも避ける。


「くっ、次、神楽坂流奥義第三の型あああああ……ってうわぁああああ!?」


 次の攻撃を仕掛けようとしたのかは

 わからないが、何か動く前に、花さんは、

 謎の少女の頭を掴み、ドスの効いた声で

 言う。


「おい……、いい加減にしろ。

 あたしは良い。だが、ここは校内だ。

 騒ぎにでもなったら、昴に迷惑かかるだろうが……」


「いたたたたたっ! いたいッスううううう!!」


 花さん……。僕のことを

 考えてくれていたんだ。

 とても嬉しいが、花さんがこのままでは巻き込まれてしまうと思い、僕も

 謎の少女に声をかける。



「誰だかわかりませんが、

 その辺にしてください。もう勝負はついたでしょう」


「……」


 少女は、途端に俯くと、

 無言になった。


 そして、花さんの方を見つめ……


 しばらくして……泣き出した。


「うわあああああああああんんんんんひどいッスううううう」


「えええええ!?」


 な、なんだこの人!?急に殴りかかってきたかと思ったら、今度は泣き出したぞ!?



「ちょっと花さん、何かしましたか!?」


「!? い、いや……あたしは何も……」


 花さんもわけがわからず、驚いている様子だ。


「私憧れてただけなんッスよおおおおおおおおお!!

姐御に強くなった私を見てもらいたくて……。

 うわあああああんんんんっっっ!!」


「あ、姐御!?」


「ちょ、ちょっと落ち着いてください!!」


 ──あれから、一時間は経っただろうか。

 背中をさすり、気持ちが落ち着くように

 と飲み物を渡すと、

 ようやく、謎の少女は泣き止み、

 落ち着いてくれたようだ。


「私の名前覚えてないっスか? 神楽坂蓮香かぐらざかれんか中学の頃、神崎先輩と同じ学校だったんスよ……。勿論、覚えてるッスよね?」


 謎の少女は、花さんに語りかける。

 そうなのかと僕も、花さんの方を見る。

 しかし、花さんは頭を抱えたまま

 考え込んでいる。

 そして、たっぷりと時間を取って、

 悩みに悩んで放った解答は……。


「……覚えてない」


 直球だった。


「うわあああああんんんひどいっスうう!!」


「ちょっ! ちょっと花さん!! そこは覚えててくださいよ!!」


「だ、だって覚えてないものは、

 仕方ないだろ!? あたしは嘘がつけないんだ!!」


「ひっく……カッコいい神崎先輩……いえ、姐御に憧れて……この高校に入ったんス、なのになのに……ひっく」


涙をポロポロと流している。


「ちょ、ちょっと神崎さん、何か可哀想になってきましたよ」


「うっ……」


「ひっく…。忘れてても、いいっス。

 これから、私を子分にしてください! 姐御!!」


「あーあたしそういうのやってな……むぐっ!?」


花さんの口を急いで、両手で押さえる。


「(今そんなこと言ったら泣いちゃうじゃないですか!ここは、子分にしてあげてくださいよ!)」


「(!?ま、まぁ昴が言うなら……)」


「……こほん。あーうん。わかった。

迷惑かけないんだったら良いよ」


「……! 本当ッスか姐御! 一生ついていくッス!!」


「いや一生じゃなくて良いけど……」


 ふぅ……。ようやく一件落着って感じだな。

 良かった良かった。


「ところで姐御……、ずっと思ってたんスけど、隣の男は誰っスか?」


「あー、昴は……。あたしの大事な存在で……何って言ったら良いんだろうな……」


「彼氏っスか?」


「か、彼氏じゃない!!」


「へぇー、仲良さそうに見えたっスけどね……。

 でも姐御が信頼してるってことは良い人ッスね。それに、もしかすると……」


 なんだ? じっと僕の方を見つめて、

 何かを考えている。


「姐御が強くなったのは、もしかしてこの男の存在もあるかも知らないっスね。深く知っておく必要があるッス」


「いや、僕は何もしてないんだけど……」


「姐御以外、あんまり興味が湧いた人はいないっスけど、そう考えると、

 なんだか興味が湧いてきたっス!!

 名前は何スか?」


 ……全然話を聞いてくれてないな。

 いや、花さんをどうやら尊敬しているみたいだし、追いつきたいという気持ちが

 強すぎて、聞こえてないのかもしれない。

 でも、まぁ悪い人ではなさそうだ。


「僕は、宮本昴だよ。よろしくね」


「宮本昴ッスか……。良い名前ッスね!!

 よろしくッス!!」


 ムギュウ!


 え? 途端に視界がによって

 覆いつくされる。

 だが、不思議と悪い気はしない。

 むしろ、柔らかくて……ってなんだ

 この感触は。もしかしてこれは……、いやそんなことよりも気持ち良くて、よく眠れそ……。


「お、おい! 何やってるんだ! 離れろ!」


 花さんが、僕と、神楽坂さんを

 引き剥がそうとする。


「なにするッスか姐御? 普通に挨拶でハグしただけなんスけど……。

 あ、最近、日本に帰ってきたばかりだから

 少し、感覚が違うのかもしれないっスね」


「す、昴にそういうのはダメだ、あたしが許さん」


「……? なんで、ダメなんスか?」


 首を傾け、キョトンとした顔で、問いかけている。


「な、なんでダメって言われてもだな……その……と、とにかくダメなもんはダメだ! ってか、あんたは、あたしの子分だろ! な、なら、ちゃんと聞け!!」


「なんかよくわかんないけど、姐御が言うなら了解したッス!」


 なんだか、花さんが無理やりに押し切ったようにも聞こえるが、

 どうやら、神楽坂さんは納得したようだ。


「じゃあ私はそろそろ用事があるから行くっスね!また今度声かけるっス!!」


 ──それにしても嵐のような勢いだったな……。


「凄い勢いでしたね花さん、お疲れ様でした。ってあれ花さん?」


「……昴はああいうのが好きなのか?」


 なんだか、不機嫌そうにしている。

 腕を組みながら、

 足もソワソワと動いている。


「え、いや……その」


 何故か謎の圧を感じて、そんなことないですとキッパリ言い切りたかったのだが、

 あの不思議な感触を思い出してしまい、

 しどろもどろになってしまう。


「ふんっ……あたしは帰るぞ!!」


「え、ちょっと待ってくださいって!! 花さん!! 花さーんんんっ!!!」


 必死に追いかけ、何故かご機嫌斜めな様子の花さんを、説得する僕であった。

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