5話

 街の外に出て、二人で歩く。

 まだ、彼に色々と聞きたいことはあった。けれど街の外にいるときは、歩くことに集中したほうがいいと思って黙って歩く。

「どうして、一人で旅をしているんだ。それも、なる人間が少ないというネクロマンサーに憧れて」

 けれど先にレオンさんが、そんなことを聞いてきた。レオンさんもそんなことが気になるのだと、頭の片隅が思ってしまう。

「それ、は……」

 それはほとんど私の根本からを問いかける質問だった。答えるべきかどうか迷う。

 本契約もしていないような間柄の死霊に、私の根本を説明する義理はないと思った。

 だけど、この人は誰にも話さないだろうという、根拠のない信頼もあった。

 それならば、独り言と大して変わらないのではないか。

 そう思った私は、口を開いた。

「一人なのは、気楽だからですよ。今は魔物にさえ遭遇しなければ、そんなに危険なこともないですし……」

「そうなのか。平和なのはいいことだな」

 本当にそう思ってます? ……そう聞くのは野暮だと思って、やめた。

「そんな平和な世の中ならば、ネクロマンサーなんて兵種になる必要もないのではないか?」

「そうなんですけど……」

 もう何度も言われてきたことだ。そして、何度も言い返したことを繰り返す。

「はじめてネクロマンサーであった人に助けられた小さい頃から、ずっと憧れているんです。今更諦めるなんて、出来ません」

「そうか」

 ……一瞬だけレオンさんが微笑んだような気がしたのは気のせいだろうか。うん、きっと気のせいだろう。今の話に、微笑むところなんてなかったはずだから。

「しかし、そうなるとどうして私は召喚されたんだろうな?」

 結局全ての疑問はそこに行き着いてしまう。

「分かりません。何かの間違いだとは思うのですが……」

「間違いで、私のようなものが喚ばれることがあるだろうか?」

 レオンさんが至って真剣にそう言うので、私も確かにそうだと思ってしまう。

 間違いで、こんな我が強そうな人を召喚出来るんだろうか。

 そもそも、占いの内容は運命の人に出会えるかもしれないという曖昧なものだった。それなのに……どういうことなんだろう?

「レオンさんが、運命の人……?」

 私がおそるおそる言うと、レオンさんは鼻で笑った。

「いいじゃないか。運命というあやふやなものに身を任せてみるのも」

「本当にそう思ってます?」

 今度は、ちゃんと疑問を口にした。レオンさんは、肩を竦める。それがきっと答えなんだろう。

「ただ、今は本当に運命というものに身を任せるしかなくなってしまった。私の命運は……命ももうないのに命運とはこれまた変な話だが、頼んだぞ。ペルラ」

「うっ、私ですか?」

「お前以外に誰が私をどうするというんだ」

「そ、そうですよね」

 私はなんだか恥ずかしくなって、頭をかきながら苦笑をこぼす。いたたまれない、といった表現が正しいだろうか。

「ただ……」

「ただ?」

「運命の人という言葉自体は、そんなに悪いものでもないな?」

 そう言って、彼はニヤリと笑う。その笑い方がちょっと怖かったので、私は足を止めてしまった。どうして爽やかな笑みも出来るはずなのに、私には怖い笑い方をよく向けてくるんだろう。彼もまた足を止めて、私の方をじっとみてくる。変に恥ずかしい。

「お、おまじないですよ。信じるんですか?」

「たまには信じてみるのも面白いだろう」

「そういうものですかね……」

 口を閉じて再び足を進めようとした私は、レオンさんの腕で止められた。じっと一点を見つめている彼は、口の形だけで私に魔物だと伝える。

 確かに彼の視線の先には、小さいサイズとはいえゴブリンがいた。この辺では魔物自体滅多に見かけなくなったはずなのに、どうして? 疑問に思うも、答えの出ない問いに割く時間はない。どうしますかと私は目で問いかける。

「私がやろう。まだ万全の状態ではないが、あのくらいなら仕留められる。いいか?」

 小声で言われても、その言葉には説得力があった。

「すみませんが、お願いします」

 私は彼の手を取って、勝利の祈りをかけようとする。けれど彼は、その手を払った。

「そんなことしなくていい」

「でも……」

「するんならキスだ。するか?」

「……しません」

 また彼は鼻で笑ってから、剣を手にゴブリンへと近づいていった。

「……すごい」

 三匹いたその魔物を、彼はまさしく綺麗に倒した。綺麗としか言いようのない攻撃に、私は思わず感嘆の息がこぼれる。

「倒したぞ」

 戻ってきた彼の手には、ゴブリンから得られる素材が握られていた。しっかりと血がついている辺りが、彼らしいというかなんというか……。

「ありがとうございます。本当にすごいですね」

 素材を袋に入れながら、私はそう言った。

「本調子でないとはいえ、ゴブリン程度でそこまで褒められるとむず痒いな」

「でも……」

 それでも、すごいと思ったのは事実だ。だから感嘆してしまう。

「それより、早くペルラの師になる人物の元に向かうぞ。日が暮れる」

 彼は私に歩幅を合わせながらも、更なる歩みを進めた。

 それから、私達は特に問題なくネクロマンサーの師がいるという村の前に到着した。

(途中何度かゴブリンやオークといった魔物を見かけたけれど、レオンさんは戦わなかった。おそらくなんだけど、弱すぎて戦っても楽しくないとか、そういうことなんだと思う)

 到着したの、だが……。

「……あれが、目的地なのか?」

「そうなんです、けど」

 目の前にある村は、今まで訪れたどの場所よりも小さなものだった。

「本当にここなのか?」

 レオンさんの疑問も当然だ。なにせ、家々の屋根が所々剥がれ落ちている。まるで廃墟だ。

「はい。ここに、ネクロマンサーの師がいるはずなんです」

「こんな廃れた村にか!?」

「ええ。ネクロマンサーの元を訪ねて訪れる人は貴族ばかりなので、あまり人目につかないところで暮らしているんですよ」

「それにしたってこれは、それどころじゃないくらいだろう」

 やっぱり元々貴族だから、そういうところは案外気にしてしまうんだろうか。

 ちなみに、別の場所にいたネクロマンサーの人もこういった場所で暮らしていた。そこに来ている現役の貴族の人たちは、軽い小屋を作ってそこで寝泊まりをするって感じなのだ。さすが貴族。私は野宿するしかない。

「……とりあえず、その人に会ってみましょうか?」

「そうだな。そうするべきだ」

 私は一番大きな建物の扉を、ゆっくりと叩いた。叩いた拍子に屋根が崩れたが、気にせずに人の声が返ってくるのを待つ。

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