4話

 目が覚めると、目の前にレオンさんの顔があった。

「ぎゃっ」

 驚きの声を上げながら飛び起きると、レオンさんは「おはよう」と言って笑った。朝だというのに、全然爽やかじゃない笑みだ。夢に出てこなくて良かった。

「幸せそうな顔をしていたが、夢でも見ていたのか?」

 その口ぶりからするに、寝顔も見られていたらしい。

 恥ずかしさに、顔が赤くなるのが分かる。

「さ、先に起きてたんだったら、起こしてくれたっていいじゃないですか!」

「起こしたぞ。それでも起きないのが悪いんじゃないか?」

「うう……」

 全然気が付かなかったってことは、本当に幸せそうに眠っていたんだろう。 何も言えなくなった私は、ぎりぎりと歯噛みする。

「よく眠れたんなら良かったじゃないか。さ、まずは身支度を整えたらどうだ。髪の毛が乱れているぞ」

 言うことだけ聞いていれば、本当に父親みたいだ。それが恥ずかしさを増すやらムカムカするやらで、とにかく気に食わない。

 私は急いでベッドから立ち上がると、そのままかけていた毛布とベッドシーツを整える。それから無駄にレオンさんを睨みつけてから、水場に向かった。 冷たい水で、顔を洗う。

 昨日は雨が降っていたのに、今日は見事に晴れていた。

 これなら都市を出て、師となるであろう人の元に向かってもいいかもしれない。出来れば今日中に、次の街に行っておきたいし。

 気にかかるのは、レオンさんの存在だ。どうしたらいいんだろう……。もういっそのこと、師事させてくれなくてもいいから彼を帰してあげてほしい。

 顔は綺麗で所作は美しく、人当たりも良い。けれど、歴史から消されたかもしれないくらい人から恨まれていた人間らしい。その時点で怖いし、そもそもそんな情報を信じていいのかすら分からない。適当な悪霊が、嘘をついていないとも限らない。

 大体、なんでおまじない程度のものであんなしっかりした意識の人を喚べたんだろう。

 もしかして、私にはめちゃくちゃ才能が……?

「いや、違う」

 そんなわけがないと、首を振る。これまで幾つかのネクロマンサーの元を訪ねて、師事することを断られているのだ。才能がないのは、火を見るより明らかである。

 それでも、ネクロマンサーになりたいことには変わりがないけど……。

「ペルラ」

「ヒッ」

 聞こえてきた低い声に、思わず悲鳴を上げる。振り返ると、いつの間にか背後に立っていたレオンさんがこちらを見ていた。

「す、すみません……」

「どうして謝る? 私はただ、やけに時間がかかっていると思い来ただけだが」

「……あの、その……レオンさんを、どうしようかなと思ってまして」

「どうとは?」

「……一緒に行くんですか?」

「ああ」

 彼はあっさりと肯定すると、私の隣に立った。

「好きにならせてみせると言ったからな」 

「やっぱりあれ、本気なんですか?」

 どう考えても、貴族の人と孤児院で育った私じゃ釣り合わないだろう。

 それに生者と死者でもあり、超えられない一線というものが存在している。

 好きになるわけがないにもかかわらず、レオンさんは得意げに笑っている。 ……笑い方は基本的に怖いけど、思ったより笑う人なのかな。

「なんだ? 今更になって怖くなったか?」

「そ、そういうわけじゃありませんよっ!」

「ならば良いだろう? 私がお前に付いていくことで、何か不都合があるか?」

「お金が……」

「下級の魔物を倒すくらいは出来る。それらの毛皮を売れば、ある程度の金にはなるだろう。それに、護身も出来なくはないなぁ……?」

 思わず変な声が出そうになる。それは私にとって、とんでもなくありがたいことだった。魔物を倒さずともお金を稼ぐ手段はあるけれど、それも曰く付きの森に生えている植物を採ってくるといったものが大半で、結局魔物は出てくる。戦える人がいれば、どちらの手段でもお金を手に入れることが出来るだろう。そして身の安全もある程度確保出来るんなら、野宿なんかも悪くないはずだ。

 彼の扱いづらいそうなところを考慮しても、こちらにとって有利な条件だった。それがレオンさんも分かっているんだろう。きっと断ることはないと、確信している。

「……本契約を結ぶか結ばないかは、師のところに行くまでに判断しますからね!」 

「決まりだな」

 彼は満足そうに呟いて、私の手を取った。

 そのまま歩き出すものだから、私は慌てて彼について歩く。

「て、手は繋がなくてもいいじゃないですか!?」

「ペルラは小さいからな。見えなくなったら困る」

「そんなに小さくないですー!」

「そうか。一〇〇〇年で人類は随分小さくなったものだな」

 ジタバタと暴れる私を無視して、彼は歩みを進める。

 それから部屋に戻って私の荷物を回収し、宿屋で簡単な朝食を済ませてから街に出た。

 すでに多くの人が行き交っている。

「あ、市場の様子が千年前とは様変わりしているでしょうが、あんまり変なことはしないでくださいね!」

 念のために忠告しておく。もしも暴れられたら、今後この街への立ち入りが禁止されてしまうかもしれない。それは困る。

「そんなことはしない」

「本当ですか?」

「そもそも一〇〇〇年前は戦乱の世だったんだ。目にするもの全てが平和そうで何よりだと思っているさ」

 その口元には笑みが浮かんでおり、平和な世の中に感心しているようにも、皮肉っているようにも見えた。けれど彼が実際に暴れる様子もないので、私は「それならいいんですけど」と返す。手を握られていることが気がかりではある。側から見たら、どんな風に思われているんだろう……。

「ところで、ペルラ」

「なんでしょう?」

「これから向かうのはどこだ?」

「えっと……ここから少し離れたところにある村ですね。そこにネクロマンサーであったという方がいるって聞きました」

 私の答えに、レオンさんの足が一瞬だけ止まった。そこでようやく私は、彼が歩幅を調節して歩いていてくれたのだと気付く。急に止まったにもかかわらず体が傾かなかったのも、きっと彼のおかげなんだろう。

 見かけによらず、いい人なのかもしれない。

「……知り合いじゃないのか?」

 そんな彼は、驚いた顔でこちらを見ている。

 今の会話のどこに、そんなに驚く要素があっただろうか?

「違いますよ。まだ会ったこともありません。どうしてですか?」

「師がどうのと言っていたから、てっきり既に師事しているものだとばかり思っていた」

「言われてみれば……そうなるかもしれませんね」

「そうだろう?」

 自分の中では当たり前のことだったからあんまり気にしていなかったけど、言われてみればそうだ。師がどうのこうのって言っているのにいまだ師事していないのは、やや不自然である。

「既に三人の方に指導をお願いしたのですが、どれも断られてしまっていて」

「それは何故だ?」

「理由についてネクロマンサーの方々は曖昧に笑ってごまかすばかりでしたが……原因は、私の出自かもしれません」

「……どういうことだ?」

「ネクロマンサーの元を訪れる人というのは、大体貴族の方が多いんです。だから、私が孤児だと分かると……その……」

 言葉を濁す私に、レオンさんは「そういうことか」と呟いた。

「一〇〇〇年経っても、そのように煩わしいものは残っているのだな」

 彼の言葉には、特になんの感情も込められてなかった。事実を確認するように呟いている。そんな感じだ。

「うーん、ネクロマンサーのこと以外はよく分からないのですが……そもそもネクロマンサーというものが、貴族に向いている職業なんですよね」

「そういうものなのか」

「そうですよ。だって、貴族なら過去に何らかの才があった自分の祖先のことが分かるじゃないですか。そして、その人を喚ぶことが出来る」

「……そうだな」

「才がある人がいなくとも、名が受け継がれてきたということは相当な数の祖先がいるってことです。それらを喚びだせば、壁として使うことも可能です」

 歩きながら、誰かと一緒に話しながら道を行くのも悪くはないかもしれないと感じた。

 寂しくはなかったけど、こんな風に自分から話すことがなかったから新鮮だ。

「そんな職業、なり手の方がいないんじゃないのか?」

 私がそんな風に心を穏やかにしていると、レオンさんがそんなことを言った。

 そうだ。戦乱の世ではなくなった今、祖先の威厳が最も尊ばれるほとんどの貴族にとって、ネクロマンサーはとんでもなく罰当たりな職業だ。

「そうなんですよ。だから、ネクロマンサーの不足が嘆かれています」

「それなのに、師事したい人間は受け入れないのか」

「そういうことになりますね……」

 そこはもう仕方がないとして諦めるしかないけれど、三度目に断られた時は少しの怒りを覚えた。魔物も出現する決して易しくはない道を歩いて行っているのだ。孤児だろうとなんだろうと、優しくしてくれていいのにとも思う。

「ならば、お前は今度こそ師事できるんじゃないか?」

「どうしてですか?」

「私のような者を、偶然とはいえ召喚出来たんだ。実力は充分だろう?」

 笑いながら「本契約が楽しみだな」だなんて言うレオンさんに、私の顔は赤く染まっていくのが分かった。

 彼の思う通りになんて、絶対ならないんだから!

 ……とはいえ、彼が強そうなのは事実だ。彼をキッカケに師事できるんなら、それに越したことはない。

 でも彼を使って師事することが叶ったとして、そのまま帰すというのも心苦しい。

 どうするのが正解なんだろう……?

「もうすぐ街を本格的に出て山道になるみたいだが、買い忘れたものはないか?」

 レオンさんの問いかけで我に返る。

「特に……」

 ないですと言いかけて、鞄の中を見た。鞄には二人で共用だと仮定しても充分な蓄えがあったが、なんとなく不安に駆られてしまう。

「毒を治す草はもっとあってもいいかもしれません」

 いらないかもしれないと思うながらも、草を買い足した。

 今はとにかく、ネクロマンサーの師の元に無事に辿り着けることを祈ろう。

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