懺悔其の四十一 やーん!タカシ最高よ!

 もうそろそろ一年か、長かったようでそうでもなかった気がするなあ。

 年末前には新しい神父が来る予定だし、そうなれば来年からはここの担当では無くなるな。


 さーて、あと少しだし今日も真面目にお勤めしますかね。

 アタシが気合入れてやろうかなあと思った所に、男女二人組が入ってきた。


 二人とも見た感じは二十代前半位かな?

 男は半袖ティーシャツにジーパン……冬だぞ今は、女も同じガラのシャツにジーパンしかし女は太っているためかガラが凄いことになっている……あと、今冬だからな? とにかくペアルックってやつだった。


「さー! ハニーここが相談を受け付けてくれるナイスな場所さ!」

「やーん、タカシ最高よ!」


 タカシと呼ばれた男が大げさにポーズを取りながら、凄く良い笑顔で女に話しかけていた……良い笑顔なんだが正直食事時には見たくないかな。

 女の方もタカシの言葉に体をくねらせながら良く分からない返事をしていた、その姿はのたうち回るセイウチのようであった。


「さあ! シスター、美しいボクの彼女とこのボクの事についての相談にのっておくれ!」

「やーん、タカシ最高よ!」

「相談料三十分で五千円です」


 アタシは本能が関わるなと信号を発しているので、帰ってもらうために適当な事を言う。


「たったそれだけの相談料でいいなんて、なんて良心的なんだ!」


 男はサイフを取り出した……何気にブランドのサイフだしよぉ。

 アタシのサイフなんてホームセンターで二千八百円のサイフだぞ。


「おっと! すまない五千円札なんてチンケな札はボクのサイフには入っていないんだったよ」


 男はそう言うと壱万円札をアタシに差し出してきた。


「やーん、タカシ最高よ!」


 このセイウチみたいな女、さっきからそれしか言ってないな。

 あと、流石に出すとは思ってなかったので、受け取るわけにもいかず無料で話を聞くことにする。


「ッチ! 御代はいいよ、さっきのは軽いジョークだよ」

「はっはっは! そうだったのかい? あまりにもお粗末な値段設定だったから本当だと思ってしまったよ」


 タカシは歯並びの悪い歯を見せて笑っていた。どうしようもうすでにウザイ……


「やーん、タカシ最高よ!」

「お前さっきからそれしか言ってないだろ!」


 アタシはたまらずにツッコミを入れてしまった。


「すまないシスター、ハニーは正直者でねこのボクを称える言葉をこれ以外に持ってないんだよ」

「やーん、タカシ最高よ!」

「うるせぇよ!」

「シスター、ハニーの美しさに嫉妬しないでおくれよ?」


 アタシの前でイチャイチャしはじめた二人、正直見ててキモイ……


「見ててキモイから離れろ! そして相談ってなんだよ?」


 タカシは女……ハニーでいいか、ハニーの顔を両手で掴むとアタシの方に突きつけてきた。

 まつ毛はほぼ無く、顔中ニキビだらけで歯並びはガタガタ、ブタ鼻で息もなんか下水の臭いするし……なんの嫌がらせだこれ?


「シスターこのハニーの顔をよく見てください!」

「ひゃーん、ハカシふぁいほうよ!」

「それ以上近付けるな! 息くさ!」


 タカシはハニーのアゴをタプタプしながら首を振る。


「シスター! ハニーの口臭はジャスミンの香りだよ!」

「バカ言え! なんか下水みたいな臭いしてんだろうが!」

「……シスターは鼻が詰まってるんだね」


 どんな感覚してんだこの男?


「まあ、いいや。それで相談とはねハニーが美しすぎて困ってるんだ」

「精神科に行くことを勧めるよ」

「ああ、それは分かるよ、ボクはハニーの美しさにいつ気が狂うかと心配でもあるからね」


 手遅れだった。


「ハニーの美しさに全ての人がハニーに視線を向けててね、ボクとしてはハニーに惚れる男が増えないかと気が気じゃないんだよ……」

「大丈夫だ、その視線は好奇心というか。怖いもの見たさの視線だからな気にすることは無い」

「あぁ、ハニー可哀想に……その美しさは好奇心の対象になってしまうなんて……」


 くそ! ヤバイ、タカシがずっと美しいとか言ってるからそう見えてきそうで怖い。頭がおかしくなりそうだ。


「じゃあ、適当なお面でも被せといたらどうかな?」

「ハニーから出る美のオーラを多少は軽減できそうだね」

「やーん、タカシ最高よ!」


 何が最高なんだよ、アタシは最悪の気分だよ。

 いまだに鼻の奥にヘドロのような息の臭いが残ってる気がするよ……


「ふふ、ハニー君に似合った最高のお面を作ろう! ツタンカーメンも裸足で逃げだす凄いのをね。まずは宝石店に行こうじゃないか!」

「やーん、タカシ最高よ!」


 タカシはハニーをお姫様抱っこしようとしていたが……やはり無理だったようだ。

 二人はスキップしながら懺悔室を後にした。


「一体何の相談だったんだよ……」


 アタシがそう呟くとシスターケイトが懺悔室に入ってきた。


「はーい、レナちゃん元気にやってる?」

「疲れる事ばかりですよ」

「それでも随分と板について来たわね、最近じゃなんだかんだと悩み相談を受けてくれる懺悔室って噂になってるのよ」


 嬉しそうにシスターケイトはアタシにそう言った。


「だけど、今月中にも神父さんが来るんですよね?」

「ええ、そろそろ来る予定ね」

「そうなれば、アタシはここから解放されますね」

「ふふ、はたしてそれはどうかしらね?」


 アタシはシスターケイトの言葉を聞いてぎょっとする。


「いや、一年って約束でしょ? 冗談じゃないぞ、こんな変質者の相手ばかりの仕事!」

「ふふふ」


 シスターケイトは意味深な笑いを残し、ここから出て行った。


「いや、まさか。いつもの悪戯だよな?」


 アタシは無理やりそう思うことにした……

 神父さん早く来てくださいよ。


 ――

 ――――


 後日、黄金にダイヤモンドをちりばめた超悪趣味な仮面をつけたセイウチのような女が近所でたびたび目撃されることとなった。本当にやったのかよ……

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