懺悔其の九 ハールーコーさーんやー

 

 さーて、今日もお仕事しますかね。

 アタシはそう思いながら懺悔室の扉を開くと、変なジイさんが床で寝ているのを発見した。


「あー……今日も行き成り嫌なパターンですか……」


 アタシは仕方なく、床に寝てるジイさんを揺すって起こすことにした。


「オーイ、ジジイ起きろ! ここはお前の家じゃねーぞ」


 アタシが手を伸ばしジイさんを揺すろうとすると、ジイさんは器用に寝返りを打ちながらアタシの手をかわす。

 しかも一度ならず二度、三度と、器用なことしやがって、ええい! クソジジイめ!


「何なんだこのジジイ、まさか何かの拳法の達人とかじゃないだろうな? ええい! クソ、このアタシが触れる事すらできないなんて」


 アタシを本気にさせたいってわけか? しかしフェイントを混ぜながら触れようとしてもヒョイヒョイと寝返りで避けるジジイ。鼾をかきながら目も閉じてるのに、見えてるのかこのジジイ!


「こんのー! 幕田レナを舐めるな! そーらそらそら!!」


 いや本当になんで当たらないの? 地面スレスレを払うように手を振ると、寝たままジャンプなんて人間離れした動きまで見せやがって、ってそれもう寝返りじゃねぇだろうが!

 この後約一五分の死闘を繰り広げるとジジイが突然目を開き床から身体を起こした。背伸びをして大欠伸をしてからクソジジイが目を覚ます。


「ふわぁぁぁ、よう寝たわい」

「よう、懺悔室の床の寝心地はどうだい? ……ぜぇぜぇ」


 肩で息をしながら、アタシは皮肉を込めてジジイに言ってやった。

 するとジジイはすっとぼけた顔でアタシを見ると


「おぉ? ここは何処じゃ? 天女様がおられるのぉ、ここは極楽か?」

「ちげーよ! 教会の懺悔室だよ! 鍵はかかってたはずなのに何処から入ってきやがった?」

「あんれま、自分の家だと思っとったわい、うちの嫁さんも娘もこんな別嬪さんじゃないしのぉ」

「教会と家を間違えるか?」

「儂も寄る年波には勝てんのじゃ……」

「嘘つけ! さっきまで寝ながらめっちゃ香港映画並みのアクションしてただろうが」


 ジジイは首を傾げ不思議そうな顔をしていた


「天女様は何を言っておるんじゃ? 寝ながらそんな事できんぞ」

「いやいやいや、アンタあれだけ激しくアクションしてて気付かないとか無いでしょ、あとアタシは天女じゃないから」


 まさかこのジジイ本当に無意識なのか? アレが寝相だったらどうしよう。


「まさかジイさん凄く寝相が悪い?」

「ほほう、天女様にゃそんなことが分かるのか? 大したもんじゃなあ、確かに儂は凄く寝相が悪いようなんじゃよ」

「アレは寝相が悪いってレベルじゃないぞ、寝ながらジャンプしてたし」

「儂の寝相も極まってきたようじゃのぉ、ほっほっほ」


 ほっほっほじゃねぇよ、


「ところで、アタしゃそろそろ仕事なんだけどさ、起きたなら帰ってくれない?」


 アタシの仕事は老人介護じゃないしな、起きたならお帰り願わないとな


「いやー、そうしたいのはやまやまなんじゃが、さっきも言った通り此処はどこなんじゃ?」

「寝ながら迷子って器用すぎるだろうが、夢遊病かなんかかよ」

「いやー、照れるわい」

「褒めてないから」


 ここに来る奴って高確率で褒めてないのに照れるヤツ多いよなぁ……

 仕方ないのでアタシはここが何処かを説明してやった、するとジジイは首をかしげていた


「んむう……残念じゃがわからんのぉ」

「困ったなぁ、迷子だとすると警察に連絡するしかないなぁ」


 ジジイは警察というワードを聞いた途端に青い顔をして首を横に凄い勢いで振っていた。


「い、嫌じゃ嫌じゃ、マッポは嫌じゃ!! マッポにゃ良い思い出が無いんじゃ」

「……なんだよ、アンタはサツにパクられたくちかよ」


 アタシがそう呟くと突然ジジイが素っ頓狂な事を言い出した。


「そうじゃ、飯はまだかね?」


 唐突に始まる飯の話、何の脈絡もないな。実はボケてるんじゃないか?


「なんでお前に飯を恵まないといかんのだ? そもそも飯なんて無いわ」

「何でって酷いのぉ、ハルコさんや飯はまだかのぅ」

「ハルコって誰だよ、しかも飯は無いとさっき言っただろうが」


 このジイさん行き成りどうしちまったんだ? ボケ老人みたいになっちまったぞ。


「ハールーコーさーんやー」

「ハルコなんて人はここにはいねぇって」

「ぐおーぐおー、ZZZ……」


 ジイさんは最後に誰かの名前を叫ぶとまた寝てしまった。


「なんだったんだよこのジイさん……」


 アタシがそう呟くとバターンと音を立てて扉が開いた、アタシは慌て扉の方を見るとオバちゃんが一人立っていた。

 オバちゃんはスタスタとこちらに向かって歩いてくると、寝てしまったジイさんを肩に担いだ。


「ごめんなさいねー、うちのお爺さんボケちゃっててね、寝たまんまどっかに行っちゃう癖があるのよー」

「ボケてるってさっきまで普通にアタシと会話してたぞ、最後はハルコさんとか晩飯まだかとか言ってたけど」

「あー、お爺ちゃん寝惚けてたのね、何故か寝惚けてる時だけ会話が成立するのよねぇ」


 え? アタしゃ寝惚けた老人と会話してたってことかい?


「それでねぇ、突然ボケ老人……っと、普段と同じに戻ってからまた寝ちゃうのよねぇ、不思議よねぇ」

「てぇと、何だい? ハールーコーさんやーって叫んでた時がシラフってことなのかい?」

「そういう事なのよー」


 なんて、迷惑なジイさんだよ……


「いやー、今日は入れ歯が無事ですぐに見つかったわー、お爺ちゃんの入れ歯にGPS仕込んであるのよねぇ」

「……どこに仕掛けてるんだよ」


 まあ、そのおかげでこうして引き取りに来てくれたわけだが。


「さて、私はこれで失礼しますね、本当にご迷惑おかけしました」

「あ、はい……」


 こうして迷惑な珍客は家の人に担がれてこの部屋から出て行った、今日は迷える子羊じゃなかったなぁ……迷惑には変わりないけどね。


「さて、仕事しよう」


 アタシはこうしてカーテンの奥の椅子に座って次の子羊が来るのを待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る