第五章 彼女の正体

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 そうだ、間違いない。だからあの時、先生はあんなことを言ったんだ。僕にヒントをくれたんだ。

 でも、だったらどうして?

 どうしてあの人はこんなことを?


 次の日、学校へ行くと、瀬戸せとが話し掛けてきた。

「【彼】の彼女は見つかったか?」

「うん、誰だか分かった」

「マジか? 教えろよ!」

「まぁ待て、駅前にあるアルカンシエルっていうカフェ知ってる?」

「あぁ、知ってるけど」

「放課後、そこに深山みやまも連れて来て。そこで教えるよ」


 放課後、アルカンシエルへ行くと、まだ誰も来ていなかった。紅茶をれてもらい、本を読んで待っていると、瀬戸と深山がやって来た。

「よぉ、【彼】の彼女が分かったって本当か?」

 と深山がいた。

「うん」

「早く教えろよ」

 深山が急かす。

「あと一人、呼んだんだけど……」

 ちょうどその時、緒方おがたさんがやって来た。

「ごめん、ちょっと遅くなって……、あれ?」

 彼女は瀬戸と深山を見て驚いている様子だった。

水城みずきくん? まさか、この人たちが【彼】の彼女の正体?」

「はぁ!?」

 言われて瀬戸と深山が心外そうな顔をした。

「いや、違うよ。第一こいつらは男だし」

 僕はあきれ顔で言った。

「えっ、でも水城くん、【彼】の彼女に会わせてくれるって……」

 そう、彼女にはチャットでそう送っていた。

「どういうことだよ」

 瀬戸が不満げに言った。

「じゃあ始めようか」

 僕は瀬戸を無視して、お構いなしに始めた。

「まず、瀬戸と深山にはちゃんと説明しなくちゃいけないな」

「何をだよ?」

 瀬戸が少しいらついたように言った。

「緒方さんから新聞部の取材を受けたんだ。今度【彼】のことを記事にしたいから、【彼】のことを教えてくれって。

 それで僕は受けることにした。その取材の最中に、【彼】からもらった鍵の話をしたら、その鍵が何の鍵なのか調べてみようって話になって、以来僕らは鍵について調べることにした。

 その後、鍵は【彼】の使っていたロッカーの鍵なんじゃないかと思い、中学校へ行ってみたんだ。そうしたら、ロッカーは既に開けられていて、中身は【彼】の家族のもとに返されていた。唯一、山本やまもと先生が例の日記に気がついて、それだけが残されていた。

 その日記に書かれていた【彼】の彼女が、鍵の謎とそれにつながる計画とやらについて、知っている可能性が高いと考えた僕らは、【彼】の彼女を捜すことにした。そこで、瀬戸と深山に【彼】の彼女について何か知らないか訊いたんだ。すると、瀬戸の言葉から鍵がロッカーのじゃないことに気がついた。

 そして、先生が何か関わっているかもしれないと思った僕は、再び中学校へ行ったんだ。そうしたら、先生も【彼】の計画の一端を担っていたことが判明した。けれども、先生は計画について詳しくは知らなかった。

 代わりに『ヒントはアルカンシエル』という伝言を受け取った僕は、ここ、アルカンシエルに来て、『アルカンシエル』の意味をオーナーに尋ねた。そして命名者を聞いて確信したんだ。【彼】の彼女が誰なのか」

 そこで僕は一旦言葉を切った。

 みんなが固唾かたずを飲んでこちらを見ている。

。そうでしょ? 緒方さん」

 僕が彼女の方を向くと、彼女は驚いた様子で見つめ返していた。

「……どういう、意味?」

「『アルカンシエル』という言葉は、フランス語で〝虹〟を指す言葉だった。それを聞いて、僕は思わず命名者を訊いた。そうしたら、ある男の提案だと言っていた。まだお店が出来たばかりのころ、店の名前に悩んでいたときに、その男が提案してその名前にしたと。僕はある予感がしてその男の容貌を訊いた。そうしたら、写真があると言って見せてもらった。そうして予感は当たった。その男はまさしく【彼】だったんだ。

 けれどもそれ以上に驚いたのは……」

 そう言って、僕はオーナーから借りた写真をみんなの前に提示した。

「これは……!」

 みんなが息をんだ。

「写っていたのは……、

「……」

 彼女は下を向いていて、黙っている。

「オーナーから二人の関係は聞いたよ。【彼】の彼女は君だったんだね、

「……」

 彼女は相変わらず黙っていた。

「えっ? 緒方さんが、【彼】の、彼女?」

 深山がびっくりして彼女の方を見る。

「でも、【彼】の前の彼女だったっていう可能性も……」

 瀬戸が控えめに言う。

「僕も最初はそう思った。

 だけど最初に中学校へ行ったとき、先生に言われたんだ。『彼女はきっと自分のことを責めてるだろうから、お前がしっかりしてやれよ!』って。

 これは先生なりのヒントだったんだ。緒方さんが【彼】の彼女だと考えれば、責めてるっていうのは、【彼】が自分の犠牲になって事故死したことだと解釈できる。先生は緒方さんが【彼】の彼女だったことを知っていたんだね」

「……流石さすがね」

 突然彼女が声を発した。みんな一斉に彼女を見る。

「流石、【彼】が認めた人……」

「でも、どうして? 自分で知っているはずの鍵の謎や計画について、どうして水城に探らせたりしたんだ?」

 僕の言いたかったことを瀬戸が言ってくれたので、僕は同調する。

「そう、それ。それがどうしても分からなかった。なぜこんなことをしたのかが」

「ごめんなさい。だけどそれ自体が【彼】の計画なの。水城くんに探らせること自体が」

「何だって?」

「【彼】の計画は、水城くんと私のために立てられたものだから」

「……!」

 そう言えば先生の言葉を思い出す。

『ただ、その計画はお前のための計画だと言っていた』

 僕、だけでなく、彼女のため……?

「【彼】の計画は、まだすべては果たされていないの。だから話せるのは一部なんだけど……、いいわ、水城くんが自力でここまで辿たどり着いたのだから、教えてあげる」

 今度は僕が固唾を飲む番だった。

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