第六章 真相

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「その日記に書かれているように、私が【彼】に恋愛相談をしたことが、全ての始まりだった。

 私は、恋愛経験豊富そうな【彼】なら、何かアドバイスをくれるかもしれないと思って相談してみた。そうしたら、【彼】は親身に話を聞いてくれた。最初に相談したときなんて、一時間もずっと私の話を聞いてくれたの。たくさんのアドバイスもくれた。

 そうしてそれ以来私は、しばしば【彼】のところに相談に行くようになったの。


 ある日、いつものように【彼】のところに相談しに行ったとき、【彼】は私にある秘密を告白した。

 その上で私にある計画を持ちかけた。その計画は、お互いに利益のある計画だった。何より、私は【彼】のその計画への思いに胸を打たれた。

 だから私はその計画に乗ることにした。そして私たちは計画の準備をするために付き合うふりをし出した」

「付き合う……?」

 そう言えば日記に、『計画のために付き合った』という旨が書いてあった。

「どうしてそんなことを?」

「もちろん、【彼】が私に好意を抱いていたのなら下心も少なからずあったかもしれない。

 でも【彼】は自分のためにそんなことをするような人じゃない。計画を立てる上で、水城みずきくんとえて距離をとるために、【彼】は付き合うふりをしたの。その証拠に【彼】は、私に気を使ってその間ハグすらしなかった」

 僕は勘違いをしていた。【彼】は自分勝手なんかじゃなかった。彼女の意志を無視した訳じゃなかった。

【彼】の、僕と距離を置こうという思惑は、見事に成功したと言えるだろう。

 確かに、あの頃僕は【彼】に彼女ができたと聞いて、【彼】との間に距離を感じていた。わざと僕を遠ざけて、その間に密かに計画を進めていたというのか……?

「あの日記は元々【彼】がつづっていたものだった。それを【彼】は、この計画に組み込むことにした。あなたに計画の存在を知らせるために」

「僕に……?」

 僕をわざわざ計画から遠ざけておいて、どうしてノートで僕に知らせる必要があったんだろうか?

 彼女は先を続けた。

「水城くんの推理通り、あの日、【彼】が死んだ日に【彼】がかばった女性というのは、私のことだよ。

 その日は計画の準備完了と、卒業とを祝って、【彼】がデートに連れていってくれた。今まで恋人らしいこと何もしてあげられなかったからって。

 でもその日の帰りにあんなことになるなんて……」

「じゃああのノートをロッカーに入れたのは君かい?」

「いや、違うよ。

 デートの時に【彼】が『昨日無事、例のノートをロッカーに入れた』って言っていたの。つまり【彼】の死ぬ前日に、【彼】本人が入れたってことだね。更にその時、【彼】からロッカーの鍵を託された。

【彼】にもしものことがあったときは、私一人で計画を遂行することになっていた。だから私は【彼】の死を悲しむ間もなく、すぐにノートを回収しに行かなければならなかった。じゃないと、【彼】の家族に持っていかれて、あなたに見せられなくなってしまうから。ノートを家族禁止にしたのは、そのためなの。

 だけど、そこで困ったことが起こった。私が行ってロッカーからノートを回収している最中に、先生に見つかってしまったの。

 それで私は何か盗みを働こうとしていたのではないかって疑われて、だから仕方なく先生に全て話さざるを得なかった。

 ノートを見せて、更にすぐに【彼】の訃報が入ってくると、先生は私を信じてくれた。

 だけど先生は、ノートを【彼】のご家族に返さなければダメだと言った。私はそれだけは出来ないと先生を説得した。

 説得するのは大変だった。

 最初、先生は人の物だからとか何とか言って、全然聞いてくれなかった。そこで、【彼】のこの計画への思いを先生に話して、何度も何度も頼み込んだ。

 その甲斐かいあって、先生は何とか妥協してくれて、あなたが先生の元に辿たどり着くまでノートを保管してくれることになった」

「そうか、それで先生は【彼】と君のことを知っていたんだね……。それから君はどうしたの?」

「とりあえず、ノートが家族に渡されるのは防げた。

【彼】の計画では、次に私がすべきことはあなたに接触することだった。だけど、ノートの件が済むと、私は急に【彼】の死を実感した。【彼】のお葬式で【彼】のお母さんが泣いているのを見て、私は居たたまれなくなった。私のせいで【彼】が死んだのだと思うと、【彼】の計画を先に進めることが出来なくなった。

 そうこうしてるうちに、早一年が経った。ある日、たまたま【彼】のお墓の近くを通りかかっていた時に、ヴァイオリンの音色が聞こえた。

 すぐにあなたが弾いていると分かった。発表会で演奏を聴いたときと同じように、背中にゾクゾクっと迫ってくるものを感じたから。

 行ってみると、案の定あなたが弾いていた。同時に【彼】のピアノの音色も聞こえてきた。姿は見えないけれど、でもそれは間違いなく【彼】のピアノだった。

 の『春』を聞いていたら、ふと忘れかけていた計画のことを思い出した。このまま計画を実行しないままでいたらダメだと思った。死んだ【彼】のためにも計画を遂行しなければと思った。

 だから、その時計画を実行しようと決めたの。」

「なるほど……。でも、なんか引っ掛かるなぁ……」

「何が?」

「二つほど引っ掛かる点があるんだ。

 一つ目は、【彼】はどうして君にロッカーの鍵を託したのか。

 ノートを僕に渡したかったんなら、わざわざ彼女に鍵を渡すなんて面倒くさいことをするより、僕に直接渡した方が確実なのに。

 そもそもなぜロッカーに入れたのか。二つ目はそれだ。ノートそのものを僕に渡すとか、手渡しがしづらいならポストに入れておくとか、もっと他に方法があったはずだ。

 それに、僕らはもうあの中学校は卒業した後だった。なのにロッカーにノートがあったって僕の手にノートが渡ることは絶対にあり得ない。

 もし一時的な保管場所としてあのロッカーを使ったんだとしても、先生に回収される危険性のあるあの場所に保管しておくのは得策ではない」

「計画の目的のためにそうする必要があったんだよ」

「だから、その計画の目的って一体何なんだ!」

 ついカッとなって少し声を荒げてしまう。

「……分かった。【彼】の計画の目的は大きく二つ。だけどその前に【彼】の家へ行きましょう。そこへ行けば全て分かるはず。それに開けなくてはならないものもあるし」

 彼女はそう言うと、立ち上がってみんなに店を出るように促した。それまで黙って僕と彼女の会話を聞いていた深山と瀬戸も立ち上り、店を出る。彼女もその後に続いた。

 開けなくてはならないものって、まさか……。

 僕は例の鍵を強く握りしめて、三人の後に続いた。

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