第四章 疑惑

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【彼】のノートの中の高校受験についてのところで、『三人とも受かってた』という記述があったことから、【彼】の元カノは僕たちと同じ高校に通っている可能性が高いと考え、早速僕らは調査を始めた。

 同じ中学だった人たちを中心に、女子は彼女が、男子は僕が、と手分けして【彼】の元カノを知っている人がいないか捜した。


 こうして、学年中の男子に声を掛けなくてはならなくなり、僕は毎日一度も話したことのないような男子に【彼】の元カノについていて回った。しかし、ただでさえうわさのことで顰蹙ひんしゅくを買っている僕に、悪態をつく男子も少なからずいて、有益な情報は一向に得られなかった。

 一方、彼女の方も特に収穫が無く、噂のせいで僕だけが教えてもらえない、なんてことではないようだった。


 一週間が経ち、再び僕たちはアルカンシエルに集まっていた。

「もぉー、全っ然情報がないんだけどー!」

 と彼女はふてくされていた。

水城みずきくん、なんか秘策ないのー?」

「はー?」

 と僕は言うも、無いわけではなかった。最悪まだ手はあった。出来れば使いたくない手だけど。けれどもそれ以外に手がないのならば……。

「無くはないけど……」

 僕が言うと、彼女は途端に身を乗り出して言った。

「えっ? あるの?」



「……ちょっと、話をしてもいいかな?」

 僕が声を掛けたのは、隣のクラスの瀬戸せと深山みやま。彼らとは中学時代、【彼】を含めた四人でよくつるんでいた。だから【彼】の恋愛事情も何か聞いていたかもしれないと思ったのだ。

 しかし、つるんでいたというのは過去の話。【彼】が死んでから、なんとなく疎遠になり、今ではほとんど話さなくなっていた。だから彼らと話すのは敷居が高かった。それ故に、なるべくこの手は使いたくなかった。

「何だよ?」

 瀬戸が怪訝けげんそうな表情でこちらを見る。深山も黙ってこちらを見ている。

「【彼】のことなんだけど……、【彼】に彼女がいたって知ってる?」

「あぁ、あの噂、本当だったんだ。彼女ができたっていう噂」

「あっ、その噂なら俺も知ってる」

 瀬戸の言葉に深山も同調する。

「その彼女が誰だかは?」

「そこまでは知らねーな……、お前は知ってるか?」

 瀬戸が深山に尋ねると、深山は首を振った。

「そうか……、ありがとう」

 そう言って、僕が諦めてその場を去ろうとすると、今度は深山が言った。

「今更なんで【彼】のことなんか?」

 なんと答えるべきかしばらく考えていたが、緒方おがたさんのことと計画の話は隠しておくことにした。

「【彼】が死ぬ八日前に、【彼】からある鍵をもらったんだ。その時【彼】は何の鍵かは教えてくれなかったんだけど、後になってそれはロッカーの鍵だったことがわかった。そのロッカーの中からはとあるノートが出てきた。それは【彼】が書いた日記で、そこには【彼】の彼女のことが書かれていたんだ。前日の日記によると、【彼】が死んだ日に会っていた人物もどうやら彼女だったらしい。それで、【彼】の彼女を捜してるんだよ」

「なるほど……」

 深山は僕の説明に納得したようだった。一方、瀬戸は何かに引っ掛かるのか、黙って少し考えた後、おもむろに言った。

「それ、おかしくねぇーか?」

「えっ?」

「えっ?」

 僕と深山は思わず瀬戸の方を見た。

「おかしいって、何が?」

 僕は、色々伏せたせいで話の辻褄つじつまが合わなくなったかと思い、内心ヒヤヒヤしていた。でもそうではなかった。

「お前が【彼】から鍵を貰ったのは彼が死ぬ八日前なんだろ? ということは、ノートがロッカーに入れられたのも、少なくとも八日前ってことになるよな? でもノートには。おかしくね?」

「……! 確かに」

 その南京錠は、鍵を開けている間は鍵が鍵穴から抜けないタイプの南京錠だった。つまり南京錠を掛けた後じゃないと鍵は外れない。僕は安堵あんどと同時に疑問に思った。

「どういうことだ?」

 と深山が言う。

「まさか……、鍵はロッカーのじゃない?」

 僕がつぶやくと、

「えっ? ロッカーはその鍵で開けたんじゃないのか?」

 と瀬戸が言った。

「あぁ、言い忘れてた。実は【彼】の家族が【彼】の遺品を整理しに学校に来たときに、ロッカーを開けようとしたらしいんだけど、南京錠が掛かっていて誰もその鍵を持っていなかったそうなんだ。それで、仕方なく南京錠を壊して開けたらしくて、だから鍵がロッカーのかどうかは確かめようがないんだ」

「そうか……、じゃあ確かに鍵はロッカーのじゃなさそうだな」

 瀬戸は今度こそ納得したように言った。

 でも、それならあの鍵はどこの鍵なんだろうか……。


 彼らに礼を言って別れた後、僕はもう一度例のノートを見返してみた。鍵の謎が行き詰まったので、別の謎について考えてみようと思ったのだ。

 最後の日記を見る。あの日、【彼】は彼女とデートしていた。【彼】の立てたデートプランをじっと見ていると、ふと不思議に思った。

 そう言えば【彼】は、いつこのノートをロッカーに入れたのだろうか?

【彼】がデートプラン通りに動いたとすれば、その日にロッカーへノートを入れる時間は無かったはずだ。だとするとその前日に、最後の日記を書いた後で入れた可能性が高いだろう。

 そもそも卒業式の日までに、次の学年への引き渡しのためロッカーの鍵を全部外して、中身も空にしなければならなかった。ということは、ロッカーに鍵が掛けられたのは卒業式の日以降だ。

 だけど、もしそんなことをしたらすぐに先生に開けられてしまう。家に電話が来て、親にノートのことがバレてしまうかもしれない。実際、先生がノートを見ていなかったらそうなっていたわけだし。

 もし【彼】がこのノートを僕に見せたかったんだとすると、先生に開けられて親にバレるリスクを承知でそんなことをするだろうか?

 いや、もしそのリスクがゼロだったら? 先生がノートを見たのが偶然ではなく必然だったら? 僕が【彼】だったら確実に相手に届くようにするだろう。

 もしかしたら……

 可能性に過ぎないけれど、確かめてみる価値はあると思った。


 次の日曜。僕は、再び中学校へ行った。彼女も一応誘ったのだけれど、何やら用事があるとかで来れないということなので、今日は一人だった。

 職員室で山本やまもと先生を呼ぶと、この間とは別の驚き方をした。

「おぉ、また来るとはな」

「ええ、まぁ」

「今日は彼女はいないのか?」

「はい、何やら用事があるそうで……」

「そうなのか」

「あの、【彼】に関することで新たにお訊きしたくて来たんですけど」

「おぉ、何だ?」

 僕は、少し鎌をかけてみることにした。

?」

「……」

 先生は黙って何も言わない。それで僕は確信した。

「やっぱりそうなんですね?」

「……そうだ」

 先生は観念したように答えた。

「お願いします! 【彼】の計画について教えてください!」

「いや、俺が頼まれたのはノートをお前に渡すことだけだ。計画については知らない」

「えっ?」

「ただ、その計画はお前のための計画だと言っていた」

「僕の、ため?」

「それから、もしお前が気づいたら、伝えるよう頼まれた。『ヒントはアルカンシエル』だそうだ。それだけ言えば分かると言っていたが……」

「えっ?」

 アルカンシエル……、確か緒方さんのバイト先のカフェの店名もそうだった。

 これは、偶然の一致か?

 それとも……

「どうもありがとうございました」

「おっ、おう」

 僕は先生にお礼を言って、急いで中学校を出た。


 僕は、その足でそのままアルカンシエルへ向かった。店に入ると、オーナーがいた。

「いらっしゃいませ……、おぉ! 君は確か……」

「どうも、お世話になっております」

 何度も来るようになったので、もうすっかり常連客の一員だ。

「彼女は今日オフだよ」

「ええ、知ってます。今日は彼女ではなくオーナーに話を訊きたくて」

「私に?」

「はい。あの、このお店の名前って、アルカンシエルですよね? アルカンシエルってどういう意味なんですか?」

「アルカンシエルか? アルカンシエルってのは、フランス語で『虹』を意味する言葉だ。お洒落しゃれだろ?」

「虹だって!?」

 僕は驚いた。

「失礼ですが、命名したのは誰なんですか?」

「あぁ、それは……」

 その人物を聞いて、僕は、唐突にある仮説を思いついた。それはとても信じがたい仮説だったけれど、その仮説が正しければあらゆる辻褄が合う。

 まさか……

 僕は確信した。


 

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