第8話 乙女心と秋の空

 今日、外はいい天気だよ。秋の空って綺麗だよね。

 実はね、今日は漫画雑誌の編集部に行って、担当の人に見てもらったネームが通らなくて、ちょっと落ち込んでたんだけど、その帰り道に見上げた空の青さを見たら、なんか少しすっきりしちゃった。

 そういえば昔っから、「乙女心と秋の空」って言うでしょ? これって、若い娘の心なんて秋の空のように変わりやすいって言おうとしてるんだよね。バカ言わないでよ。

 そりゃあ女って気まぐれなところがあるのは否定しないけどさ、あたしはむしろ、男と比べて女の方が一途だと思うんだよね。

 言わせてもらえばさあ、男なんてちょっと可愛い子と目があっただけでフラフラ吸い寄せられるし、いい女——女からみたら、ほんと何あれって女ね——がいたら、すぐにその女の周りに群がるし。むしろ男の方が秋の空じゃないの?

 男ってさ、もしかして「目が合った」り、少し「優しくされた」女は全部自分に惚れたって勝手に思ってさあ、実はその子が他の人が好きだったりしたら、「コロコロ男を変えて、これだから女心は……」とか勘違いしてんじゃないの。

 もちろん、女が男に対して「ああ、これはもうだめ。限界」て思った瞬間から一気に冷めちゃうのは本当だし、男みたいにいつまでも引きずらないのも確かだし。

 でもね、「そうなるまで」の乙女心は、秋の空どころかホントに一途なのよ。そこんとこ、男はちゃんとわかってんの?

 今だから話すけどね、あたしなんてさ、ずっと前にこの喫茶店に通ってきてた男の人が密かに好きだったのよね。

 彼はその頃大学生でさ、あたしはあの頃まだ本当にウブな女子高生だったから、自分から告白なんてとんでもないって思ってたから、その人が学校を卒業してここへ来なくなったのがとても悲しくて、一晩泣いたこともあるくらいよ。

 でも、その時の自分の想いとかをたっぷり詰め込んで初めて投稿した漫画が少女漫画誌で新人賞を獲って、それがあたしが本気で漫画家を目指すきっかけになったんだから、わからないものよね。きっとあたしの切ない乙女心が選考委員の先生に届いたんだわ。ただ、あれからもうひとつ壁を越えられないままなんだけどね。

 ひょっとしたら、あの時のような恋ができないと、あたしはもう漫画が描けないんじゃないかって怖くなることもあるけど、なかなかそんな恋ってできないままよ。もうだいぶ昔のことなのにね。

 あたしももういい年なんだから、今まで男性と何もなかったとは言わないけどさ、身を焦がすようなあんなピュアな恋はできないのかなあ。


 あれ? ちょっと待って。さっきこのお店に入ったとき、マスターが変なこと言わなかったっけ。ダチの惚れた女がどうとか。

 もしかして、それってあたしのこと? うわっ、思い出したらめっちゃ気になるし。マスターに聞いとこうっと。

「ねえ、マスター。さっき、さらっと聞き流すとこだったけどさ、『あたしに惚れたダチ』て誰よ」

 あっ、大声出したらカウンターの人まで振り向かないで。ちょっと恥ずかしかったかな。

 ——えっ? でもあのカウンターの人……。まさか、あなたの名は。

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