6月6日 18:00 推理小説部

 もう薄暗くなった時間にバスは、商店街の前へと停まる。商店街の中心にあるビルの2階にラジオ放送スペースがある。

「渉、もう放送終わる頃なんじゃないのか? 時間的に間に合うのかー?」

 昴は、特に調べもせず渉に詰め寄る。


「今時、放送スケジュールなんてネットに載っているさ。あと10分程で終了するはずだから、ビルの1階裏口で待とう。ここを通るはずだから」

 相変わらず渉は冷静だ。


 社長が犯人だった場合、どう聞けばいいのか、何を聞けばいいのか……その事で私の頭の中はいっぱいだった。


「なーに、深刻そうな顔してんだよ。お前が会いたいといって俺らを3年も連れまわしたんだろ? 弥生がすっきりしないと、付き合わされ損だぜ」

 

 確かに昴の言うとおりだ。私は悪魔がどうして人を隔年で殺すのか、それに興味をもってここまで来たのだ。正直逮捕されてほしいという気持ちよりも、疑問解決が優先だった。


 その時、裏口の自動ドアがゆっくりと開く。社長が歩いて駐車スペースへと向かってくる。歩く方向に3人で立ちふさがる。


「どうしたんだね、君たちは。悪いがアイドルではないのでサインはあげられないよ?」

 社長は、CMのような貼り付けた笑顔でこちらに敵意を向ける。180cm以上ある身長で、上から見下ろされるような敵意は高校生の私達には、響いた。


 それでも、捻り出すように質問する。

「……社長さんは、悪魔ですか?」


 その瞬間、向けられていた敵意は波が引くように顔から遠のいた。そして残念そうな顔をして、溜息をついた。


「なるほど、ハッシュタグは君達か。なるほど、ここではなんだ、ついてきなさい」

 そういって黒塗りの高級車の扉を開く。

「さあ、乗りなさい。埋めやしないよ」

 

「さて、私は隔年の悪魔だよ。よく気づいたと、まずは称賛しよう。何をしてほしいのかな? 自首かい?」

 車に全員が乗り込んだ途端、社長は素直に悪魔であると認めた。その事に昴達は驚いていたが、私はそうでもなかった。何人も殺してきた悪魔が、逃げ続ける気ならもう私達は殺められているに違いない。


「いいえ、私は貴方に聞きたかったのです。どうして何人も関連性もなく殺すのか。それだけが気になってここまで来たのです」

 社長の目を深く見つめる。まだ私達は嘲笑われているような気がしていた。悪魔の前では、私達は所詮人間なのだと感じさせるように。


「なるほど、純粋な興味ね。なんて危うい……良いでしょう。少し話をしようか」

 そういって社長は後部座席側も見えるよう、腰を回した。


「君達は、他人と違うと感じたことはあるかい? まあ、当然あるだろう。好み、思考……様々な物は他人と異なる。では、なぜ人を殺したいという思考を持つことがいけないか。それは平穏が壊れないよう教えこまれてきたからだ。では、聞こう。人間が抑制したことで完全に抑制されたものは、あるかね?」


 社長の話が分からないというように、昴は首をかしげる。

「少し難しかったかもしれない。家に帰るまでに寄り道をしてはいけないと言って、守る人は何割かね? 煙草は体によくないからと禁煙に成功したことは何人かね? 人間はどんなに正しいことを決めて、理屈を通しても、何割かの人は不可能なのさ」


 確かに、一理ある。しかし、それと殺人を一緒にすることは違う気がする。

「社長の言うとおり、ダメと言われるとしたくなる気持ちは分かります。でも、それはそこに楽しみや快感があるからこそです。人を殺すことは……」

 そこまで言って気が付いた。社長には快感なのかもしれない。


「ああ、普通の人にはそうかもしれないね。でも私には快感なのさ。先程も言ったが、思考は人によって異なる。

 殺人とは一時の衝動で行われるものだという意識が世の中には多いかもしれないが、私は常時の衝動なのだ。会社をここまで大きくしてきたことも、食事が美味しく感じられるのも、隔年で衝動を解消してきたからなのだよ」


 衝撃の理由に沈黙が流れる。

「でも、それは悪魔の理屈ですよね?」

 悪魔の思考に驚愕しながらも、渉は尋ねる。

「ふむ、その通り。少数派も少数派。法律を犯したものは罰を受ける必要がある。君達に暴かれたからには仕方ない。時間の問題だ。自首するとしよう」


 悪魔から生きる喜びを奪ったからなのか……高校生の暴かれたことよりも、これから生きる理由が見つからないという表情をしていた。


「さて、警察にいくとしよう。君たちは降りなさい」

 そういって、1人1人の扉を開けてくれる。

「それにしてもSNSというのは、怖いものだね」

 悪魔が失笑しているが、顔に生気が感じられなかった。そんなにも殺人は生きがいだったのだろうか。


「君達も気を付けるといい。自分達の物差しでは測れない悪魔は、私のように日常に紛れている。だからこそ悪魔というわけだ」

 そういって運転席の扉を閉める。


 悪魔の思考に圧倒された私達は、そのまま渉が帰ろうと言い始めるまで動けずにいた。


 その日の夜、ニュースで悪魔逮捕の見出しが流れ、特番が組まれ始めた頃、リガールのアカウントを停止した。渉のポイントは全員に配り、殆ど0に近くなった。そうして事件の幕は下された。


 しかし私達の頭の中には、社長の最後の言葉がずっと繰り返し流れていた。きっと、これから生活して死ぬまで何度も流れることだろう。


 悪魔は、どこにでもいるのだ。

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隔年の悪魔 豆腐 @tofu_nato

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