日々研究そして進化中

「アーシャ、少しいいかしら?」

「はい、母様」

コンコン、と軽いノックの音と共に部屋に入ってきた母様に何か急ぎの用事でもあっただろうかと内心首を傾げる。

いつもであれば私が部屋に篭っている時は、何か考え事をしているか、もしくは作業中だと知っているので誰か侍女に暇な時間を訪ねてからお茶に誘うか、気分転換しましょう!というお誘いが届き部屋から連れ出されるので、こうやってアポも無しに母様が自ら尋ねてくるのは少し珍しい。

もしかして新しいドレスの相談、もしくはアクセサリーを新調しないかという話だろうか。


母様そういうの大好きだものね。


もちろん私だって可愛いリボンやレースを見るのは好きだし新しいドレスに心は踊る。宝石を見るのだって嫌いではないが、自分のものとなると話は別だ。

母様は貴族として、父様の隣に立つのに相応しい格好をし美しく着飾るのことは必要だし当然だと思うが、私は所詮地味で平凡な顔立ちの将来引きこもり予定の娘なので、普段から着飾ろうとはあまり思わない。

ドレスだって母様のような美人に着てもらう方が嬉しいだろう。


それにパーティに出かける予定もないしね。


夜会なんてものは私には無縁の世界で、社交界デビューもまだ先だ。だからドレスも必要ない。

動きやすさと着心地を重視した作業服があれば十分だ。それにこの服だって、庶民からすれば充分過ぎるほど立派な生地で作ってあるし、何よりデザインには一応こだわっているのでおかしくないはずだ。

他の貴族令嬢と比べれば地味だろうが、前世の世界でいうクラシカルロリータ系なワンピースは私のお気に入りだし、満足している。

リリアやジャンヌはもう少し着飾って欲しいみたいだけど。

だから、母様がいきなり来たのもそういう用事なのかと思っていた。


「アーシャにね、お願いがあって」

「母様が私に、ですか?」


ニコニコと笑う母様の姿にてっきりドレスの相談だと思っていたので、正直拍子抜けした。むしろ母様が私にお願いなんて、初めての事だろう。

だって母様はいつも私になにかして欲しいことない?欲しいものはない?行きたいところは?と聞いてくるのが常だから。


母様がお願いなんて・・・・・・なんだろうか?


そう思いながら続きを待っていれば、母様はふわりと微笑む。


「そう。今度お茶会を開くのだけど、その時のお菓子にアーシャが作ったものを振る舞いたいなぁ、と思っているの」

「へ?」


お茶会?


お菓子?


私が??


いやいや、母様主催の大切なお茶会にそんなまさか、と思っていたのだけど母様の目は冗談を言っているようではなく本気でそう言っているのが分かる。分かるからこそ、戸惑ってしまう。


「ほら、色々頑張って作っているでしょ?だから何か一つお茶会に出してみない?」

「で、でも母様。私はまだ・・・」


母様が認めてくれるのは素直に嬉しいし、そう言って貰えるのは凄く幸せな事だと思う。

確かにそういうことも考えていたが、それはまだ先の話でこんなすぐにそういう機会があるとは思ってもいなかった。

それにお菓子作りもようやく形になってきたばかりで、まだ完全ではない状態だ。

それを母様のご友人たちに出すのはまだ恐れ多いというか・・・・・・。

そう思って断ろうとしたが、母様は大丈夫よ、と言いたげな優しい目をして私を見つめてくる。

何も気にしなくていいのだと、大丈夫よ、と。


「アーシャが美味しい、と思うお菓子を作ってくれたらそれでいいの」

「・・・・・・母様」

「大丈夫、アーシャのお菓子はとても美味しいわ。自信を持って。ね?」


それに、と前置きした母様はふふっと内緒話をするように人差し指を立てる。


「あんなに美味しいお菓子なんだから、少しくらい自慢したいでしょ?」


私の娘は凄いんだって言いたいの。


なんて言われたらもう嫌だとは言えない。

これまで散々両親に心配をかけさせてきたことを自覚しているし、何より普通なら娘共に貴族の茶会に顔を出し交友を広げる機会を私は地味顔を理由に断ってきたのだから。

そんな娘なのに母様は今まで文句一つ言わず、アーシャがそう言うならと受け入れてくれていた。だからこそ、そう言ってくれる母様の願いに応えたいと思う。


それに私は元々家族のお願いには弱いのだ。


「・・・・・・わかりました。母様の為に、頑張ってお菓子を作りますね」

「!ありがとうアーシャ!!」

了承すると同時にぎゅーっと母様に抱きしめられる。

こんなふうに母様が喜んでくれる姿を見ると、絶対失敗は出来ないし、もっと喜んで欲しいと思うから精一杯頑張ろうと思った。






それから母様はすぐに帰らず、どうやら私とお茶をしたかったようなので先日作ったどら焼きを出せば少女みたいに目を輝かせて喜んでくれた。

「ほら、やっぱりアーシャに頼んで正解だったわ」

こんなにも美味しいお菓子を作ってしまうんだもの。

なんて言われてしまえば後にも退けないので頑張るしかない。

「母様の期待に応えられるように頑張ります」

「楽しみにしてるわぁ〜。そう、それとねアーシャそろそろ新しいドレスを・・・」

「間に合ってますよ、母様」

「えー・・・でも、最近新しく王都に出店されたお店があるのよ?気にならない?」

「気にはなりますけど、今度のお誕生日でいいですよ」

「・・・・・・そう、本当にアーシャは欲がないわねぇ」

「そうですか?」

これでも欲しいものに関しては割と欲張りだと思うのだが。

そんなふうに母様から最近の流行りだというアクセサリーや、王都に新しく出来たというお店の話を聞いていれば、唐突にそうだ!と何かを思いついた様子で私が思ってもいない一言を告げられた。

「せっかくだから、アーシャも参加してみない?」

「・・・・・・へ?」

「お茶会よ。お茶会。一緒に出てみたらどうかしら?」

「え、えーっと・・・」

ついでにどう?なんてサラリと言われるが、いやいや、いきなり過ぎる。それに私なんかが出てはダメだろう。

しかし、そんな心配をよそに母様はそんなに心配しなくても大丈夫よ、と呑気に笑っている。

これまでそういう場は苦手だと断ってきたのに、いきなりなぜなのだ。それを母様だって受け入れてくれていたではないか。

もしかして、母様のお願いを一つ応えたから、これも受け入れると思っているのだろうか。

そう思い母様の様子を伺ったが、多分特に深い意味はなく、ただ単純に一緒にお茶会に参加したいだけのようだ。

「母様、私知らない人ばかりなのはちょっと・・・」

「あら、私のお友達ばかりだから大丈夫よ?」

いやいや、それってつまり母様みたいな綺麗所ばかりって事ですよね?

たとえ母様の知人だとしても、こんな地味子がキラキラな世界に混じるのを考えるだけで胃が痛くなる。

しかし、なおも母様は参加して欲しげな様子で私を誘ってくる。

「アーシャも参加してみましょうよ」

「・・・今回は裏方に専念したいのでお断りします」

母様みたいな綺麗な人ばかり集まる中に私が混じるなんて、どんな羞恥プレイだ。

その光景を思い浮かべてやはり無理だと即答した私に、母様はそれ以上言っても無駄だと悟ったのか、仕方ないわね、と言わんばかりに苦笑を浮かべたいた。


その分母様が喜んでくれるお菓子を作りますから。


そう誓って、来週のお茶会に向けて私は新しいレシピを考え始めた。





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