月明かりの会合

「ほぉ、これがドラヤキか・・・・・・」

「えぇ、そうよ」

窓辺のテーブルセットに並べた茶器に紅茶を注げば、美しい満月がカップのなかに映り込む。それを崩さないように慎重に来客者の前に置けば、先程まで熱心にどら焼きを眺めていた瞳がこちらを向いた。

「はい、どうぞ」

「む、腕を上げたな」

「ありがとう」

お茶を一口飲み、満足そうな顔をする相手に練習した甲斐があったと誇らしげな気持ちになる。

本日のお茶請けであるどら焼きをしげしげと眺める相手が訪れるのは気まぐれで、約束もなく唐突だ。夜明けに近いこともあれば、今日のように真夜中のこともある。だから彼がいつ来てもいいようにバルコニーの鍵は常に開けている。

きっとそんなもの、彼の前では無駄なのだろうけど、あなたを歓迎します、という私の気持ちだ。


「変わりはないか?」

「いつもと同じ平和な毎日よ」

「そうか」


彼と二人、夜のお茶会はいつもとても静かだけど、この時間を楽しみにしている私がいる。

夜の王であるサクヤが普段何をしているかは知らない。だけど、私の元を訪れサクヤが見たもの、聞いたものを話してくれる時間はとても貴重な時間だ。

だって外に出ることの出来ない私が知らないことを、彼は沢山知っていて、誰よりも早く話してくれるから。

「今日は何を話してくれるの?」

「そうだな・・・これは北の風から聞いた話なのだが・・・・・・」

「なになに?教えて、サクヤ」

まるで新しい物語を前にした子供のように、早く教えて、と強請ればゆったりとした口調で彼は語り出す。

その独特な語り口調と相まって、サクヤが聞いたという噂話や、異国の民話は私にとっての貴重な情報源でもある。

本には載っていない初めて聞く話に、まだこの王都には伝わっていない街人の世間話、流行りの出来事。

この前は父様だってまだ知らない事を話してくれて、すごく驚いたものだ。

そのおかげで探していた食材、小豆に似たものが手に入ったのだけど。

それをサクヤから初めて教えて貰った時はとても驚いたけど、すぐに父様にお願いして地方にあるというそれを買い取る手配してもらい屋敷に届いた時は私が望んでいた小豆そのもので思わずジャンプしてしまったものだ。


だってそれくらい嬉しかったんだもん。


これで和菓子を作ることもできるし、お菓子のレパートリーだけではなく、色んな料理に生かす事が出来るので何を作ろうかと珍しい食材に興味津々な料理長たちと共にワクワクしている。


パンに混ぜてもいいし、お饅頭とか、洋菓子をアレンジすることにも使えるし、餡子が出来れば小倉トーストや生クリームと合わせて使うのも美味しいから、使い道を考えるだけですごく楽しい!


この世界でようやく作ることの出来たどら焼きを初めて食べた時は懐かしさが溢れて、涙が出そうになったくらいだ。

「黒い・・・・・・」

「それがサクヤのおかげで見つかった材料で作った餡子よ」

「あんこ」

餡子を豆から作るのは大変で、うろ覚えのレシピではかなり苦戦したし、料理長共に毎日のように甘さや柔らかさを調整しながら作った餡子は自信作だと言える。

どら焼きにはやはり粒あんだろう。

個人的にはこし餡が好きだけど、あの滑らかさを表現するにはまだ修行が必要だ。

これからの改善点を探しながらどら焼きを食べていれば、ようやくサクヤが動いたのでその様子を観察する。

まだどら焼きは他の人にはあまり食べてもらっていないので、この国の人はどんな反応をするのだろうか。


「ふむ・・・・・・これは、初めて食べる味だな」

豆なのに、甘いとは・・・・・・。


むむむっと難しい顔をしてどら焼きを眺めるサクヤは豆が甘いという認識がないからか、どら焼きを齧って唸っている。

「苦手?」

「いや・・・ただ慣れぬだけだ」

確かに見た目と味が違うと違和感を覚えるものだ。特にこの国では豆は料理に使われる事はあるが、それはあくまでおかずとしてであり、お菓子ではないから余計にだろう。

この豆を手に入れた時も、料理長に砂糖を入れて甘く煮たいのだと話せば変な顔をされたものだ。

「だがこの生地のふわふわと上品な甘みがなんとも・・・・・・」

しかし数口食べれば、それも慣れたのかこれまで出した菓子と同じように、いやそれ以上のペースで食べる様子に思ったよりも気に入ったのだとわかりほっとする。

私は馴染みのある味だけど、食べたことの無い相手からすれば色も黒く、味も想像出来ないものは口にするだけでも躊躇するだろうし、最悪食べない可能性もあると考えていた。


だがそこは夜の王。


知識が豊富であると同時に好奇心の塊でもある精霊の王は嫌悪なく口にしている。

むしろまだないのかと言いたげな眼差しに苦笑がこぼれる。


「まだ改良中だから、今度来る時にはたくさん用意しておくわ」

「うむ、楽しみにしておく」


生地ももう少しもちもちにしたいので、粉の配合を変えてみたり種類を変えて作ってみるのもいいだろうし、具材も餡子だけではなくクリームや木の実を合わせてもバリエーションが増えて楽しいだろう。

何パターンが作って、どれが美味しいかたくさんの人に食べてもらい人気のあるやつを茶会で出して反応を聞くのもいいかもしれない。

異国の材料を使ったお菓子だと言えば、流行に敏感な女性は食いつくはずだ。


「・・・・・・お主はいつも楽しそうだな」

「え?」

「この屋敷に閉じ込められて、窮屈ではないのか」


唐突な言葉に、それが私の現状を指しているのだと察するまで少し時間がかかった。

確かにサクヤの言う通り、私は他の令嬢のように積極的に自ら茶会を開くこともせず、赴くこともしないし、なんなら友達だっていない引きこもりの令嬢だ。だけど、閉じ込められているとは思わないし、窮屈ではない。まぁ、過保護ではあるけれど。


「そんなふうに思ったことはないわ」

「外に出たいとは思わないのか?」

「それは思うけど、それで誰か悲しむのなら無理に出たいとは思わないもの」


誰よりも私のことを愛しくれている家族。

私の意志を汲み、支えて助けてくれる屋敷の人達。

初めて出来た友達のリヒト。


「私は、しあわせよ」


好きな事が出来て、やりたい事があって、こうやってサクヤから楽しい話を聞けて、これ以上わがままを言うつもりは無い。むしろわがままなんてバチが当たってしまう。


「だから心配しなくても大丈夫よ」


私は自分の現状を受け入れている。

星の守り人であることを後悔していない。悲しいと嘆いてもいない。

だからサクヤが気にする必要はないのだと言えば、彼はそうかと小さく呟いて私の頭を撫でる。それが心地よくて私はゆっくりと目を閉じた。

こうやって夜に会いに来てくれて、話を聞かせてくれるのも私の近況を尋ねるのもサクヤが私のことを気遣ってくれているのだと分かっているから。


この優しい王様が、次に会いにいてくれた時にはもっと美味しいお菓子を用意しておこうと思った。そして、今日よりもずっと綺麗に笑う顔が見たいな、と。


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