薔薇とカスミソウ

お茶会に相応しいお菓子って、一体どんなものがいいのだろうか・・・・・・。


母様とのお茶会のあと考えるのはそればかりだ。

クッキー、パウンドケーキにプリン。ドーナッツやどら焼き、クレープ・・・・・・。

これまで作ったお菓子のレシピや私の知る限りのお茶会のイメージを思い浮かべながら、考える。

新しいレシピを使うことも考えたが、時間もあまりないし試作がしっかりできていない段階でお客様に出すのは避けたい。

他のものを作るにしても全く新しいレシピを1から考えるのはすごく難しいので、今回は作ったことのあるレシピをアレンジすることにした。

「何を作ろうかな・・・」

それが決まれば、どれを作るのか選ぶ為にこれまで書いたレシピを机に並べて一つ一つ材料や手順などを確認していく。

クレープを作るのは難しくないが貴族のご婦人に振る舞うには自分で選んで作るという作業が料理をすることの無い貴族相手では庶民的に見えるだろうし、どら焼きはまだ研究中で完璧では無いのでその状態で出すのは避けたい。何より慣れない小豆を出すにはどら焼きはまだハードルが高い。少量小豆を使ったものから出して様子を探りたいし、何より小豆の量が微妙だ。

それに貴族の女性に出すのならもっと試食を繰り返して、これだと思ったものが出来てから出すべきだろう。彼女達のクチコミほど広いものはないから。

それに母様が主催なのだから恥をかかせる訳にはいかないので、見た目も華やかで新しく、味も良いものとなると限られてくる。

「うーん・・・プリン?はアラモードにすれば華やかだけど大勢来るお茶会に出すのには何か違うし・・・」

「お嬢様の得意な焼き菓子はどうですか?」

「私あれ大好きです!」

リリアとジャンヌはそう提案してくれるが、何度か作ったことのあるパウンドケーキを思い出して首を横に振った。

「でもそれだと、他と似たようなものになってしまうわよ」

ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキはたしかに得意だし、味も自身はあるが目新しさは無いので目の肥えた彼女たちの興味はあまりひけないだろう。それにどちらかと言うとホームパーティ向きだ。

定番の果物を沢山使ったフルーツタルト?いや、それはありきたりだし・・・生クリームたっぷりのケーキ?いや?それもある。ドーナッツは色味が地味だし・・・・・・。


あ、ヤバい。頭がパンクしそう・・・・・・。


考え過ぎてショートしかけたせいで少し頭がフラついてしまう。

あぁ、もう頭が痛い。

実際ゴンッと机に額をぶつけてしまったせいで、リリアとジャンヌが慌てて少し大変だった。

「お嬢様ーー!!!」

「だ、誰かー!!お医者様を呼んで!!」

「大丈夫よ、大袈裟だから落ち着いて!!」

悩んで、悩んで、それでもその日はどんどん近付いて来てしまうもので、料理長にも協力してもらい一日のほとんどを厨房に籠りながら試作を重ねる日々だった。

「これだと重たいかしら?」

「クリームの量を調整してみます?」

「そうね・・・・・・あと生地に使う粉の配合も変えてみましょうか」

「わかりました」

何度も何度も焼き加減を確かめて、クリームの量を微調整していく。微妙な変化一つで見た目も変わるので、かなり慎重に作業し一口食べては出来上がりをメモして話し合った。

「この焼き加減が・・・」

「ここの形が・・・」

そして限られた時間の中で一生懸命試作を繰り返し出来たのが、このお菓子だった。


「・・・・・・よしっ。できた!」


焼き目も色見もこれまでで一番いい出来!!


そう思って後ろで控えていたリリアとジャンヌにどう?と見せれば揃って感嘆が聞こえた。


「うわぁ!すごく可愛らしいですね!」

「本当に、薔薇の花束みたいです」


たくさん考えてお茶会の為に作りあげたお菓子は、薔薇のアップルパイ、だ。

食べやすいように1口サイズのアップルパイの上にリンゴで作った薔薇をのせて焼けば完成だ。

中には何度も甘さを調整して作り上げた料理長自慢のカスタードクリームとリンゴのコンポートが入っている。料理長と共に一番美味しいと思う配合にしたので、味は問題ないはずだ。

薄切りにしたリンゴを巻いて薔薇に見立てているのだが、きちんと薔薇に見えると言って貰えたので、それを綺麗に盛れば花束のように見えるだろう。

一度前世でホームパーティを開いた時に出したことがあり、友人たちにとてもかわいいと褒めてもらえたので、今回のお茶会にどうかと思ったのだ。

実際あまり地味にならないように、味と見た目と共に考えて作ったそれは自分の中でも満足のいくもので、ジャンヌとリリアの様子からしても茶会に出しても大丈夫だと分かりほっとしている。

「間に合ってよかったぁ・・・・・・」

これで母様の茶会が失敗することはないはずだ。

料理長からもお墨付きを貰っているし。

「さぁ、急いで準備しないとね!」

最後の仕上げよ!と出来たお菓子をキレイにお皿に盛り付け、他にも私が考えた焼き菓子を料理長たちに作ってもらったのでそれも同じように飾り付ければ今回のお茶会の準備は完成だ。

あとはプロの皆さんにお任せすれば、とても素敵なお茶会にしてくれるはずだから。

「あとはお願いね」

「任せてください」

しっかりと頷いてくれた料理長の姿を確認して、自分の役目を終えた私は厨房から離脱した。






「本当に参加しないの?少し顔出してみない?」

「ごめんなさい。母様」

母様は茶会が始まるギリギリまで、一緒に参加しないかと声を掛けてくれたが、私がそれに頷くことは無かった。

朝から私に付いてくれていたリリアとジャンヌは多分この日の為に色々と準備していてくれたのだろう。いつでも私が参加すると言えばお茶会に行けるようにドレスやアクセサリーを揃えて、支度ができるようにそばに付いていてくれたに違いない。

だからこそ行かないと言い切る私に肩を落とす姿を見ると申し訳なくなるが、今回ばかりは諦めて欲しい。

代わりに今度我が家で開く私主催のお茶会には彼女達の着せ替え人形になるから。好きに着飾ってくれていいから、と言えばギラッとリリアの瞳が光った気がしたが気のせいだろう。

「お嬢様。約束ですからね」

「楽しみにしてます」

ジャンヌとリリアのそれは私の作るお菓子に対してなのか、私を着せ替え人形にする事なのか分からないが、喜んでくれるなら余計なことは言うまい。




そして今私は少し離れた場所から、母様主催のお茶会に参加している人達の様子を眺めている。

「綺麗だなぁ・・・・・・」

赤に、青、黄色に、緑、オレンジにピンク。色鮮やかなドレスはまるで大輪の薔薇のようだと思う。


あ、あの子のドレスや裾の刺繍かわいい。私も今度エプロンに刺繍してみようかな。

それくらいなら私にも出来るかもしれないし。


もちろんそれを身につけている令嬢たちの容姿もとても可愛らしく美しいのだけど。

「アイリーン」

ぼうっとその様子を眺めていれば、突然背後から私の名前を呼ばれて驚いた。

「あら、リヒト。来てたのね」

「来たらダメだった?」

「いいえ、まさか」

今日来るとは聞いてなかったのでただ驚いただけだ。もしかしたら誰か言っていたのかもしれないが、お菓子作りで忙しかった私の耳には届いていなかったから。

いつものように私の隣に立つリヒトは、私の視線の先に何があるのか分かり不思議そうに首を傾げる。

多分なんでこんなところにいるのかと思っているのだろう。普通屋敷で開かれているお茶会に参加しない令嬢なんていないから。

「行かないの?」

「行かないわ」

行ったところで場違いなのが目に見えている。何より母様に参加しないと言った手前、今から行く気にはなれない。


それにいくら家族が私を褒めてくれても、私は主役ではない。

綺麗な花をひきたてる所詮脇役令嬢だ。

あんな華やかな場所は似合わない。

綺麗に整えられた薔薇庭園よりも、野花や木がある原っぱの方が私には似合っているし、落ち着く。


それよりも私の作ったもので、美味しいと言ってもらい、お菓子を褒める言葉が聞こえたなら満足だ。そのためにこんな隅で隠れるように彼女たちを眺めていたのだから。

でもリヒトに見つかってしまったなら、ここにいる理由はもうない。むしろリヒトが現れたことで、いつ私に気づかれるか分からない。

だって会った頃に比べて表情豊かになったリヒトはとてもカッコイイから。

そうなると騒がしくなるのは必然なので、木の根元から立ち上がりリヒトの手を取った。

「せっかくだからリヒト、私達もお茶会をしましょう」

「二人で?」

「そう、二人で」

いつも通り、温室で。出来たてのアップルパイもあるの。


そう誘えばリヒトはアップルパイに惹かれたのか、急かすように私の手を引いて温室に向かう。

そう急がなくても、アップルパイは無くならないのに。


その場を立ち去る際にチラリと見えた母様と、母様の知人であろう人達がこちらを見る気配を感じて声を掛けられる前に不自然にならないように顔をリヒトの背に押し付けた。

「アイリーン?」

「なんでもないわ」


・・・・・・これで、いいの。


綺麗なドレスに流行りのアクセサリー、可愛らしい笑顔と楽しそうなおしゃべりに、色とりどりのお菓子たち。あの輪の中にはいるには地味な私は場違いだ。

それに私は主役になりた訳では無い。ただ平和で自分に見合った幸せを手に入れたいだけだ。

羨ましいなんて、高望みなんてしてはダメなのだから。

だから私はキラキラと眩しすぎるその場から目を逸らすように離れた。


だって私は、ヒロインじゃないもの。


そんなことはこの世界で生きると決めた時から知っていたのだから。


きゅっと私を守るように握り返してくれる手に、まるで慰めるかのように優しい風が吹く。

大丈夫だよ、私たちがいるよ、とまるで囁いているような心地よい風に背を押されるように私は前を向いて歩いた。

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