(9)『青』への道
ティナはそんなリームの頭をよしよしとなでる。姉妹というよりは母娘のようだった。
「話は大体分かったが……今の状況向こうに筒抜けだぞ? どうしますか、ティナ殿?」
いつのまにかカウンターに置かれたブレスレットを手に取り、じっくり観察していたラングリーが言った。ティナは『青』のふたりのことを思い出したのか、面倒くさそうな表情をする。
「状況って、何が伝わってるの?」
「そうだな……ちょっと待っていただけますか。今、開いてみましょう。фБлбζ=θБл・фбζθ・・・・・」
ラングリーが流れるように呪文を紡ぐと、ブレスレットを中心に光の魔法陣が展開された。いくつもの魔法陣が歯車のように重なり合い、何千もの魔法文字が空中に連なる。ラングリーの唱える呪文に呼応して、その文字は刻々と変化していくようだった。
「……魔力の流れや使われた魔法の詳細、時空のひずみが特に目標とされてますね。実際の音声なんかも一応集めているようですが、副次的なものでしょう。……おっと」
突然、展開されていた魔法陣が端から順に消えていった。数秒後には光が完全に消え、ラングリーはただのブレスレットに戻った魔法具をカウンターに戻すと、半分笑いながらティナに言う。
「むこうにバレました。たぶん、ここに来ますよ。どうします?」
「ええっ!? 今、ここに来るの!? どーするのよっ」
詰め寄るティナに、ラングリーは軽く胸の前で両手をあげた。
「いや、俺がどうこうする問題じゃないと思うんですがね。ティナ殿はどうしたいのですか?」
「そりゃあ……なるべく関わりたくないのよ。『青』と。宮廷魔法士となんて一緒にいるところ見られたら……ん? ちょっと待って。これは……使えるわ」
一転してにっこりと――いや、むしろにやりと微笑み、きらーんと光る瞳でラングリーを見るティナ。逆に、ラングリーからは面白がっているような余裕の笑顔が消えた。
「な、何を企んでいらっしゃるのですか?」
「いえ、大したことじゃないのよー。ただ、せっかくここに天下の宮廷魔法士様がいらっしゃるんですからぁ? 宮廷魔法士様だったら、不可能を可能にするぐらい、得意の魔法でちょちょいのちょいよね」
やっと落ち着いてきて、まだ少し鼻をすすりながら成り行きを見ているリームには、ティナがラングリーに何をさせたいのかまったく見当がつかなかった。しかし、ラングリーはその内容を理解したらしい。
「それはつまり……この雑貨屋の不思議をすべて背負えと?」
「よ、ろ、し、く♪」
楽しげに言うティナにぽんっと肩を叩かれ、ラングリーは今まで見せたことのない焦りがにじむ表情で言った。
「待て待て。俺はただの人間だ。そんな無茶言うなら、それなりのものを用意していただかないと」
「それなりのものって何よ。欲をかくとフローラさんにあることないこと言いふらすわよ」
やっぱりそこなんだ、と、ちょっと離れた位置から様子を見守るリームは思った。ラングリーは勘弁してください、とつぶやきながらも、はっきりと言う。
「この雑貨屋の不思議を背負えるぐらいの何か、ですよ。俺は宮廷魔法士ですし、自分の魔法技術にはそれなりに自信がありますがね、人間の魔法士であることに違いはない。万が一『青』に調査された時、ボロがでないようにしておくべきでは?」
「まぁそれはそうね……。いいわよ、考えときましょう」
「約束ですよ? では、お客様も様子をうかがっておられるようですし、さっさと終わらせますか」
そう言って、ラングリーは雑貨屋の店の入口まで行くと、扉を開け、姿の見えない客人に声をかけた。
「ようこそ、魔法監視士殿。良い葡萄酒があるぞ。一杯どうだ?」
しばらくの沈黙の後、空気から溶けるように姿をあらわしたのは、鮮やかな青い正装を着たふたりの『青の魔法監視士』だった。
「まさか、ラングリー殿の仕業だったとは……事前にひとこと言っておいていただければ」
「いくら『青』にでも、報告できないことはある。宮廷魔法士とはそういう仕事だろう?」
ラングリーが『青』に対し、この雑貨屋の不思議な商品はすべて自分の用意したものだと説明し終えた後、5人はラングリーの持ってきた葡萄酒とツマミをかこんで軽い食事をしていた。
イシュとダナンは元々ラングリーと面識があったらしい。イシュはかなり難解な魔法用語を並べ立ててラングリーにむかっていったが、ラングリーはすらすらと受け答えていた。
そして、何故こんなことをしているのか、という問いに関しては、国家機密だ、と笑顔の一言で終わらせた。『青』もそれには何も言えないらしい。宮廷魔法士はやっぱり便利だわ、とティナは内心思いながらほくほく笑顔だった。
「しかし、嬢ちゃん、ラングリー殿と関わりがあるとは幸運だな」
「えっ!?」
ダナンにそう言われ、リームは眉をひそめて声をあげた。
腹黒宮廷魔法士と関わって良いことなんてひとつもない。いつもバカにされたり子供扱いされたりで不快な思いをするばかりだ。
しかし、驚いたことにイシュまでもがダナンに賛同の意を示した。
「そうですね。ラングリー殿はこのわたくしが認める数少ない宮廷魔法士です。魔法構成、特に結界魔法における技術は、シェイグェールにも並ぶものは少ないでしょう。お嬢さんがもし『青』を目指すのでしたら、是非その技術を学ぶべきです」
リームはイシュを見ると、魔法の才能がない、『青』にはなれないと言われたことを思い出してしまい、少し気持ちが沈んでしまう。あれだけきっぱりとリームの魔法に厳しい判定を下したイシュが、ここまで力を認める発言をするなんて思いもしなかった。
ラングリーは自分への評価は当たり前のものだと思ったようで表情になんの変化も見せなかったが、『青を目指す』という部分を聞くと、軽く眉をあげてリームを見た。
「なんだ、リーム。お前、『青』になりたかったのか?」
「えっ、いやっ、違っ……わないけど、違うっ?!」
一番知られたくない相手に自分の夢をばらされて、リームはしどろもどろになった。性格ひねくれた宮廷魔法士のオジサンみたいになりたいと思ってるなんて勘違いされてはたまらない。案の定、ラングリーはひとりうんうんと満足げに頷いているではないか。
「そうかそうか、リームも魔法士になりたいかぁ~。魔法の素質は遺伝しないが、もしリームが魔法を学びたいというなら協力は惜しまないぞ。俺は基本的に弟子はとらないが、他でもない我が子のぐぅぅっ!?」
「黙ってくださいっ!!!」
余計なことを言おうとしたラングリーの頬を、横から思いっきり押さえて、リームはそれを妨害した。しかし、一瞬遅かったらしい。ダナンはそんなラングリーとリームを見比べて、まさか、とつぶやいた。
「嬢ちゃんが、噂のフローラ姫の?」
「違います! って、噂になってるんですか!?」
『青』にまで知られているとは、一体どこまで知れ渡っていることなのか。リームは空恐ろしくなってしまった。いや、自分は関係ないのだけど、噂の子でもなんでもないし。と、心の中で言い訳しながら。
そして、さらにリームが予想もしなかったことに、なりゆきを楽しげに見ていたティナまでもが、とんでもないことを言い出した。
「私もラングリーに魔法を教わるのは良い方法だと思うけどなー」
「ティナまでそんなこと言うんですか!? オジサンに教わるぐらいなら、ひとりで勉強します!!」
なんでみんなそんなこと言うのだろう。確かにリームも、ラングリーが滅多にいないほど優れた魔法士だということは分かっている。宮廷魔法士という地位はそもそも『青』と並ぶと言われているのだし、実際に『青』であるダナンやイシュも一目置いているのは態度でも分かる。
それは分かるのだが、だからといってラングリーに上から目線の態度で父親然とした教え方をされるのは、鳥肌がたつほど嫌だった。
「……随分と嫌われているようだな、ラングリー殿」
「反抗期なんだ。なんとかならないもんかな」
ダナンに同情されて、ラングリーは全力で押さえられて赤く跡の残った頬をさすりながら言った。ダナンはふむと考えながら頷く。
「嬢ちゃん、ラングリー殿の弟子になれば、シェイグェールに行けるかもしれんぞ」
「えっ、ど、どういうことですか?」
「ラングリー殿ほどの実力者であれば、シェイグェール魔法院へ弟子を推薦してもおかしくはないということだ。もちろん試験は通常通り行われるが、名の無い魔法士の弟子として行くよりは、長の目にもとまるだろう」
「うっ、で、でもっ……」
リームはダナンとラングリーの姿をちらちらと交互に見た。シェイグェールへの近道が目の前にある。憧れの『青』その人から保証された道だ。
しかし、その道はとても不快で歩きたくない道で、本来ならば全力で避ける道なのだけれど……。
悩むリームを見て、ラングリーはにやりとしながら言った。
「まぁリームにその実力があれば、だがな。リームには悪いが、実力のない者を推薦したとなれば俺の評判が落ちる」
カチンときた。
まだ何も始めてないのに、実力がないと決めつけられているようで。
……確かに素質はそれほどないのかもしれない。イシュに言われた言葉が頭の中でよみがえる。
でも、諦めるつもりはなかった。『青』になりたいという夢はそんなに軽いものじゃない。
才能がないなら何倍も努力してみせる。実力がないなんて、言わせない。
「私は……諦めません! ぜったい私をシェイグェール魔法院に推薦させてみせます!」
――それはある初夏の夜、街外れの小さな雑貨屋に集った驚くべき顔ぶれの魔法士たちの前で。
リームは、国有数の実力を持つ、世界で一番気に食わない宮廷魔法士の弟子になったのだった。
―― 雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ2 『青の魔法監視士』 終 ――
雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 2 ~青の魔法監視士~ 維夏 @i_na_tsu
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