第6話 エミリーとの出会い

 ※ ※ ※ ※ ※


 翌日は、草や灌木の疎らな場所を通過すると道も消えてしまったが、磁石を頼りに東に進んだ。

「良かったー! 道があった」

 方向を確かめようと小高い丘の上に立った時、持ってきた単眼鏡で見つけた。やや右手、それでも一キロ程ずれていたが消えてた道を見つけた。暫く進むと、草が生え木々も増えてきた。崩れてはいるが、だんだんと道がはっきりしてきた。レンガの様な物も混じるようになった。前にあった遺跡都市と同じ、何かの道路施設跡みたいだ。

(しかし、かなり古いんじゃないかな? 遺跡みたいな大きな都市の物流規模にしては幅も細いし、手入れがされてないにしても都市の中の道より古そうな感じだ。まぁ、物流がテレポートみたいに転送できるなら道も使わなくなるかもしれないが)


 休憩所に使ったのかよく分からないが今晩はここにテントを張ろう。ペグが入りにくいが、いい具合に風よけの壁や手頃なレンガや石が落ちている。

(この道は、人の手による荷物の運搬が多かったのかな)

 街道の要所に設置されたレンガや石造りの休憩所か宿営地だったのだろう。人が背負った荷物を置くのに丁度良い高さに台が造られている。きっと重い荷物を肩からおろし、ホッと一息入れるための場所が街道に作られたのだろう。脇には木を植えた跡があったから、木陰を作って馬等の休息や餌場として使ったのかもしれない。

(ここなら目印もある事だし、見つけた宝玉を入れたビニール袋を隠せれる。荷物も減るしね)


 ※ ※ ※ ※ ※


 疎らだった草も繁りはじめ、平坦な道をさらに東に進む。

(草が有るから、雨も降るんだろうな? いつ降るのかなー)

草原の中を道沿いに東に進む。何か、動く物がいる。今まで虫は見たが動物は見なかった。単眼鏡で見ながら、慎重に近づくと草を食んでいる馬を見つけた。

(良かった。牙も角も生えていない。怪物じゃ無いみたいだな)

「ア、!」

背に鞍が付いている。重要だからもう一度、鞍が付いている。

「どうやら賭けに勝ったみたいだ」

(人間がいる? 少なくとも馬を飼う者がいるはずだ)


 馬が近寄ってきて立ポーズを決めている。馬の後ろには立たないようにしながら、手綱を取ろうとしたがあと一歩の所で逃げてしまう。10回トライして、時には諦める事も必要だと言い訳して道に引き返した。ホント、馬っていうのは人間より賢いと思うよ。腹は減っているしちょっとだけ考えたけど、あれは確かに美味しかったけどデパートの物産展のだからな。こいつ俺が馬肉ジャーキーを食べた事が有るって知っているのかな? とっ捕まえて食べようとしてる訳じゃ無いから。


で、今は自転車・カート・馬の順番で道を東に進んでいる。なお、馬には手綱を結んでいない。馬が勝手についてくる状態である。

(オ! 今、何か動いた。道の先の方。端に人がいる)

 少し遠いが道の端に誰かいるらしい。自転車とカートを道の端に寄せて、草むらで向こうからは見通せないようにする。地面に伏せ、単眼鏡を取り出す。そっと覗いて様子を伺う。その間に馬はポクポクと歩いて人の傍に立ち、ゆっくりと首をこちらに回してジッと見ていた。そして、こっちへ来いと言うかの様に首を上下に振っている。


 初めて、人間に会った。念のために廻りを見直して見たが、盗賊や襲われている馬車はなかった。

「幼女では無いが、20代位の外人女性だよな―。ウーン、ここで外人か? 外人は俺だよな? 地球じゃないし。まぁ、いいか。怪我でもしているのかな? 防具もしてるし、剣を持ってる様だし言葉もわからないだろうしな。見なかった事にしておこうか? でも具合悪そうに見えるな?」

様子が分かったので、カートと自転車を道路脇に隠してから近づく事にした。見捨てておけないよ。俺、やっぱり日本人なんだなー。取り敢えず声をかけてみるか。


「おーい、大丈夫ですかー?」

(こんなセリフじゃ、安心できないよな。でも、他に思いつかないし。やっぱり言葉が通じないか、こうゆう時はボディランゲージだな)

近づいてペットボトルの水を取り出して渡そうとしたが、警戒されたのか身を引かれた。

「水だよ。毒なんか入ってないよ」

自分が飲んで見せないと無理かな。あ、一寸ミスった。ペットボトルなんて見た事無いだろうし、まぁ、良いか。キャップを捻って一口ゴックン。

「どうぞ、のど乾いてない?」

今度はゆっくり手を伸ばして受け取ってくれた。

(やっぱり喉が渇いていたのか一気に飲み干したよ。ウン、間接キスは問題なさそうだ)

お代わりにもう一本を差し出すと、しげしげとペットボトルを見ている。

「水、ありがとう。助かった。見ての通りケガをして動けなかったんだ」

「エ! どうして!?」


(ありがとうって? 分かっちゃったの? 奇跡だ! 凄い、不思議だ? ワー! 異世界だから魔法かもしれないけど言葉が通じるんだ。発音がわかる。いままで一人でいたので確認のしようが無いけど。だってさ、ブツブツ言っても日本語かどうか意識していないもん。今までの独り言、現地語だったのかもしれない。フゥー、何言ってんだ。今は良い! 後で考えよう!)

 

「助けてくれて、ありがとう。もう少し経っていたら、危なかったかもしれない」

(礼を言われたのは良いが、言葉が通じるなんて、何がどうしたのか? 思い当たる事と言えば、やっぱりあの小部屋の巻物。これで異言語チートが本決まりだな。あれ魔法の巻物だったのかな? 広げてみても白紙だったんだけど。言葉が分かる。アー! 壁の向こうの小部屋。まだ、棚に巻物いっぱいあったよね)


 彼女はエミリーというらしい。イリア王国の王都にある守備隊で副長をやっているそうだ。フルネームはエミリー・ノエミ・ブリト・ロダルテですと自己紹介された。丁寧に礼を言われて、何処の者かを尋ねられた。巡礼にも見えないし、ケドニア神聖帝国人? 黒目黒髪だから、他の大陸の外国人? かと、問われたんだ。加藤良太と名乗り、遠い所の出身だと答えると外国人と思ってくれたようだ。

(本当に遠く、外国以上に離れている。日本人の俺からすれば世界が違うぐらい遠いものね。しかし外国人と間違えるという事は、この国以外にもいっぱい国があるという事だな)


 どうやら見つけた馬はエミリーが借りた馬らしい。こいつが二日前の夕方、蛇か何かに驚いてエミリーを振り落としたらしい。エミリーは不覚にも、落馬した時に足首を酷く痛めたらしく、歩く事はもちろん起き上がる事も出来なかったそうだ。馬は走り去ってしまうし、水筒は鞍に着けたままだったので水なしで二日を過ごした事になる。やっとの事で木陰に移動して、誰か通るまで待つつもりだったが、こんな時に限って誰も通らず諦めかけていた所だった。


 それを聞いて、応急手当をしようとケガした足を見てみた。ブーツは自分で脱いでいたのだろう、ズボンを捲ってみると左足首がパンパンに張れている。ケガの痛みへの反応見て、骨折や捻挫の応急手当法を思い出してみる。複雑骨折かもしれないが、骨が出ている訳では無い。取り敢えず冷湿布をして固定しよう。まず、無理に移動した事で出来た傷口が土で汚れていたので、水できれいに洗い流す事から始めた。


「骨が折れていたら、痛みがある所をむやみに動かすのは禁物だからね」

 まず、折れた骨を支える添え木になる物を用意する。折れた骨の両側の関節と添え木を布で結んで固定する。この時には持って来た滅菌ガーゼを当てて使う。結び目が傷口の真上にこないようにするのがポイントだ。


 次に脱水症状を防ぐため、目分量で経口補水液を作った。水をそのまま飲むより吸収率が25倍ぐらい良くなる。覚えておいて損は無い。材料は、水、砂糖、塩だけ。細かく言うと水 1Lに対して、砂糖大さじ4杯約40グラム、塩小さじ0・5杯約 4グラムを溶かすだけだ。初めて飲んだエミリーは、まずそうな顔をしたが体に良い水だと言って飲ませておいた。


 手当の間も会話をして、けがの痛みをそらすのも良い方法だ。エミリーが言うには、俺が話す言葉は、かなり古い言葉だそうだ。全部が分かる訳では無いが、意味が分から無いというほどではないらしい。不思議な事ではあるが、言葉自体の変化が少ないのかな。日本の様に、常に言葉が生み出され一年もすると忘れられている様ではないらしい。


 この言語能力は魔法による脳への強制書き込みによるチートみたいで「この世界の基本的な会話、文書など、社会生活で話し言葉や書き言葉を使う事ができ、言葉を聞き取ると自動で更新すると言う優れものの魔法」って後から分かった。

(偶然とはいえ神様やるじゃん)と不遜な事を思ってしまった。


但し、更新されるまでは話し言葉は遺跡が都市として有った頃の言語である為にいささか古風な感じになる。だが書き言葉はほとんど変化がなく、丁度ラテン語のような感じで、聖職者達は国が変わっても字が書けるそうだ。加えて、聖職者と一部王族のみが儀式に使う古い話し言葉もあるらしい。ただエミリーは大きな商家の娘だったらしく、挨拶ぐらいの会話が出来るよう、嗜みとして勉強させられたという。言葉使いが変な所は、習った教科書が古かった事にしておこう。


 ※ ※ ※ ※ ※


 この世界の名前はムンドゥス。ラテン語に似ている気がするが何か訳が有るのかな? そして驚いた事に、この世界には魔法がある。

(ホントは異世界だからあると思っていたけど。ドラゴンを見たし。あんなのが飛んでいるんだもの魔法ぐらいはあるよ)


 魔法は太古から使われていたらしい。よくよく聞くと一万年前とも言われる神々の時代、8000~7000年前の神の怒りの時代、以後の魔法文明とも言われる繁栄の時代の事を古代アレキ文明と言うらしい。そして数百年前の突然の崩壊。文明の消失、破壊と混乱が長引き、群雄割拠の時代となり各地に国が興る。そして今いるこの大陸には三ッの国が有る。


 そして、例の質問をする時が来た。

「あの、エミリー。今日は何日かわかる?」

「4日だと思ったけど」

「何月の?」

「11の月だ」

「何年の?」

「180年だろ」

 ちなみに今日は、イリア王国歴180年11の月4日ぐらいだろうとの事。カレンダーはある。一年は15カ月、一カ月は26日 普通の年は390日、年によっては一日増えて391日になる事もある。そして一日は27時間である。自分は暑いのも寒いのも両方嫌いだが、この国にはちゃんと四季があるそうだ。エミリーは問われるままに色々話してくれたが、最後にはこんなのは常識だと言われてしまった。常識を知らない外国人だなと言われたが、面倒になったのかこれ以上詳しい事は坊さんに聞けと言われてしまった。


 そうだよなー。こんなの聞くの無人島にいた奴か、記憶喪失した犯罪者ぐらいだよな。そして、そんな空気の中、構わず次の質問をしてみた。

「ドラゴンっているのかな?」

「伝説に近いと思うが、見た事が有ると言う者が偶にいる。見れれば幸運を招くと言われてはいるが、私もいつか見たいと思っている」

「へー、そうなんだー」

「ドラゴンは超絶した魔法を使うらしいぞ」

「魔法ねー。空を飛ぶとか?」

「もちろんだ。私もそんな事が出来れば良いんだがな」

 驚いた事にエミリー自身も、ライターみたいな炎で低レベルだが火魔法と、それを吹き消すぐらいであるが風魔法が使えるそうだ。魔法というものは、この王国では20人に一人か二人しか使え無いらしい。威力の強弱もあり多くの人が使えないそうだ。使えるだけでもエッヘンと言う事らしい。そんな感じの魔法だが、イリア王国は魔法が使える人間の割合が他の国よりかなり多いらしい。そして、当然ながらエミリーより遥かに強力な魔法使い達も王国軍にはいるそうだ。


 どの国でも魔法が使える貴重な人材を放っておくはずがない。貴族以外は軍や教会に入るか、商業ギルドで登録する事になっている。いずれにしろ所属先が、はっきりするよう定められているそうだ。

「土魔法なんか使えたら、即、士官だぞ」

(分かってる。食いぱっぐれ無くて良いんだろうが、そしたら半強制で国に仕える事になるんだろうな)

「工兵にでも、されるのかな?」

「良く知っているな。その通りだ」


 数百年前の崩壊。文明の消失、破壊と混乱の為、様々な魔法が失われたそうで レベルという事自体、知られていないそうだ。訓練をしてレベルを上げる方法が有るか聞いても分から無いみたいだ。魔法を使う事の出来る者を術者と言うが、術者の上と言われる魔法使いに成るには練習もそうだが才能が必要だと言われている。

「魔法の才能が有ったとしてどうやって色んな魔法を覚えるんだろうな」

「そりゃぁ、努力だな」

「長い時間が要るみたいだね」

「そうだな、伝説では一瞬で憶えれる魔法の巻物があるそうだが」

「どんなの?」

 しかし、魔法文明と言われた古代アレキ文明の巻物としても魔法を一瞬にして憶えれるというのは、ただの伝説かもしれないと言っていた。真偽の程も適わず、仮に残っていたとしても非常に高価になるだろう。おそらくそんな簡単に憶える巻物など、眉唾物の酔っ払いの戯言だろうと笑っていた。魔法と言うものは長年にわたって、苦労を重ねて徐々に教わって行くものらしい。その為に術師が魔法使いに師事して研鑽を積むのだ。


 ちなみに属性というものがありシンボルカラーがあるらしい。赤青緑黄色など色分けされており、人それぞれだが三個以上の属性を持つ者は珍しいとか。使えなくなる訳では無いらしいが、複数あっても自然と得意な魔法一つに偏って行くそうだ。ただ属性というものも、昔と違って今はあまり気にしてない様だ。精々1.2倍ぐらいの差があるらしいが魔法使いと名乗れるぐらいの実力が無いと気にしないらしい。


 エミリーも、今は低レベルだが火魔法と風魔法はすぐ使えるようになったと教えてくれた。どちらかと言えば火魔法の方が得意らしい。何年も練習を飽きるほどしてやっと薪の火起こし程度の者もいれば、あっさりと炎が立ち上る者もいるそうだ。今の世界は魔石エネルギーが枯渇しており魔法の力も弱まっており古代アレキ文明と違い見る影もないと言っていた。エミリーによるとアレキ文明は目をみはる程の魔法使いが沢山いたそうだ。その証拠に魔法でしか出来ないような巨大城壁や人知を超えた遺物は今も残っているとの事だ。


 エミリーが話してくれた事で、この世界のことが大まかながら分かってきた。ここは剣と弓の世界。冒険者に領主が居て、魔獣がいて魔法がある。日本でも魔法の様な事は有るだろうが、魔法は無い。

「ハハ、やっていけない……」と思う。あかん……、くどい様だが大きなドラゴンを見たし、遺跡のクレーターもあった。日本人にとっては、かなり暴力的で破壊的な感じがするファンタジーの世界である。まして自分は、平和ボケした平均的な日本人である。破壊と暴力には無関係で、日々を平安に過ごす自分である。日常的に暴力が振るわれ、身分制度があり、まして魔法、果ては魔獣など一切関係ない世界の住人である。


 とは言え、転移した今は生きて行かねばならない。

「出来ないことも無いかな? 諦める訳にはいかないし」

日本人として27年生きて、それなりに経験し学習もした。覚悟もいるだろうが、昔は日本も戦国時代なんて言うのや大戦争もあったんだ。まんざら戦えない民族でもないだろう。キャンプ用品・スマホ・他色々あるしウェブ小説でチート知識もあるはず。エミリーに聞けることは聞いてやって見るか。ひょっとするとスマホのデータでチートいけるかもしれんな? もっとラノベ読よんどくべきだったな? ウン、それは無いか。ニート気味になってからは十二分に読んだしな。ウェブ小説読んでいて、ほんと良かった。

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