第5話 移動しなくっちゃ

 ※ ※ ※ ※ ※


 塔に再び登った。あのドラゴンを見てから、気分的には随分と経ったように思える。転移した広場に戻って来ても、相変わらずケルンに変化はない。この周辺を調べ終えてはいないが、覚悟を決めて人のいそうな方に動くしかない。都市の北には、枯れているとはいえ川の跡があった。今ある40日分の水と食料、利用できそうな装備が40から50キロで都合250キロにもなる。一度に運ぶのはとても無理だ。車の修理は出来そうもないし、仮に出来たとしても移動は無理っぽい。


 ここを抜けて水と食料を得られれば、生き残れるかもしれない。確かにこの遺跡には興味を引く物が沢山ある。正直、宝物庫?の財宝や巻物も気になるし色んな珍しく貴重な物が有るのも分かる。研究者や学者だったら学問的に貴重な物を見て歓声を上げるだろう。しかし、そんなのは後回しだ。俺が日本にいた時には感じた事の無い物。俺は普通の生活をしていたい日本人だ。目の前にある、命の危機というのを初めて感じたんだ。


 ここまでの都市の探検中にもぼちぼち考えていたが、どれだけ持って行けるかが生死を分けるんだろうな。生死なんて27年間生きて来たが考えてもみなかった。持って行くのに迷うほど物があるんだ。財宝だって見つけたし、俺は超ラッキーなんだと思おう。転移しちゃったけど、岡田君が言っていたように何事も明るい方に考えないとな。イジイジしていても、埒が明かないからな。


 日本に戻ったら、この体験談をゴーストライターに書いてもらって、ウェブ小説に投稿して、出版して、大増刷して、大金持ちになるんだ。いかん、いかん、現実から逃げようとしているぞ。落ち着いて考えれば自費出版を勧められて終わりかも知れん。と、俺は十分明るく思いながら車まで戻って来た。


 移動には大人数BBQの時買った、キャンピング用キャリーカートを使うつもりだ。耐荷重100キロとあるので無理すれば倍積める。200キロぐらいは行けるだろうが、限度以上積んでも250キロは無理だよな。カートが実にありがたい。

 自転車もあるからこれにも載せて押せばいいか。それよりも自転車にロープを付けて引けるように工夫すればかなり行けるだろう。積みっぱなしだと車の燃費が悪くなると思ったりしたが、なんでも積んでおくものである。いちいち降ろすのも面倒だった訳だが、キャンプ用品が災害時に役に立つと言うのは本当だな。リュックサックで背中に20キロは背負おえるしな。よしこれで財宝も運べるな。


  こんな事を言うのも、砂漠では水とお金のどちらが大切かと言う話なんだ。財宝を持ちすぎれば何にもならないどころか、体力・水・食料・時間の無駄になって生存確率を減らす事になると思う。欲との兼ね合いで、持ってける量を考えないと。財宝もあんなに有るんだ、全部どころか一%も持ち出せないだろうし。財宝は、発見しただけで自分の物と決まった訳でも無いが、持ち主はいないようだし落とし物でもないだろう。届け先も滅んでいるようだしね。


 命がけの探検をして手に入れたという事で。財宝、独り占めとなる。もっともこの世界に人が居なければ財宝なんてあっても何にもならないだろうけど。とりあえず財宝を全部持っていくのは無理だ。それに何度考えても車での移動は無理だ。階段への入り口の穴は見つけ難い様に塞いでおこう。実際のところ、車はすぐに気付かれると思うし隠しても勘のいい人なら見つけるよね。この世界に自動車なんて無さそうだし。それはそれで不思議だろうから見つかったらこの付近も注目されるだろう。


 やはりタープで囲って土とガレキで隠し直す。宝物庫の入り口も厳重に隠して置いておこう。こんな事して何になるかとふと考えたが、考えたら負けだと思いなおしてカモフラージュを完了した。


 後は持ち出す量を決めるだけだ。生存できる確率を上げるために、持ち出す量は少ない方が良いはずだ。念の為の財宝は、ダンボール箱二つ半位として決めておこう。

「ほんと、もっと持って行こうとする自分との闘いだったわ」

 自治体指定のゴミ袋45リットルに、持ち出した財宝を二重に包んで追加する。最初はダンボール箱だけのつもりだったがゴミ袋で2個分増やしてしまった。ま、良しとしよう。念の為に資産の分散は必要なんだ。何の為かは聞かないで下さい。自分でも分かりません。先輩のヘソクリが奥さんに見つかった時に言っていただけです。


 重ければ移動途中に隠せばいいんだよ。持って行こうよ、大金持ちになれるよと心の中の誰かが言っている。正直、無駄になるかもしれないと頭では解っているんです。昔、考古学者の出てくる映画で見たような記憶を思い出す。財宝に目がくらんで身を滅ぼす人が出てくる内容だったな。

「自分との闘いに負けた。今なら、気持ち分かるわ」


 自分の意志の弱さに少し自己嫌悪を感じたが、正直ではあると思う事にする。ゴミ袋の二つはキャンプする時、少し離れた場所で埋めるつもりだ。もちろん宝の地図書くよ。全部、日本語のひらがなで地形を書けばかなり解りにくいと思う。

(財宝を目の前にすると、ホント、煩悩が消えないわ)


 最初に行った西の城門。8~10キロほど向うには、木々の繁る森がある。城壁との間は草原である。スマホに写した地図を出して見る。西方には都市の記入は少なかった。互いに離れた所の海岸沿いに、いくつかの都市が有ったようだ。繋ぐべき、道の記入も少なかった。

「やはり西より東か」

 城壁から見えた西の森には、道らしき跡に沿って巨大な柱が所々に崩れて残っていた。教科書に載っていた古代ローマの水道橋みたいに思える。

「水源が森にあったのかな? 今でも有るかな? ウムー、迷うとこだな」

水が有っても食料が無くなる。ドラゴンなんてのが居るなら、自分が食料になってしまうかも知れない。奥へ行くほど緑が濃くなり黒くなって、道らしき物はその中に消えている。

(森林浴なんてもんじゃ無い。黒い森は怖いな)


 塔を越え東の城門に着いたが、やはり城壁越しに草原が見えた。東に進むのも賭けだな。転移した場所から10キロほど東の方向になるのかな? 西側と同じく7~8キロほど向こうは、森も無く木々も疎らだ。草がまばらに生えている荒野が続き、風化した道が延々と続いているみたいだ。同じように、東側の地図を出して考えてみる。


 東西南北、いずれにも都市の記入はある。東は西側に比べ沢山の都市が有ったようだ。過去の地図だが、東の方が色んな記入があり繁栄していた事が伺われる。北は山だし、南は平野だけど都市の記載は西と同じぐらい少ない。思うに今も人間がいるとしたら、東の方が可能性も高いように思える。この世界の文字は読めないはずだ。その思い込みとは恐ろしいもんでこの時はまだ気がついていなかったが、俺は書いてある字が分かっていたんだ。


「消えかけた道だが、人がいる所まで続いていると良いんだが」

 ある程度進んで一度デボジッと言うか集積場を作り、ここに引き返してもう一度荷物を積む。前進ベースを作れば距離と積載量を稼げる。もし無理そうなら思い切って引き返そう。かなり距離がありそうだが、ダメだったら西側の海方向まで行くしかないな。前進ベースを作って移動となると行と帰りで時間がかかるだろう。ここら辺は山頂アタックと同じ要領で確実に前に進む為だ。見極めは難しそうだが、人がいると思う方へ動くしかないな。


「ま、一応キャンパーだし地図は読めますよ」

 幸い、この世界にも磁力線があるらしく磁石は使えるようだ。東西南北が解れば同じところをグルグル廻る事も無い。やはり異世界の旅にも磁石が必携である。

最近は車が多くて、カーナビばかりを使うし、携帯にも良いソフトあるので磁石はほとんど使わなかった。今のハイキングやトレッキングは、GPSや高いけど海外製の腕時計タイプみたいなのを使うそうだ。少しだけ高い買い物だったが、方位磁石はローテクに見えても役に立つし必要だな。


 夕陽の太陽だ。ぼんやりして暫く見ていた。ちょっと感動した。ストレスなど無いように思っていたが、細切れ睡眠だったし、やっぱりどっかで緊張しているんだろうな。昨日、思いついてスマホの時刻を日本時間17時にしてタイマー設定を24時間にしてみた。この時期なら日本で陽が沈む時間である。夕陽が沈む時、時計表示を見ると19時54分になっている。スマホのデジタル時計である。スマホが壊れている訳でも無さそうだ。同じ場所から見る夕日だ。何かおかしいと思っていたが、昨日と今日の差で3時間近く違う。

「ここは一日が27時間になる訳?」


 これだと当然、スマホの時刻表示やカレンダーは使えないな。タイマーやアラームは時刻が違っても時間経過は解るからある程度の目安にはなるが、一日の時間がかなり違うようなので時計類はほぼ使えない。これからはカレンダーにではなく表に印を付けないとな。無人島に行くとみんな/でやっているもんね。

「一年は何日になるのかな?」

日本は秋の初めだったが、ここには季節があるのかそれも分からない。それでも季節や時刻が知りたいと思うのは日本人の性かもしれないな。

(まぁ、異世界なら一日の時間が違うのは普通に有りそうだし)


 ウェブ小説だと時間も暦も同じのが多い親切設定なのに、この世界は俺に親切って訳ではなさそうだ。スマホはネットが使えないのが残念だが、写真や計算等のアプリは使えるしデータも残っている。電源もソーラー充電できるので暫くは何とかなりそうだ。チートという訳ではないが、一歩手前ぐらいの気持ちになったんだ。


 話を戻そう。東の城門まで自転車で行けそうな迂回路も見つけられたし、8日進んでデボジットを作り、キャンプに引き返して荷物を積む。折りたたみ自転車とは言え16段シフトの日本製なので帰りは楽なはず。二回にすれば荷物も何とか成るかもしれない。

「明日には移動しないとな。水と食料が減って行くばかりだからな。ここにはいつまでも居られない」


 江戸時代のご先祖様は健脚で、江戸の日本橋から京都の三条大橋までの487キロを12日で歩いたと言われる。一日40キロ歩いた事なるが、街道には宿場もあるし整備もされているからな。

「一日30キロ以上進めたとして8日分、最初はあまり進めないだろう。道は平坦そうだが200キロ位を移動ってとこか」

水を節約して動くつもりだが、乾燥した大地ではどのぐらい持つもんだろう? 一日4リットルを半分に出来る訳もないだろうし、非常食の味付けは薄そうな物ばかりではないしなー。汗を流せば塩気もいるだろうし。


「よし、行こう」

 早朝より、前進ベースまで移動を開始した。行と帰りで15日余分になるはずだ。残して悔やむぐらいなら積めるだけ積んでなるべく持ち出すぞ。日本の物はもう手に入らないと思うし、何より俺は置いていく財宝に未練たっぷりで煩悩が一杯の俗物だからね。それに根が貧乏性である。今回のパッキングでいささか自己嫌悪になったよ。マ、誰もいないので、どうという事も無いんだが……ブツブツ。


 ガレキをよけながら、それでも平坦な道の跡を東に進む。今は、見渡す限りの草原の中に居る。腰を落として一休みしながら目の前の植物を何となく掘り起こした。手に取って考えてみる。植物は育っている。雨は降るんだ。だったら水場や川だってあるだろう。手に持っているのは大きなほうれん草の様な葉っぱで、紡錘形の根の太い大根の様な植物だ。食べ物の足しになるかと思って少しかじってみたが灰汁が強い。形は甜菜に似ているな。まさかな―。


 一日目の移動の終わりの頃、プニュという感じで通り抜ける感じの場所があったが何なんだろう?薄くて柔らかくてグミみたいな感じで、でもラップっていう感じじゃない。ちょっと面白くなって手を出したり引いたりしていた。

「頭、大丈夫だよな。危ないのかな?」


 予定通り8日目にデボジッと作り、荷物が無いので3日でキャンプに戻れた。持って行く物が多くて持ち出すのに手間取ったが、また8日かけて前進キャンプに着く。これまで荒野に近い乾燥した地を進んだが、道中は虫しか見なかった。

「待てよ」

そういえば遺跡には、なぜか虫一匹いなかったな。いつ虫を見たのかな。都市を出た日? 大きな草が生えていて、その後プニュと幕を潜った日ぐらいか?

「そうか! 遺跡都市は生き物のいない世界だったんだ」

(何で気付かなかったのかな? キャンプすると必ずっていうぐらい虫がいたもんなー)


 前進キャンプから東に進む。水と食料が減って荷物も軽くなっていく。やがて、道の跡もはっきりしなくなって来た。廻りは草も無くなり土くれだけだ。雨は何時、降るのだろう。遺跡にいた時も雨らしい雨は無かった。あの時から、降ってくれと祈っているんだが。転移した緊張や生命の危機と荷物を運んだ疲労、食料、何より水分を節約した為、少しずつだが頭がボンヤリとしていく。考えがまとまらず自分でもおかしいなと思っていたんだ。


 気が付いて良かった。今は脱水症やおかしくならないよう意識して水を飲んでいる。水が有ると無いとでは精神的にも全然違う事が分かった。だが、相変わらず雨の降らない乾燥した日が続いている。日が沈むと途端に寒く感じる。季節が冬に向かうとしたら寒さ対策も必要だ。


 自転車を押しながら考えているが、こんな荒れ地が続く何もない所を彷徨い続けるのか? 引き返すか進むのか、水と食料も減って行く。ここには青い空と限りなく見える星空が有るだけだ。あと二日、何もなければ引き返えそう。東にと思った勝負に負けたのか? 戻ったとして水をどうしよう。それに道が消えたあのくらい森を通り抜ける事が出来るだろうか? 

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