第7話 スイザの村

イリア王国歴180年10の月4日

「さすがに、自転車は無いかな」

手当をされて痛さも和らぎ疲れてもいたのだろう、話が一段落するとエミリーがうとうとし始めた。遺跡の宝物庫から持ってきた灰色のローブを掛けてやった。良ければ少し眠りたいそうだ。

「どうぞ、どうぞ。急ぐ旅でも無いし、その間に薪を集めて食事の用意をしておくよ」

少し落ち着いたようなので、話は後にして休んでもらおう。

「今日はここで野営するので、ゆっくりと休んで下さい」

「あぁ、すまん。そうしてくれると助かる。じゃ、遠慮なしで眠らせてもらうよ」


 ラッキー、その間にカートの荷物をほどき一部を降ろす。金銀財宝にレトルトや空のペットボトルはダンボール箱ごと、自転車は輪行袋に入れてビニールでグルグル巻にして隠しなおして来た。

(空のペットボトルや瓶は、水が漏らない密閉容器だし中身が見えるので使えるし役に立つと思っていたんだ。ひょっとしたら、売れるかもしれないし)


 野営する場所は街道横の少し開けた場所にした。盗賊が出るかもしれないと思って考えてみたが、エミリーをあまり動かしたくないし、第一彼女の話だと二日に渡り一人も通らない所らしいからな。たき火の用意が出来たので着火バーナーで火を点けた。火起こし棒を使う訳にもいかない。ホントの所、テクニックが無いから火を熾せないかもしれない。食事は知られるとまずいのでレトルトやα米は使えないな。どうしようと思っていたらエミリーが声をかけて来た。

「少し寝たらしい。随分と楽になっよ。あぁ、食糧なら馬の背の振り分けカバンの中に大麦粉と鍋があるぞ、水は鞍の前の水袋だ。良かったら使ってくれ」

エミリーが気を使ってくれた。


 大麦粉って、どうやって使うんだったかな。 ウェブ小説になんて書いて有ったと思ったけど、確かパンやお菓子、ベーグルなど、二割ほど混ぜて使う事が多いとかだったかな。マァ、大麦粉と小麦粉の違いは、グルテンが入っているか否かの違いだ。大麦粉にはパンがふっくらするためのグルテンが含まれないので、パンを焼いてもふっくらとは焼けないという事だ。ちなみにパンなど焼いた事はない。キャンプの時に棒に小麦粉を練った物を巻いて直火で焼いたパンもどきぐらいだ。それなりに美味かったな。


 今回はパンを焼くのではなくガレット風にしたのでOKだろう。大麦粉は案の定、粗挽き粉だったし持っていた残りのうどん粉を足して切れ切れにならないようにしよう。クッカーのフライパンで、麦粉に少しの塩と小麦粉を入れて油を引いて焼く。ただ色は少しグレーで膨らんでないけどライ麦パンに似た感じになった。卵はないがガレット風だしイチゴジャムを塗ったら結構美味しかった。


 味はともかく、これなら大麦そば・大麦うどん・大麦シチュー・大麦パンケーキミックスも作れるかもしれない。車に積んで有った食材もずいぶんと少なくなってしまった。このジャムのガラス瓶もとっておこう。エミリーの話ではガラス製品は高いそうだし、蓋なんてパッキンがあって密閉できる工夫がしてあるんだ。希少価値があるかもしれない。

「これ旨いな。しかし変な食器だな。薄くて軽いし、金属で出来ている皿か」

エミリーがアルミ製のクッカーをしげしげと見ている。

「そうやって刺して食べるのか? 変わっているな、王都で見たフォークに似ているが」

「すいません、マナーが悪くて。仰る通りフォークですよ」

「いや、失礼した。同じ形の道具や皿がいくつもあるし、みな薄くて軽い金属板で出来ているので驚いたのだ」

アルミで出来たコップの白湯を飲み終えると聞いて来た。

「カトー・リョウタ殿は貴族なのか、それとも大きな商会のご子息か」

「ご子息って、違いますよ。貴族でもないし、ただの旅人です。加藤良太ですし」


 荷物はテントの横に、馬は立木につないでと。テントを組み立ててペグを打っていたら、随分と変わった物が外国にはあるんだなーと言われた。

(テントは自立型で時間もピュで出来ちゃうもんなー。テントはしょうがないにしても、後の物は隠しておかないと不味いかな)

「もう寝ましょうか? ご一緒していいですか?」

テントで一晩一緒に寝た。誤解を生む表現ですが無実です。二人用テントなので不可抗力です。

「おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 ※ ※ ※ ※ ※


イリア王国歴百八十年十の月五日

 一晩明けて、エミリーとシエテの町に向けて移動中である。あんなに腫れていた足首も治っている。昨日の冷湿布ヒ●ピタを気に入ったらしく凄い薬だと言っている。エミリーは手当をしてくれたと言ってしきりに感謝してくれる。

「昨日はありがとう。熱も引いたようだ。傷も痛くない。あれは高貴薬というもんなんだろうな」

「いえいえこちらこそ。いろんな事が聞けたし、お互いさまという事で」

「そうか、じゃ、これからも色々聞いてくれ。わたしが知っている事はみな教えよう」


 何でも薬師でもないのに貴重な医薬品を使って治療し、綺麗な白い布や包帯でテーピングしてくれた。不味かったけど体に良いと言う水を作って飲ませてくれた。あのまま一人だったら、命さえ危なかったと礼を言われた。

(しかし、とても昨日今日で治るような怪我に思えなかったんだが。不思議な事もあるもんだ。気を失ったような事も言っていたし、足首なんてかなりひどい骨折だと思う。最低でもヒビが入っていたと思うんだけど)

 エミリーが世話を掛けたと言って、馬に荷物を載せ替えて二人して歩いている。

(へー、あのケガをして歩けるんだ……勘違いだったのかな?)


 エミリーと町まで道連れだ。世間話も兼ねて、道々このイリア王国の常識を色々教わっている。普段の彼女は無口だと言っていたが、命が助かった事に興奮しているのかな? 外国人なので何でも沢山教えてくれと頼んだ為か? 時々、常識だぞ! とか知らないで良く生きてこれたなと飽きられた事が有ったけど、有り難い事に、本当に色んな事を教えてくれた。


 テントもそうだがキャンピング用のキャリーカートも不思議に思うだろうな。何しろカートは化学繊維で出来ている布製で、金属フレームも大きさも伸び縮みする四輪車である。ダンボールもこのムンデゥスではかなり不思議な物でだろう。紙で出来ていると教えたら驚いていた。その段ボールが水と食料で三箱、財宝と用具で六箱、馬の背で合わせて九箱が揺れている。この馬はシエテの町の貸し馬だそうで、プライドが高く乗馬用なので何だか不満そうである。


 畳んだカートとダンボール箱については外国製なんでそんな物だと言い張った。マ、変に思われたかも知れないが、それ以後聞かれなくなったし。俺もエミリーが何でこんな所で倒れていたか聞いていない。人には色々事情があると考えたかもしれない。大人である。


 ※ ※ ※ ※ ※


 最初に見えてきた集落はスイザの村の一部分であるらしい。この集落もこれから、だんだんと大きくなって人が移り住み町になって行くのだろう。村には柵や壁で囲まれた三十軒程の家が有るようだ。家々の間隔はかなりあり、茅葺きの屋根で土と丸太の合作である。手に入る建材を使いましたと言う感じだ。広場にはイリア王国の国教ともいえる聖秘蹟教会と大きな樹がある。

「あれが、スイザの村だ。街道はこの村の西から入って東に抜けている」

「随分と木があるね」

「まぁな、開拓地なんてこんな感じの所ばかりだぞ」

「エミリー、あれは何だろう?」

「ホント、大丈夫か? 聖秘跡教会だぞ。カトーの所には無いのか?」

「ウン、見た事無いよ」

「フーン、そうか。教会が無いのか、不思議だな」

「いや、仏教・神道って言うんだけどね。他にも色々あるんだが国じゃこれが一番、聖秘跡教会の教えに近いと思うんだ。だから聖秘跡教会の信者と言っても良いと思うよ」

「そうか、良かった。異教徒と一緒にいると、教会の坊さんが色々うるさいのでな」

「そうなんだ」

宗教がらみの話は、波風立てないように話さないとな。


 この世界でも、経済力と人が増えて余力が出来た時に、押し出されるよう開拓地が造られる。今ある都市の周辺部で、森林を開拓し居住地域を広げる。人々が協力して森を切り開き、集落も増えて村が生まれ大きくなっていく。


 どの開拓地でも、最初に作られるのは防衛用施設である。開拓の場所が決まれば、小さな丘や盛り土にぐるりと堀を廻らし、坂茂木を埋め木で柵囲いを作る。これは城と言うより砦に近い感じだ。並行して住居が造られ、森や林が姿を変えて農地になる。インフラである道路や、井戸や用水等の治水工事が行われ、安定的な流通が築かれて人が生きて行けるようになる。


 大きくなれば農民だけで無く、村長・酒場・鍛冶屋などの職人・冒険者や聖秘蹟教会と、様々な人たちが移り住んで、やがて町が出来ていく。村は町に、町は都市に変わっていく。多くの人が住む都市には城壁が作られ砦が城に替わっていく。この村にはまだ水車が無く、パン屋・鍛冶屋以外の仕事は町まで行くか、自分たちで何とかするしかないという事だ。


「そんなにキョロキョロみるな。村人におかしく思われるぞ」

「ア、ごめん。見た事無かったんだ」

「そんなに珍しいのか?」

「シュミレーションゲームのままなんだ」

「知っているのなら、おとなしくしてろよ。それでシミュレーションゲームってなんだ?」

「生活体験や環境を学ぶ事が出来る教え? 教科書? と言うかそんなもんだよ。時間が有るとするんだよ」

「フーン、カトーは学者にでもなりたいのか?」

「マァ、そんな処かな。国の若い奴は一通りそのシミュレーションを勉強するんだ」

「勤勉な国民なんだな」


 今、歩いているスイザの村は、農民全部が土地を持つ自由農民といわれ自分で耕作している。農民にも土地持ちと、持て無い者が居る。普通、農民には移動の自由がない。領主への穀物や畜産品の貢租、労働など、負担があり様々な税がある。しかし開拓地では制限は有るが移動の自由と、税の一部が免除されるという事だ。


 エミリーは開拓村の生活は大変だが、自分の土地が持てるのは魅力だからと言っている。実際、町の貧しい人にはとっては良い移住先と思われているそうだ。ただ、税金や兵力など人的資源が減ると困るので、多くの領主は移住させないようにしているとも聞いた。比較的自由と言えるのは冒険者と僧侶それに商人などに限られるそうだ。


 例外としては、フェリペ・エドガルド・バレンスエラ・エスピナル国王が叙任した貴族が、新しく開拓地を開く場合だ。この時は領主といえども逆らえないそうだ。マ、新規開拓地などそうそうある訳でも無く、滅多に移住はできないのが普通になっている。移住はもちろん、多くの人は生まれてから一生、村や町の外に出る事も無い者も多い。旅に出ると言っても、治安や経済的負担が大きいし何より命懸けらしい。結果的に、移動が制限されていると同じである。


 何だかエミリーから聞いた話はデジャブ感がある。シミュレーションゲームやウェブ小説の多くの設定で使われる中世ヨーロッパに似ている。ただ似ているだけなのか分からないが、頭の中にすんなりと入って来る。言葉が通じるという事は有る程度の基準が想像できるという事かもしれない。しかし困ったことに、この世界の現実的なルールが分からない。

 例えば僕は村のルール知らないという事だ。村どころかこの世界ことを全然知らない。エミリーには色々教えてもらったが、これでは常識のない外国人という事で生きていくのは大変みたいだ。


 まずは開拓村の食事風景から、食事の作法で……ね。

「エミリー、食事しよ」

「そうだな、久しぶりだ。じゃ、頼んでみるか」

「エ?」

「オーイ。何してる、早く来い。このおかみさんの処で食べさせてくれるって」


テーブルを挟んで向かい合った二人が、一つの皿に盛られた料理を仲良く食べる……。

「言っとくけど、そんな目をしても食卓では二人で一枚しか皿が出てこんぞ。皿といえば基本は二人で一つの皿だからな」

「スプーンが無い! スープはお皿から直接啜るのか! 火傷しそうな熱々の料理も本当に指で掴んで食べるの?」

「私も、木のスプーンぐらい作れると思うのだが、その代わりに切り分け用のナイフは昔からみんな使っているぞ。だが、フォークなんて珍しい物ないぞ。手掴みが基本だ。要は手食だからな」


 尚、これまでもそうでしたがこれからも私、加藤本人が具材・文物等の名称を日本名に当てはめており、本人がこれに一番近いと思うという事です。出来ない日本語への翻訳もそれなりに訳しております。魔法なんだから細かいことは良いんだよーという事で。

 で私、加藤はキャビアなど高級食材は食べた事ありませんし、現代兵器の仕組みなどはとても解りません。せいぜいテレビやネットの情報で見知っているという事でお願いします。


 加えて、日本で用いられている計量単位を自動変換しております。長さ・面積などの単位の事です。日本人として二十七年使っていたから、分かりやすい上に魔法で苦労もありませんからね。

 思うんですけどウェブ小説って、神様に言葉のチート貰ったり魔法やスキルがあるなら、単位も一緒に翻訳みたいな事が出来ないもんですかね。流石に尺貫法に翻訳されても何ですけど。

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