十章 2


 ダリスは二階、アーノルドは三階の持ち場なのだ。

 二人は持ち場を交代して、それぞれの位置に立った。


「なあ? 気持ちいいもんじゃないだろ?」と、ダリス。

「ああ。血なまぐさい。すごい匂いだ」

「今さら三階がよかったなんて言ってもダメだぜ」

「そんな子どもみたいなこと言わないよ。ちゃんと見まわりもする」


 やがて、一段落したのか、ギデオンが階上にあがっていった。


 七号室の兵士たちは、ドルトの命令で、バケツに入れた死体や、血をふいた布などを持って階下へおりていく。地下の死体安置所へ運ぶのだ。


 アーノルドは七号室の兵士たちを見送ると、ダリスに声をかけた。


「見まわりしてくる」

「ああ」


 アーノルドは、いったん、廊下を見まわるようすを見せた。が、すぐに足音をしのばせ、七号室の前に帰ってきた。


 室内には誰もいない。


 たいていの傭兵は、あいたベッドや、ベッドの下に荷物を置く。

 アーノルドは、じつにすばやく、それらをあさった。二つか三つめのカバンで、目的のものを見つけた。


(これが人手に渡ると、いつバレるか知れないからな)


 闇のなかでも金色にかがやく、美しい宝石。


 おれはもうイヤなんだ。

 小隊長になって、砦をやめて、かたぎになる。

 誰もおれを知らない土地へ行って、可愛い女と結婚しよう。

 ガキのお守りや、まきわり。畑でもたがやすか。

 それとも商いでも始めたほうがいいか。

 砦でためた金で、小さくてもキレイな家が買える。


 いくつものヴィジョンが浮かんでは消える。


 産湯をつかう赤ん坊。

 やさしい母の胸。

 花盛りの庭。

 暴力と堕落の日々。


 それはみんな、アーノルドの過去——


 パンとはじけて、映像が消えた。

 ワレスの目の前に現実がもどってくる。

 夢からさめた思いで、ワレスはギデオンの顔を見た。


「……アーノルドが死ぬ」

「急に返事をしなくなったと思えば、とつぜん何を言いだす。あいかわらず奇矯ききょうなやつだ」


 神の言葉の波動を感じる。


「話はあとで。ともかく、地下へ——」


 ワレスは部屋をとびだし、本丸地下へ急いだ。

 ギデオンやメイヒルがついてくるのはわかっていた。が、説明するのももどかしい。


 地下のおりぐちは、おもに三ヶ所。

 そのほかに秘密の通路があるらしい。だが、それを知ってるのは、城主とその側近、地下にいる魔法使いだけだ。

 三ヶ所のおりぐちは、すべて鉄の扉で閉ざされ、内側から錠がおろされている。


「あけろ。第四大隊のワレス小隊長だ。昨日つれてきた部下に緊急の話がある。重大事項なんだ」


 鉄扉をたたき、小窓から声をかけるが、黒服の牢番は、のろのろと首をふるばかりだ。

 背後で、ギデオンがうそぶく。


「ムダだ。いったん地下へ入れてしまえば、期日が来るまで、たとえ隊長でも出すことはできない。伯爵のおゆるしを得るか、魔術師会議で承認されるほどの理由がないかぎりな」


 もっとも——と、ギデオンの声に妙な笑いがふくまれた。


「ひとつだけ手がないわけではないが」


 菓子だ。この牢番は甘いものに、めっぽう弱いのだ。


 ワレスは叫んだ。

「あとで、おれの部屋にある菓子を、ありったけ食わしてやる!」


 その瞬間、鍵があき、かんぬきが外された。あかずの扉がひらく。

 牢番はネズミを見つけた猫みたいにとびついてきた。ヒイヒイというか、キイキイというか、異様な声をだして、すがりついてくる。


 ワレスは鳥肌立った。

 力のかぎり、牢番をもぎはなす。


「今じゃない。あとでだ」


 そう言ったあとも、離しても離しても、まといついてくる。磁石にひっつく鉄クズみたいだ。


 しかし、扉はひらかれた。

 牢番をひきずりながら、ワレスは地下牢のあいだを歩いた。


 アーノルドは——生きていた。

 五人まとめて、つっこんでおいた牢のなかで、それぞれ間隔をとり座っている。


「まだ二日は経たないはずだぜ」と、ホルズが言うのへ、

「悪いが用があるのは、アーノルドだ。急を要する」


 単刀直入に切りだす。


「イーディスの占い玉を持ってるな?」


 死体安置所にも近い暗い穴ぐら。耳を圧するような静寂のなか、どこか遠く、水のしたたる音。

 よほどの猛者でも気が滅入る。

 しかし、アーノルドは根をあげていなかった。


「イーディスの占い玉? なんですか? それは」


 平然としらばっくれる。

 やはり、なかなか、たいした度胸だ。


「とぼけるな。変死が続いているな。あれを起こしてるのは、あの玉だぞ。あれは魔物の目玉だ。所有者は魔物の魔力で殺される」


 アーノルドの顔色がサッと変わった。


「おまえが今の持ちぬしだな? そこに持ってるのか?」


 ガクガクとふるえるようすは、あきらかに、ありかを知っている。だが、出そうとはしない。


 アーノルドが盗賊団の一味であることは明白だ。

 仲間がすでに何人も死んでいるのだ。何かがおかしいとは、ずっと思っていたはずだ。

 それでも出さないということは……。


「持っていないのか? では、どこへやった? 正直に言え。ウォードのようになりたいのか?」

「し……知らない。おれは——おれは……」


「おれは見た。おまえが七号室に入り、ウォードの荷物をあけるのを。七号室の兵士が、ウォードの死体を地下へ運ぶあいだだ。ダリスと見張りの持ち場を交代したな? おまえはこう考えた。小隊長になり、砦を辞め、かたぎになると。可愛い女と結婚し、小さな家を買い、商売でも始めるかと」

「…………」


「なぜ、おれが、こんなことを知ってると思う? おれはな。同調するんだ。あの玉と。あの過去を見る瞳と。ウォードが死ぬとき、あの玉の発する波動を感じた。そして今も、あのときと同じ波動がしている。もうじき、誰かが死ぬ。あの玉の真の持ちぬしが、おれにこう言ったんだ。『わがまなこ、奪いし者に死を』——」


 たまらなくなったのか、アーノルドが叫ぶ。


「やめてくれ!」


 立ちあがったひょうしに、アーノルドのふところから、銀色のものがカラリと床に落ちる。

 ころがって、それは、ワレスの足元にきた。ひろいあげたのは、ギデオンだ。ふたをあけ、たいまつの明かりにかざしてつぶやく。


「ほう。ワレス小隊長。おまえは父親似だな」

「ええ。イヤになるほど」


 ふたをあけたまま、ギデオンはそれをワレスに返してきた。

 ワレスに瓜二つの黒髪の男が、ワレスを見返す。

 レディーを殺した、あの悪魔。



 父 イリアス

 母 ジュリオ

 ワレサレス 一歳



 それは、ワレスの部屋から盗まれた家族の肖像だった。

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