十章 3

 *



 二刻後。

 場所を地下の詰問所に移していた。言ってしまえば、拷問ごうもん部屋だ。


 室内にいるのは、ワレス、ギデオン、アーノルドの三人。


 もちろん、ワレスたちは拷問をするわけじゃない。

 単に他者をまじえない密談のできる場所を求めてのことだ。だが、状況の作る心理的効果はあっただろう。


 質問はおもにギデオンがした。

 アーノルドは粘りはしたが、けっきょく口を割った。


「現状、おまえは極刑だな。なにしろ、これほど確実な盗みの証拠がある。あの肖像は誰が見ても、ワレス小隊長のものだ。盗んだのでなければ、おまえが所持しているわけがない。ただし、正直に玉のありかを言えば、おまえだけは処刑されないよう、伯爵に進言しよう。それとも、仲間のために死ぬか?」


 むちを手にしたギデオンにおどされ、アーノルドはガックリと肩を落とした。


「……首領はバハー。占い玉は、南の内塔の武器庫に。そこに秘密の隠し場所があります」


 そこへ牢番が、メイヒルをつれてやってくる。メイヒルが報告した。


「中隊長。たったいま、輸送隊が到着しました」

「もう来たか。こんなときにかぎって早いな。メイヒル、おまえは通常どおり、入隊希望者の試験に行け。おれは大至急、大隊長のところへ行く」

「はっ」


 さがろうとするメイヒルを、ギデオンが呼びとめる。


「待て」


 そのとき、メイヒルの顔色が、わずかに変わった。

 ワレスはそれを見逃さなかった。


「まだ、何か? 中隊長」

「おまえ、ワレス小隊長の代わりに、第二小隊の兵も見つくろってやれ——ワレス小隊長。第二小隊は何人、入用だ?」と、後半をワレスにたずねてくる。


「たしか三人。アーノルドをよせて、四人です。部下のクルウに調べさせたので、彼なら、より正確な数がわかります。では、クルウをつけましょう」

「そうだな。おまえは今すぐ、占い玉の回収に行け」

「承知しました」


「大隊長への報告がすみしだい、バハーを捕らえることになる。不審な動きがないよう、見張りをつけておくように」

「了解しました」


 牢番にアーノルドをたくし、それぞれにわかれて、地下をあとにする。


 ワレスが東の内塔五階まで帰ってきたときだ。

 ちょうど廊下を歩いてきたハシェドと出くわす。

 ハシェドはうつむき、ひとつ、頭をさげた。


「ハシェド」

「……はい」


 視線を床にさまよわせたまま、顔をあげない。


 ハシェドのようすを見て、ワレスは用件とは別のことを言いそうになった。


 おれをゆるしてくれ。おれも、おまえを……。


 そのタイミングで、一号室のドアがひらく。


「ワレス小隊長」


 クルウが顔をだす。


「中隊長のご用はおすみですか? さきほど輸送隊が到着しました」


 なんだって、こいつは、いつもでジャマするんだ。

 しかし、おかげで助かったのだが。

 もう少しで、ワレスは言ってはいけないことを言ってしまうところだった。


 ワレスは顔をしかめた。


「クルウ、おまえはおれの代理として、不足人員を補充に行け。メイヒル小隊長が手伝ってくれるそうだ。おれはこれから、占い玉を回収しに行く。おれを罠にかけた盗賊の正体がわかったんだ。その男の口から、占い玉のありかを聞きだした」

「わかりました。前庭へ参ります」と、クルウ。


 ハシェドの顔がパッと輝いた。

「では、隊長の疑いが晴れたんですね?」


 自分のことのように喜ぶ顔を見て、胸がしめつけられる。


 抱きしめたい。

 ハシェドの前にひざまずき、ゆるしを乞いたい。

 もちろん、それはできないが……。


「隊長? 疑いが晴れたのでは?」


「ああ……そうだ。ハシェド。一班をつれて、おれと来い。占い玉を回収に行く。そののち、バハーという男を監視だ。東の馬屋近くで服を売ってる商人だ。やつが盗賊団の黒幕だ。今、中隊長が上申中。じきに捕縛のおゆるしが出るだろう」


「はい! みんなを呼んできます。ところで、占い玉とはなんですか?」


 ワレスは手短かに説明した。


「——というわけで、それを国内に持ちこませるわけにはいかないんだ」

「わかりました。アブセスたちをつれてきます」


 ハシェドや一班をつれて、南の塔へ急行した。

 内塔の一階。すみの床下。敷かれた石の一枚が動かせる。なかは空洞になっていた。

 だが、なかには何も入ってなかった。


「あいつめ。この期におよんで嘘をついたのか?」


 ワレスは舌打ちをついた。

 その音をかきけすように、とつぜん、前庭で大勢の悲鳴があがった。


「なんだ?」


 悲鳴はおさまるどころか、飛び火のように、どよめきとなって広がっていく。口々にわめく声が聞こえた。


「変死だ!」

「また死人が出たぞ!」

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