十章

十章 1



 その夜も誰かが死ぬかと、あやぶまれた。

 しかし、幸い、なにごともなく一夜がすぎた。


 夜が明けると、太陰レイグラの月、二旬めの一日。

 予定どおりならば、輸送隊が到着する。


 朝食を自室でとっていたワレスのもとに伝令が入った。輸送隊のさきぶれが砦に来たのだ。二、三刻後には本隊がやってくる。

 それを告げにきたのは、メイヒルだった。


「ワレス小隊長。中隊長がお呼びだ」


 言うだけ言って去っていく。

 まあ、第一夫人のメイヒルとしては、ギデオンのワレスへの執着はおもしろくないだろう。


「クルウ。輸送隊が来たらしい。それぞれの分隊長に伝え、補給人員の頭数を確認しておいてくれ。お呼びとあれば、おれは行かなければならない」

「お一人で、よろしいのですか?」

「今日はそんなヒマはないだろう。話というのは、おそらく、昨日の件だろうから」


 昨日はよく眠れなかった。

 魔物の目玉と自分との因果関係が気になって。


 だが、変な夢は見なかった。いつも共鳴するというわけではないらしい。

 ただ単に霊感が強いとか、たまたま勘が働いたとか、そういうことなのかもしれない。そうなら、魔物の親戚ではないと思える。いや、そう思っていたい。


 ギデオンの部屋へ行くと、用件はやはり昨日のことについてだった。が、ギデオンのようすには差し迫ったものがある。


「おまえの意見が正しいようだ。第三で死んだ三人は、死ぬ前に占い玉らしきものを所持していた形跡がある。それと、もうひとつ。三人のうち最初の犠牲者には盗癖があった。同じ隊の者たちが、うすうす勘づいていた」


「その男がイーディスを殺し、占い玉を盗んだ。その男の死後、玉をひろった二人が立て続けに死んだ——ということですね。そのように、大隊長に報告なさったのでしょう?」

「した」


 それなら、この件は城主の伯爵に伝わり、ワレスたちの手を離れたはずだ。盗賊団に関しても大々的な調査がおよび、早期解決されるだろう。


 しかし、ギデオンは苦い顔をしている。


「ウォードの遺品から、占い玉が出てこない」

「……まさか、盗まれたと?」

「だろうな」

「また盗難ですか」


「ついさっきまで、ウォードの遺体を再検分していたのだ。遺体のなかにまぎれている可能性があったからな。しかし、なかった。先日、遺体を片づけてから、所持品を送る手続きをするまでのあいだに、誰かが盗んだのだ」


「私を疑っているわけではないでしょうね?」

「ドルトはそんなことを言っていた」


「バカな。たしかに、あのとき、私は一歩だけとは言え、ウォードの部屋に入りました。だが、持ち物をあさる時間はなかった。人目もあった」


「わかっている。おれは、おまえが盗んだとは思わん。身につけていれば死ぬとわかっているものを、誰が盗むというんだ? 盗んだのは、それを知らないヤツだ」


「ウォードの隊の誰かではないのですか? 一見、キレイな宝石に見えるという。見つけたヤツが、こっそり着服したのかもしれない。ウォードの死体を片づけたのは、同じ隊の連中らしいですね」


「もちろん、それも考えた。あれを持っていれば、ウォードと同じ死にかたをすると言われて、並みの男が名乗りでないなんてことがあるか? 目の前で、あの死にざまを見ているんだぞ」

「まず、ないでしょう」

「だから困ってるんだ」


 ギデオンはため息をついた。


「今日のうちに、占い玉と変死の関係は砦じゅうのウワサになるだろう。だが、万一、それまでに砦から持ちだされてしまったら……」


 ワレスが考えたように、国内で爆死が……。


(おれには関係ないことだが)


 ほんとにそうだろうか?


 子どものころ、いっしょに旅した旅芸人のクラバスは?

 彼はまだ旅の空に暮らしているのだろうか。


 神殿につかまっていたとき、同じ苦しみをわかちあった、アルシスは?

 アルシスは今も神殿で静かな祈りの日々を送っているだろう。


 ケンカ別れして、行方を告げずに去っていったカーティスは?

 妹のように目をかけていたカーティス。あのころ、自分の心がすさんでいたので、彼女の気持ちをくんでやることができなかった。

 それが、悔やまれる。


 あるいは、ジョスリーヌは?

 ルーシサスを失って、ワレスがもっとも荒れていた時期、救ってくれたのは、ジョスリーヌだった。

 生まれつき恵まれた大貴族のジョスリーヌとは、どうしても理解しあうことができなかった。


 とはいえ、ワレスを酒と麻薬とケンカの自堕落じだらくな毎日から、救いあげてくれたことには感謝する。

 理解はできなかったが、ジョスの優しさは、いつも感じていた。


 彼らがあの玉のせいで悲惨な死にかたをしても、自分には関係ないと言えるだろうか?


 人を愛すと、心がもろくなる。

 今まで記憶のなかで色あせていた彼らを、とつぜん、こんなにも切なく思いだすなんて。



 ——RRyyyぃぃ……——



 ワレスが過去に思いをはせたからか。

 耳鳴りが……いや、また、あの光のきらめきのような記号が近づいてきた。


「この件に関して、おまえは早くからとりかかっていた。なんでもいい。気づいたことがあれば……」


 そう言うギデオンの声が遠のいていく。

 周囲が暗くなる。

 たいまつの明かり。夜なのだ。


「なあ、ダリス。変死事件、二階であったんだろ? どうなってる?」

「どうなってるも何も、まだ片づけてるぜ。気分が悪ぃよ」


 階段の上と下で言葉をかわしているのは、ワレスの部下のダリスと、アーノルドだ。

 ということは、第一分隊の一、二班での見張りが終わり、三、四班に交代したところだ。


 どうも、ウォードの死んだ夜らしい。

 野次馬がいなくなったので、通常配置にもどったあとだろう。


「まだ片づけてるのか? だって、もう二刻はたってるのに」

血糊ちのりがとびちって、大変みたいだ。あんなことがあって、おれなら、あの部屋じゃ寝られないな」

「そうかな。おれは見てないから、わからないなあ」


「なんなら、代わってやるよ。おれはもう、たくさんだ」

「じゃあ、今夜だけ、場所、代わろう」

「物好きだな。まあ、おれは助かるからいいが」

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