二章 2


 おかげで、ワレスは近ごろ、人に見えないものが見える男としてウワサされつつある。以前、亡霊を退治したこともあるせいだ。


 へたにそんなウワサがたつと、管轄外の仕事をまわされるかもしれない。それだけ危険も増す。

 ワレス自身は、このウワサを歓迎していなかった。


「その話はやめてくれ。ほかにもっと、おもしろい話はないのか?」

「評判の占い師とか?」

「占い師?」

「おれは会ったことないけどさ。失せ物とか、絶対、見つかるって話だよ。それがさ。その男、前はまったくふつうの兵隊だったのに、急に最近、そんな力がついたんだって」


 初耳だ。同じ中隊の兵士ではないのだろう。


「正規兵なのか?」

「傭兵らしいけど。興味あるの? だったら、もっと聞いとくけど」

「ウワサ話は食堂に集まるからな。しかし、興味はない。そろそろ、ハシェドたちを入れてやれ」


 ワレスが服を身につけるのを、エミールはワレスのベッドにころがってながめている。


「どうせなら、もう一仕事してあげようか?」

「必要ない」


 ぽかりと、ワレスはエミールの頭をこづく。


「早く外のやつらを呼んでやれ」

「いたぁーい。もう。ハシェド、ハシェドって、趣味悪いんだから、あんた。知ってるんだぞ。班長が体ふくとこ、のぞき見するつもりなんだ」


 かあッと、体じゅうの血が頭にのぼっていく。

 壁の姿見のなかの自分が、耳たぶまで赤くなるのを見て、ワレスは頭をかかえる。


「やだ、もう。可愛いなぁ。あんたって。なんなの? おれを抱くときは、あんなに手慣れてるくせにさ。まともな恋愛したことないの?」


 エミールの言うが、どんなものだか知らない。が、相思相愛の相手と愛をわけあうという経験は、たしかにない。


 子どものころのことは、たぶん、恋ではなかったんだろう。あのころ出会った男たちに、ワレスは父性を求めていたんだと思う。最低の父親を亡くして、さまよっていたから。


 何人か好きだと思った少女は、あっというまに死んでしまった。


 そして、十六のとき、ルーシサスが死んで、あとはもうグダグダだ。

 人を愛することが怖くなった。どんなに愛しても、その人たちは、きっと死んでしまうから。


(おれの愛した人は、みんな、死んでしまう……)


 どの人との愛も、つらい思い出で終わってしまう。

 この運命を背負ってるかぎり、ワレスにまともな恋なんてできるわけがない。ハシェドとのことも、決して成就してはならない。


 もっとも、ハシェドのほうは、ワレスにそんな気はないらしい。心配することはないだろうが。


「何さ。考えこんじゃって?」


 エミールに言われて、ワレスは気がついた。


「いいから、呼んでやれ」

「はいはい。ほんと、あつかいにくい人。なんでこんな変人、好きになっちゃったかなぁ」


 ブツブツ言いながら、エミールはハシェドたちを呼びに行く。


 ワレスは窓ぎわへ行き、鎧戸よろいどをあけた。冷たい風が、頰のほてりをさましてくれる。


 ハシェドたちが室内に入ってきた。くしゃみをする音が聞こえる。


「すまない。寒かったか」


 窓をしめ、ふりかえったワレスは、ドキリとした。


 ハシェドの褐色の肌。

 砦の生活できたえられた形のいい筋肉。


(バカめ。落ちつけ。初めて見るものでもないだろうに)


 ドキドキする胸をおさえて、ベッドに腰かける。


 エミールがクスクス笑っていた。


「じゃあ、おれは帰ろっと。隊長の下着、あらっといてあげようか?」

「さっさと行け!」


 ゲラゲラ笑って、エミールは去っていった。


「近ごろ、エミール。よく笑いますね。廊下まで聞こえてましたよ」と、ハシェドが笑いかけてくる。


 ワレスは気持ちを切りかえるのに、しばしを要した。


「占い師がどうのと言ってたな」

「第三大隊のやつですね? すごい評判だそうですからね」

「そんなにか?」

「おれも、ナジェルからのまた聞きです。ブラゴール人どうしは、ほかの隊の連中ともつきあいがありますから。それで諜報ちょうほうしてるんじゃないかなんて言われますが。言葉の通じる相手と話していたいだけなんですよ」


 ハシェドの母の国、ブラゴールは、ユイラでは敵国に近い。今は争っていないが、過去には戦争になったこともある。


 傭兵のなかには、ブラゴール人もいる。が、数は少ない。なにしろ言葉も文化も宗教も、ユイラとはまったく異なるのだ。

 したがって、ブラゴール人の傭兵は、隊のなかで孤立することが多い。それでどうしても、ブラゴール人どうし寄り集まることになる。


 ハシェドはハーフだが、ブラゴール語を話せる。ブラゴール人たちと仲がいい。


「失せ物とかを見るそうです。ウソをつくと、すぐに見ぬくそうですよ。でも、古いことばっかりで、さきのことはわからないそうですが。前世のこととかも見てくれるそうです」

「人の過去をのぞき見するわけだな」


 悪趣味なことだ。

 しかし、アブセスは興味を持ったようだ。遠慮がちに会話にくわわってくる。


「それが本当なら、隊長が手を焼いておられる荷物荒らしを、つきとめてくれるかもしれませんね」

「なるほど」


 もっともな話だ。


 第三大隊の話題は、過去見の占い師らしい。だが、ワレスたちの第四大隊では、近ごろ、他人の荷物を荒らす、こそ泥が横行している。ワレスの小隊ばかりでなく、中隊全体で被害が出ている。


 犯人はギデオン中隊の誰かだということはわかっている。が、何度、荷物をしらべても捕まらない。


「傭兵の荷物を荒らすのは、正規兵より金を持ってるからだな。しかし、これ以上、被害が続出すると、隊の規律にかかわる。占いがどれほど当たるものか知らないが、ダメ元で行ってみてもいい」


 ハシェドがたずねてくる。

「隊長はあまり占いを信じておられないのですね」

「つい最近、とつぜん、そんな力がついたというんだろ? 詐欺さぎじゃないのか。前世なんて、ウソ八百ならべても真偽はわからないしな。それなら、まだしも、魔法使いの魔法のほうが信じられる」


 司書のロンドでも聞けば激怒しそうな言葉だ。


「まあ、急ぐ必要はない。いつでもいいから、ナジェルに聞いてみてくれ。第三大隊のなんてやつか」


 ワレスは笑いながら言った。


 だが、このとき、すぐにでも調べて行ってみるべきだったのだ。

 その夜、ウワサの占い師は、何者かに殺されてしまった。

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