善意の心なぞ持ち合わせておらんからの

 話によるとこの女吸血鬼はロガヴィアという名で、この温泉からほど近い屋敷に住んでいるということらしい。この温泉地はいわゆる彼女の縄張りということになる。

 温泉で健康になった人間たちから、夜な夜なちょっとずつ血を吸うのに丁度いいらしい。眷属化も魅了もせず気ままに生きているらしく、血を吸った傷口も薬で消して去るというなかなかお茶目な奴らしい。

 てっきり私に喧嘩を売ってくるのかと思いきや、そうではなかった。

 話のついでに、教会に手を出した理由を聞いてみることにした。すると、私の正体を見抜いているからか彼女は隠そうともせずに話し始めた。

 彼女としては縄張りである温泉地に教会が存在することについては、治安や力のバランスを考慮して今まで黙認してきたらしい。だが最近そこに問題が発生した。


「新しく来たあの娘、聖の能力が半端じゃないのよね……たまたま近くに悪霊が居た時、一緒に消されるかと思った程よ……」

「ふむ。確かに……あれは危険じゃの」

 そこは私自身も感じたところ。素直に同意する。

 自由に遊びまわりたいロガヴィアにとって、行動範囲を狭めるような存在は邪魔でしかない、という事だろう。

「だからといって殺す訳にもいかないし、出ていって貰おうかなと思っただけよ」

「なるほど……」

 話を聞いて得心がいった。

 吸血鬼である存在が、あんな小さな……いや、小さくも無い……嫌がらせをしたのにはそういう理由があったのか。

「そこでね、ダールのよしみでお願いがあるの」

「なんじゃ?」

「理由をつけてあの子をどこか別の場所に移して欲しいんだけど……」

 面倒な依頼がきたもんじゃ。私は渋い顔をして大きくため息をついた。だが、彼女の計画を邪魔したという事もあり、断りにくいのも確かだ。


 あの娘に関しては、優秀な人材が辺鄙な温泉街で燻っているとでも言えば、中央から声が掛かる事も有るだろう。

 だが私一人であればそんな面倒な事はしたくない。好き好んで教会と接点を持つなど……いや、いつか潰す時のため教会の動向を仕入れておくのも悪くは無いか。私は思い直した。

 まあ、ボンクラポンコツコンビにやらせるとして、条件次第で受けておいて損は無い。


「で、その対価は?」

「うーん、何がいいかしらねえ?」

「私は人間と違って善意の心なぞ持ち合わせておらんからの、ただではやらん。……と言っても、人間が喜ぶような俗物的なもの……でもいいか……」

 下手な事を言うと、死んだコウモリの羽とか渡されかねない。いや、それはそれで呪詛やら毒薬やら作るのに重宝するのだが、人間どもはそれでは動かないだろう。


「んじゃ、ここらでたまに取れる宝石入りの鉱石とかどう?」

「ふむ。そう大きくないので良いから、五個よこせ」

「……あらん、意外にがめついわね……。ま、いいわ」

 奴らの分も請求しておいたが、別に渡さずに私の研究道具にしても良いだろう。魅了で奴らを動かしても良い訳だし。


「何か悪い顔してるわね……」

「問題あるのか? 私の正体が何かくらいは分かっておるんじゃろ……?」

 普段からそんなに善人じみた顔をしているつもりも無いし、特段悪い顔をしたつもりもない。というか、悪魔が悪い顔をしたっていいじゃろう?

 不満たっぷりなのを誤魔化すようににスープを口に居れる。

「何って……お嬢ちゃん……?」

「ぶっ……」

 危うく、口の中の物を吹き出すところだった。

 久々にお嬢ちゃんと言われて、今の自分の姿がどう見えているのかを思い出した。最初の失敗が尾を引いていて、私はかなり軽んじて見られているのではないだろうか。

 改善の必要があるな。

「ときにロガヴィア、竜の牙なんぞ持っておらんか?」

「無いわよ、そんなもん……。何にそんな…………ぷっ……」

 言いかけてロガヴィアは笑い出した。何に使うつもりなのか、察したのだろう。

 その時だった。


「ロヴィーちゃんまた来てたんだ!」

「おお、ロヴィーちゃん、今日も可愛いねえ!」

 ロガヴィアに気付いたのか。宿泊客らしいおやじ二人が鼻の下を伸ばしながら手を振ってよこす。こちらの声は外に漏れないが、外の音は聞こえるようになっている。それを分かっているロガヴィアは笑顔で二人の人間どもに愛想を振りまいた。

「何じゃ、魅了か?」

「あらいやだ、何もしていないわよぉ。大人の魅力ってやつぅ?」

 勝ち誇ったような顔でロガヴィアは言い放った。

 何じゃろうこの言い様のない、やり場のない怒りのようなものは。私の拳がお前を潰せと唸っておるぞ。

 くそぉ、私は断じて負けてなどおらんからなぁぁぁぁ!

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上級悪魔の「とある失敗」から始まった冒険者生活はどうやったら成功するのか? 草沢一臨 @i_kusazawa

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