私を何だと思っておるんじゃ?

 女はいきなり怒りを内容したような目で私を睨みつけた。

「アナタ、この温泉をどうするつもり?」

「……あん?」

「乗っ取るとか、破壊するとかそういうこと?」

 拷問施設のひとつも無いこんな環境だけに少々作り替えたいとは思うが、わざわざ面倒事を起こしてまでやろうとは思わない。

「何でそんなことをせねばならんのじゃ……」

「……それじゃ、この街ごと破壊するとか?」

「いや待て、私を何だと思っておるんじゃ?」

 眉間にしわをよせながら私を指さすと、闇の波動を発する。力の弱い者であれば、それだけで失神しかねない。

「ダールである者が、ただ単純にここで骨休めしている訳ないでしょう?」

 ダールとは「闇の側の者」という意味を示す、我々の世界の隠語だ。要するに彼女は、私が何者であるかもおおよその察しがついているという事になる。逆に自分もそういう存在であると言っているようなものなのだが、本人がそれに気付いているかは分からない。

「そういうお前こそ何の為にここにおるんじゃ?」

 ついでに教会にした悪さについても聞いてやりたい。吸血鬼ヴァンパイアという存在にしては稚拙すぎるだけに、何か裏が有るに違いないとは思うのだが。

「暇つぶし?」

「あん? ……お前、自分が吐いた言葉と矛盾していると思わんのか?」

 苦笑いしながら言い返すが、相手は意外そうな顔をする。

「……何の事よ?」

「『ダールである者が、ただ単純にここで骨休めしている訳ない』と言ったではないか」

「あらん? バレてた?」


 確信した。こいつは阿呆だ。

 そうやって私を油断させるつもりでないなら、間違いなく阿呆だ。それもぺっぽこエルフ以下の。

 こいつもナサリアと同様に、乳に栄養分を全部持って行かれた残念なやつなのかもしれん。……いや、乳に栄養分を持って行かれてなくても残念なやつもいるな……。


「バレていないと思ったのか? 『ダール』と言った時点で……」

「何であんたにそんな憐れんだような目で見られなきゃいけないのよ? ダールじゃなければとっくに……」

「とっくになんじゃ? 血なり精気なり吸っていたか?」

 聞き返すと、都合が悪いのか女は慌てて目を背けた。

 口は達者だが、私との力量差は自覚しているのだろう。まあ、こいつも無駄乳だけの残念な奴か。と、無駄な肉の塊のついた胸を見ていたら、彼女はその視線に気付いたのかわざと見せつけるように両腕で挟んだ。

「なぁに? 私の豊満な胸が羨ましいの?」

「む……。そんな物いらんわ……。それに、うちにはお前以上の無駄乳が一匹居る」

 そう言うと女は不思議そうな顔をして、何かを思い出すように天井を見上げる。

「あらん? 昨日一緒に居たのはぺったんこな子じゃなかった?」

「お前が見たのは全部が残念な奴の方だ……。そいつじゃない」

「ぷっ……」

 緊張感の無い会話が続き、女は笑い出した。

「まあ、いいわ、丁度食事も来たみたいだし、一緒に食べながら話す?」

「いいじゃろう」

 苦笑いをしながら、女は私の向かいの席に腰掛けた。

「ああ、ちょいと待て。人間に聞かれると厄介だから、音が漏れんようにしておく」

 私は両手を広げると魔力を掌に集中する。そしてそのまま無詠唱で空間に影響を与え、音の振動を遮断する結界を構築する。それを見ていた女は感心したように口を開けながら手を叩いてみせた。

「さて、何から話すか……」

 パンを手に取り、私は油断しないよう女の目を見た。

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