ここに居て何が悪いんじゃ

 翌朝、二日酔いで動けなくなっている馬鹿共を置いて、私は部屋を出た。

 昨晩見た女もこの宿に泊まっているのだろうから、もしかすると会う事があるかもしれない。とすれば一番確率が高いのは、宿の食堂だ。この時間なら朝食でも食べている可能性が高いはず。居なければ、宿を発ったのかを女将にでも聞けば良いだけの話しだ。


 挙動不審に見えぬよう、細心の注意を払いつつ、食堂に足を踏み入れる。

 その直後だった。

「お嬢ちゃん!」

「はぅっ!」

 背後から大きな声で呼び止められて、思わず変な声が出てしまった。悪魔としては気付かぬうちに背後を取られて驚くなど、大失態もいいところである。

 振り返ると、老婆というに近い年齢の女性がにこにこしながら私を見ていた。

「そんなに驚く事ないだろ。アンタ、親御さんはどうした?」

「親なぞ一緒ではない。へっぽこ冒険者どもと一緒に来ておるからの」

 胸を張って言っていいのかと悩むほどの情けなさ。

 だが、共に行動する者達の中で、誰一人として頼りになりそうななどいない。あえてひとりを選べと言われたら、迷い無くボドルガを差し出す。間違っても「自称保護者」のナサリアではない。

「そうかいアンタも冒険者ってことかね。で、食堂に来たってことは朝食かい? 宿代とは別だけど問題ないかい?」

 吸血鬼ヴァンパイアを探しに来たなどと本当の事を言えば、混乱するだろうし怪しまれるに違いない。私が頭のおかしいお嬢ちゃんだ、という事で済めば笑い話にもなるが、場合によっては大騒ぎになるだろう。いや、それは悪魔としては楽しい余興として見てみたいのだが……。

「うむ。金なら大丈夫じゃから、よろしく頼む。……辛く無いやつで!」

 適度に腹も減っている事だし、朝食を食べる事にした方が無難だろう。

 私の言葉に納得したように女性はうなずくと、奥へと引っ込んで行った。彼女は宿屋の主人では無さそうだが、食堂の責任者だろうか。

 とりあえず、食事の手配を済ませてしまったので、混乱を避けるため近くの席に腰掛ける。落ち着いて周囲を見回したが、人はまばら。目的の吸血鬼は見当たらない。


 よくよく考えてみれば、朝から活動する吸血鬼など、そうは居るはずもない。結果を急ぐばかりに行動を誤ったか、と思った時だった。

「朝食を一人前よろしくね」

 声のする方を見れば、例の女……吸血鬼が居た。

 女の声に反応するように、男達の視線が集まる。彼らの表情を見るに、人間にとっては美形に見えるのだろう。いや、吸血鬼なのだから、魅了チャームを使っている可能性も否定できないが……。


 私の視線に気付く様子も無く、男共に色気を振りまくように優雅に歩いていた女は、一身に視線を集めながら……派手に転んだ。

「ぶっ!」

 テーブルの脚につまづいたのだろう。バランスを崩した女は、激しい音を立てて顔面から床に突っ込んだのだ。

(とんだポンコツ吸血鬼じゃな……)

 呆れながら見ていると、女はやや恥ずかしそうに起き上がり、服装の乱れを直す。そして、私の視線に気付いたように顔をこちらに向け、睨んだ。

「なんじゃ?」

 勝手に転んだのだ、私はこの女に睨まれるような事をした覚えは無い。転んだのを見たことが悪いなら、話は別だが。人間どもが近くに居なければ、罠なり悪戯を仕掛けていただろう事は否定しない。が、とりあえず今は無罪だ。

「何でアナタみたいなのがここに居るのよ?」

 私の正体にでも気付いたのだろうか。竜の牙を触媒とした変身は、人間には気付かれなくても、流石に同じ「人外さん」には分かるのかもしれない。だが、ここは互いに暴露する所ではないはず。

「私がここに居て何が悪いんじゃ?」

 私は睨み返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る