よく殺されなかったのぉ

 湯に行っていたナサリアが、鼻歌を歌いながらご機嫌で戻ってきた。

 嫌な事も温泉で洗い流して来ました、というスッキリとした笑顔が無性に腹立たしい。

 作戦会議を始めようと思ったが、一番まともなボドルガが──酒が入っていなければだが──居ないのが残念では有る。この残念な脳しか持って居ない二人を相手に話すのは少々不安ではある。


「今回の事件の犯人はフィリアも見たな」

「ああ、さっきの怪しげな女でしょ?」

 仕事帰りに買ってきた酒の栓を抜くと、ニヤニヤしながらグラスに注ぐ。酒に気を取られ、話半分という感じで腐れエルフが答える。

「なに? そんなのいた?」

 濡れた髪を拭きながら、ナサリアもグラスを差し出す。

「お前さんと一緒に、湯に浸かっていた女がおらんかったか?」

「ああ、いたような気がするけど特に気にしてなかったから、顔も見て無いよ」

 ポンコツエルフですら感じる魔力の波長だが、素養さえも持たないナサリアには気付く事もできないのだろう。

「よく殺されなかったのぉ」

「は? なに? そんなに危険な相手なの?」

「うん、危険だと思うよ。多分、人間じゃないから」

 酒をナサリアのグラスに注ぎつつ、フィリアは平然とした顔で言ってのける。反対の手では自分のグラスを傾け、既に飲み始めている。

「私のグラスにも入れてくれんかの」

「お子様は駄目よ」

 保護者のごとき言葉が返って来た。覚えておれ、無駄乳め。

 拳を握り締め「酒を飲ませろ」と抗議をしたいところだが、ぐっと我慢する。誰のせいでこんな姿をしてると思っておるんじゃ! ……あ、私か。

 あとでこっそり飲んでやる。

『残しておくのじゃぞ!』と強力な視線を送るが……みるみる減っていく酒。お前ら、底なしか?


「んで、なんだっけ?」

 思い出したように、ナサリアが口にする。

「ああ、教会の事件の犯人だよ」

 感心薄そうに答えつつ、フィリアは酒を一口あおり、煎った木の実をいくつか口に放り込む。

 美味そうに食っているのを見て、私が横から何粒か取ろうとしたら手を叩かれた。

「ケチじゃのぅ」

「お子様が食べたら毒なんだよ」

「言うたな、お子様ボディのくせに」

「何おぅ!」

 酒が入っている分、滑舌も悪く中途半端に睨む程度で、いつものようなキレはない。

「いいじゃない、そんな細かい事気にしなくてもぉ」

「「うるさい、無駄乳!」」

「あう……」

 細かい事ではない。あの棒切れと一緒にされたくないからの。全く、酔っ払いは扱いに困る。

「で、フィリアは、あの女が何だか分かっているのか?」

「多分、吸血鬼ヴァンパイアだと思うよ」

「ほう、ポンコツの割りには鋭いな」

「あったり前でしょ!」

 酔っているせいか『ポンコツ』という部分はさらりと聞き流したようだ。しかし、吸血鬼だと察しているというのは想定外だった。

「アレは低級ではない。恐らくかなり上級な奴じゃ」

「……の割には、やってる事がショボイね」

 魔力も含め、純粋な強さだけなら、私ともそこそこ戦えるだけのものを持っていると思っている。だがフィリアの言う通り、なぜ嫌がらせ程度の事しかしなかったのか。

 疑問は残る。

 まあ、少しつついて探ってみるのが一番か。


「うわ……。私、良く殺されなかったね……」

 ナサリアが酒を片手に身震いをする。そのグラスの中身を覗き込みつつ、関心無さげにフィリアが酒を注ぎ足す。

「今更か……? まあ、温泉宿に泊まっているくらいなのじゃ。ここの人間と問題を起こすつもりは無いのじゃろうな」

 酔って手元の怪しくなったフィリアから酒便を奪い取ると、私はそれを即座に咥えた。が、出てきたのはほんの数滴。

 かなり強力な酒だと思うが、それを二人は短時間で空けたということになる。

「何じゃ、もう入っておらんのか! この底なしどもが!」

「ひひひー。まだ二本あるよ~」

 こいつらドワーフと飲んでも負けんのではないか?

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