一世一代の屈辱である

「ふう…」

 まったくネズミだの黒い奴だの、悪魔の住処では天敵じゃ。

 特にネズミは大事な大事な家具などをかじりよる。

 私の大事な鉱石ケースも奴らにやられた。

 あの、ヒョロっとした尻尾がたまらなく気持ち悪い。

 今度見かけたら、冥界の門を問答無用で通り抜けさせてやる。


 イライラしながら、ナサリアに着いて行くと、そこは酒場だった。

「私はエールじゃ!」

 ゴツン。

「痛ったい! 何すんじゃ、馬鹿力女」

 私はナサリアを睨んだ。

「お子様がお酒なんて頼めるわけないでしょ!」

「なに! そうなのか?」

 酒は上級悪魔の嗜みじゃぞ。

 私も毎晩、こっそりと父の酒をなめておったのに。

 人間の世の中とは何と不条理な。

「じゃあ、果実酒を!」

 ゴツン。

「痛ったい! 何すんじゃ、馬鹿力女」

「だから、お酒はダメだって言ってるでしょ!」

「あんなものはジュースじゃ。お子様でも飲んで良いジュースなのじゃ!」

 母の居ぬ間に、よく飲んでおるからの。

 悪魔が酒を飲んで何が問題なのじゃ。

 やはり見た目か? 見た目がいかんのか?


 私は抵抗したが、結局、私の前に運ばれて来たのは果実の絞り汁だった。

「せっかく、オーガの討伐代金で気晴らしの酒をかっくらって、大いに唄ってやろうと思っておったのに……」

「どこのオヤジだ、お前は……」

「……棒切れ。私はオヤジではない」

「思考がオヤジなんだよ。そこのおっさんと一緒だ」

「ぬ……」

 おっさんと一緒にされた。

 これは一世一代の屈辱である……と思う。

 あとで覚えていろ、ボンクラエルフめ。


 腹も立っていたが、飯がくればまた違う。

 田舎の酒場とはいえ、美味いものが出てくる。悪魔の世では食えぬものばかり。

 舌が肥えていきそうで怖いぞ。

 そう思いながら、食べ物をつまんではクロの居る空間に放り込む。

「何してるの?」

 ナサリアが覗き込む。

「ああ、クロに美味いものを食わせると約束したからな。約束は果たさねばならん。契約と同じだ」

「律儀ね……まあ、クロちゃんにはお世話になったからいいけどさ」

 ナサリアはそう言って笑うと、大きな肉の塊を頬張った。

 他の二人も会話は無いが、美味そうに食べている。


「それで、私は街に戻ったら自由の身か?」

 酒を飲んで少々赤くなっているナサリアに聞く。

「なんで? 抜けたいの? だめだけどね」

 悪魔の契約より性質が悪くないか? 

「きっちり仕事をこなしたじゃろ?」

「せっかく一緒になったんだもん、もう少し一緒にやろうよ。ねえ、フィリア」

「ん? 私はどっちでも構わないわよ。つるぺたで馬鹿だけど、役には立つからね」

 この際、つるぺたは関係ないじゃろ。

 で、おっさんには聞かないのか? というか、おっさんただ頷くだけで、どうでもよさそうだな。

「仕方ない。もう少しだけ付き合ってやるわい」

 私はこっそりとナサリアの酒を飲んだ後、大きくため息をついた。


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