冷めるじゃろ

 いつまでもフィリアが使い物にならないと困るので、クロには美味い夕食を約束して、一旦帰ってもらった。

 結果的には、クロのおかげで大分楽が出来たので、ナサリアにはとても感謝された。

「可愛い奴じゃろ?」

「それとこれとは話が別」

 アッサリと否定された。

 うん、ナサリアの感性はおかしい。


 すっかり暗くなった森をランタンの光で照らしながら、我々は村へ戻った。

「遅くなったけど、報告に行く?」

「うむ、宿代、飯代、しっかり貰ってからが良いな。怒りもぶつけてやりたい。そういうのは、一晩寝たら冷めるじゃろ?」

 その言葉でナサリアも納得した。

 我々はそのまま村長宅へ向かい、着いてすぐに私はドアを強く叩いた。

「おらんのかー?」

 無視するなら、私の悪魔パンチをお見舞いするぞ。

「はいない…」

 私の殺気を感じたのか、扉の向こうから声がした。

 私としてはすぐに家ごと燃やしてしまっても構わんのだが、人間たちの手前そうも行かない。

 扉が開くのを待って、ナサリアが声をかけた。

「夜分すみません、ゴブリン退治が終わりましたのでご報告です」

「あら、早いわね。ちょっと待って頂戴」

 少し待たされると、中から村長が顔を出した。

「早いな。本当に終わったのか?」

 信じておらんのか。

「ギルドとやらに証明するものを、今見せても良いのだが?」

「そんな気味の悪いもの見せなくていい。分かった。明日、案内に従って確認しに行こう」

 嫌そうに吐き捨てる村長。腹が立つの。

「それとな、文句を言っておきたくてな」

「文句?」

「おぬし、森にオーガが居る事黙っておったじゃろ」

「な…そんな事、し、知らんぞ」

「私が始末したがな。あわよく冒険者が退治してくれる。あわよくば、ゴブリンを退治した冒険者を葬ってくれる。そうすれば金を払わなくて済む、か? いずれにせよ外道だ。下級悪魔以下の思考じゃ」

 私は本気で怒った。悪魔としてのオーラは抑えているが、少しは出ているはずだ。

 抑えなければ、弱いものなら昏倒する。

「で、返答や、いかに? 正直に答えねば、この家ごと燃やしてやるぞ。こちらとしても命がかかっているのでな。命を危険に晒させた仕返しだと言えば、罪にも問われまい?」

「わ、悪かった……。い、いくら払えばいい?」

 その言葉を聞いて、私はため息が出た。

「人間とはもう少し思いやりができる生き物だと聞いていたのだがな。金で解決とは獣以下か?」

「依頼者として、もう少し冒険者の事も考えてください。替えが利くとはいえ、人の命です。情報を与えずに冒険者が死ねば、間接的に殺人をするようなものですよ」

 ナサリアが私の言葉をフォローする。


 この後、村長は非を認め『心からの謝罪』をし、別途報酬をそのまま手渡しでよこした。少しはスッキリした気分で酒が飲めそうじゃ。

 どうもこの一日で、人間らしい思考をするようになってしまったかの……

「チュー」

「今、目の前を通ったのは何じゃ?」

 私は一瞬固まった。

「暗くて良く分からなかったけど、ネズミだと思うよ」

「ネズ………ギャー!! ……雷雲よ、私の求めに応じ大いに集まれ…そして……」

「ちょ、ちょっとまったー!!!! 何、恐ろしげな魔法使おうとしてんのよ!」

 フィリアが私にしがみつく。

「あんなもの黒いアレと同じじゃ! 消し炭にもして良いと青いネコが言っておった!」

「まってまって、思いとどまって! っていうか青いネコってなに? そんなの存在しないでしょ! 何混乱してるのよ」

「いーや、私の目の前に広がる亜空間におるぞ…! ネズミを滅ぼせと、私を……」

 ネズミの苦手な私が落ち着きを取り戻したのは、しばらく経ってからだった。

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