胃が痛い

 一抹どころか、壮大な不安が私の中で渦巻く頃、ようやくおっさんが現れた。

「いやー、今日は暑いねえ」

 最初の一言がそれか。待たせたとか何とか無いのか?

「いや、暑くないぞ」

 フィリアが冷静に突き放す。

「で、依頼、何だっけ?」

 全く堪えた様子も無く、おっさんは頭をボリボリと掻いた。

「あん? ゴブリンの出現に関する調査!」

 フィリアがキレ気味に教える。既に説明済みなのに、何故聞くか、といった体だ。

 だめだ、本当にダメなおっさんが来た。

 身なりは悪くない、外見は…しらん。

 だが、腕は立つと言っていたが、それすら信用できないような雰囲気だ。

 相手がゴブリンだから良いが、もう少しまともなのと当たったらひとたまりもないな、こいつら。

 その時には私はどうにでもなるが、こいつらを守ってやる義理も無い。何と言っても悪魔だからの。

 まあ、何にせよ先行き不安で胃が痛い。

 それとも、さっきの激辛料理とやらが胃にきてるのか?


 食事を終えた我々は、店に頼んで日持ちのする食料を購入する。そして店を出るとすぐ近くにある道具屋で、寝袋とランタンを購入した。

 これで出かける準備が万端となった訳だが、気が重い。

「ああ、ナサリア、そういえば、私は明日、ギルドに顔を出してプレートを貰わにゃならんのだろ、明日戻って……」

「大丈夫、明後日でもその後でも、保管されているはずだから」

 …はずだ?

 また不安にさせるような事を言う。いや、ギルドの登録プレートが惜しいわけじゃないんだがの。

 有った方がなにかと便利だろうし、登録しなおす際に、また保護者が要るとか言われても困る。

 仕方が無い。泥船でも、もう少しは付き合ってやるか。

 いざとなったら一人で帰ってこよう……。

 あたた、胃が痛い。


 一行は街を出ると、北へと向かった。

 馬車でも使えば楽なのだろうが、そこまで遠くも無く、金の無駄を避けたい、という事らしい。

 来た道ではないので、調査に向かう村が何処にあるのかも分からんので、とりあえずついていく。

 しばらく歩くと村が遠くに見えてきた。

「あれか?」

「そうそう、ヨドームの村よ」

「では、その奥に見える森が調査対象か」

 ここから見ても、そこそこ大きそうな森だ。隅から隅まで探すというと相当な時間がかかりそうだ。うん、獣どもや怪物と呼ばれる連中の好きそうな場所だな。

 悪魔が棲むにはちと貧相で品に欠けるな。

 もう少し起伏があって、闇が広がる感じで、こうババーンと……

「なに一人で踊ってるの?」

 妄想しているところに、ナサリアが声をかけてきた。

「お…踊ってなど居らぬ。ちと考え事をしていたまでじゃ。私を阿呆のように言うではない!」

「じゃあ馬鹿だ……」

 棒切れが小さく呟いた。聞こえたぞ。悪魔の耳デビルイヤーは地獄耳じゃぞ。

 睨んだら目を背けおった。

 あとで覚えておれよ。

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