悪魔のような奴じゃ

 カウンターの受付嬢の目がキラリと光る。その口元にはやや不敵な笑みを湛えていた。

「ああ、ごめんごめん!」

 慌てたように、ナサリアが駆け戻ってきた。

「やっぱり保護者いるんだった?」

「やっぱりとは何だ?」

「確か15歳未満は保護者が必要って決まりになってたような気がして……と。とりあえず私が保護者になるわ!」


 いや、もう我ながら情けなくて話にならん。どこの世界に、人間に保護者になってもらう悪魔が居ようか。そんな思考を巡らす私の横で、ナサリアは受付嬢から渡された書類に何やら記載している。


「借りができたの。で、私は何で返せばいいのじゃ?」

「まあ、悪事を働かない事……?」

 おうおう、悪事働く気満々だぞ。何せ悪魔だからの。何かあったらお前が責任を取るという事だなと思いつつ、フンフンとうなずいてみせる。

「それから、依頼を手伝ってくれる事。まあ当分の間、うちのパーティで働いてもらおうかな」

「働くってなんじゃ。めんどくさいのう、しばらく拘束されるではないか」

「嫌ならいいわよ。……って言いたいところだけど、もう保護者のサインしちゃったからよろしくね!」

「……そこは同意を取ってからにせぇよ」

 まったく、悪魔のような奴じゃ。ん? 悪魔は私のはずだ。

 仕方が無いので、私は文句を言いながらも登録書類にサインをした。悪魔とはいえ、契約してしまったらとりあえず約束は守らんとな。

「はい、正式に書類を受領致しました。あとは無理をしないよう、実力を弁えて依頼を選んで、無事遂行してください。明日、ギルドの登録プレートをお渡ししますので、またいらして下さい。」

 受付の女は事務的に答えた。

 悪魔であるこの私の実力を見れば、保護者など要らんという事くらいすぐに分からせてやるのに。情けないやら腹立たしいやらで、破壊活動したくなってきたぞ。

 とはいえ、さすがに手練が何人も混じっていそうなこの場所で、元の姿に戻る訳にもいかん。ここは我慢、我慢じゃ。

 悪魔ともあろう者が、我慢で成長するのかの……トホホ。


「アルデリーゼちゃん」

 名を呼ばれて、我に返る。

 いや『ちゃん』呼ばわりされるのはどうなのだ、私よ?

「何か?」

 少々苛立ち気味にナサリアに応える。八つ当たりという奴じゃ。

「早速だけど、予定通り依頼を受けたの。付き合ってくれる?」

「予定通りって何じゃ、飯くらいは食わせてくれ。今日は朝から串焼き一本しか食っておらん」

「ああ、もうお昼過ぎてるのか。どうせ今日中に終わる仕事じゃないし、今からお昼食べて、アルデリーゼちゃんの旅支度もしようか」

 その言葉に私はほっとした。……いや、いかんいかん。私は飼い慣らされてはいかんのだ。


 とはいえ、腹が減っているのも事実。大人しくナサリアについていくと、彼女は一件の店に入って行こうとする。

「何やら良い匂いがするではないか」

 これが人間の食い物屋か。人間のまともな食い物は初めて見る事になるが、要調査対象じゃな。

 でかい尻を目前にしながら店に入り、ナサリアと向かい合わせに椅子に座る。

 するとすぐに、ナサリアは壁にかけられた木札の文字を見て、店員に何やら注文を始めた。

 なるほど、あれが食事のメニューなのだな。人間の文字くらいは当然読めるので、同じように木札を眺める。まあ、何だかよく分からん名前ばかりだが、適当で良いか。

 ……では私も。

「あの赤い文字のやつをくれ」

「あいよっ!」

 店員は注文を受けるとすぐに奥へと引っ込んだ。

「あ……」

 ナサリアが微妙な声を漏らす。

 ……何だその反応は?

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