3 思い出の空
「小日向響さんについてはすぐに済んだ。立花さんたちが自分らの配偶者だと強く主張してきたからね。」
レイヴンとの対決から2日。その日、イクズスは氷室の執務室に呼ばれていた。
用件はイクズスやヒビキの処遇についてだ。どちらもボランティアみたいなものだったが、正式な身分、というものが公的機関においては口ほどに物を言うのだ。
ヒビキについては、婚約も入籍もしていないのに例の双子の配偶者にされるらしい。なんとも詐欺臭いが、ヒビキならば別に問題ないのだろう。
「君の場合は、申し出もあり、彼らに一旦身柄を預けることにした」
氷室は大仰な椅子に座りながら言う。イクズスは応接ソファに座っている。テーブルを挟んで対面に、金髪の男が座っている。
氷室の言う彼らとは、この金髪の男の一派のことだ。
「やっほ」
人懐っこく、悪く言えば気安い、甘いマスクの金髪の男がイクズスに軽く手を振る。
「エルレーン」
イクズスは懐かしい名を呼ぶ。彼は古い友人だった。
エルレーン・シューベルハウト。シューベルハウト商会を率いる、社長だ。藤川ベース基地を大きく支援しているスポンサーが彼らなのだ。
『い・や・だ!!』
格納庫でドラゴンがやけに大声で拒否する。
彼がそんなことを言う理由は、シューベルハウト商会が持ってきた話が原因だ。
別に難しいことではない。基地祭。外向けのアピールのためにドラゴンや黒を展示する。ついでにマジン・カラミティもだ。市街の方に広告をし、一日たっぷりお祭り気分を堪能してもらうだけだ。
ドラゴンが拒否反応を示しているのは、展示が彼らだけでなく、多国籍軍も絡んでいるからだ。彼らが持ち込んで来るアメリカ製エクスドライバー、フェニックスが目玉である。ドラゴンはフェニックスを見て嫌がっているのである。
『ドラゴン、なぜフェニックスがダメなのですか?これはステルス戦闘機を元にした今後必要な航空支援エクスドライバーでは?』
『そうじゃねぇ!そうじゃねぇ!』
黒が困惑するのは当然だ。物分かりが良く、屁理屈をこねるドラゴンがストレートに拒否するのは理由があるに違いない。
「昔、基地周辺を襲撃したやつと同機種だから、かねぇ」
イクズスは呟く。マオから見せてもらったフェニックスのデータ。これも黒と同じくドラゴンとのパーツ互換があり、合体が可能だ。黒の言う通り、貴重な飛行手段となりうるだろう。実験次第だが、相当な高さまで飛ぶことはできそうだ。
だがフェニックスの機体は、10年前、基地周辺を爆撃した機種に酷似している。ドラゴンが藤川リュウの人格を採用しているAIなら拒否反応も仕方ないことかもしれない。
(果たしてそれだけか?)
イクズスは口にせず、疑問符を浮かべる。ドラゴンが強硬に拒否反応を行うこと。その論理思考は、記憶に起因することに他ならない。前回の黒を説得した時もそうだ。彼には独自のメモリーが保存されているのではないだろうか、と。
『絶対に、共演NGだからな!』
ドラゴンは拗ねるように、まだ言っていた。
基地祭が明日に迫ったその夜。
『サボろうぜ』
本来であれば休眠状態のドラゴンが目を覚ます。コーヒーメーカーでコーヒーを楽しんでいた、格納庫にたむろする2人に言った。
「子供か」
「気持ちは分かる」
ヒビキはその打診に正直な感想を述べた。イクズスはどちらの心情も理解するという意味だ。
「まあ私達はお祭りってガラでもないでしょう」
イクズスの人付き合いは、前よりマシになっている。整備のアドバイスをしたり、戦術の口出しをしたり。ただそれでも、人出のある場所に出て行くのは違うらしい。
ヒビキもそういうところはある。どちらかといえば、懐疑的な立場であったせいだろうか。
「こちらにそう言うってことは、今から黙って出て行って、明日の祭が終わる時間帯に帰るまでのプランは立ててあるんでしょう?」
ちびちびとコーヒーを啜るイクズス。
『そういうある程度了解しているお前が好きだ!』
「そりゃ、どーも」
イクズスからの返事は気がない。素直に好意を表すロボットというのも不思議なものだが。
『基地のセキュリティで突破するのは外周センサーだけだから問題ないぜ』
「ほんとここ基地というにはハリボテだなオイ」
「ここにドラゴンがいるのが最大の警備っていう本末転倒ですよ」
藤川ベース基地は基地施設があるハリボテのようなものだ。今回のような祭事をやるのが前提のスペースなのである。
藤川リュウの子供時代はここで防衛軍が集めた歌唱ユニットでライブコンサートを行ったとか。藤川リエ司令は元ユニットメンバーであるとか。
ともあれ、ヒビキとイクズスは流れでドラゴンとサボることになり、外周センサーを数秒無効化して外へと出て行ってしまった。
「んで、どこに行くんだ?」
車両形態のドラゴンの運転席に乗ってヒビキは聞く。ハンドルもアクセルもブレーキも付いてるし、実際に動くが、目の前では自動で動いている。
『深夜から行くならハイキングだな!』
「そうかぁー?」
いまいちピンと来ないことを言ってくるドラゴン。やはり、人間とロボット、認識の隔たりがあるのだろうか。
「まあ暇になるから寝ておいた方がいいかね」
「ポケット将棋なら」
「どんな用意だ」
ヒビキが背もたれを傾け、少しでも寝る体制に入ると、イクズスは未開封のパックを取り出してくる。いつ買っていたんだ。
「それよか言ってただろ、エクスドライブを狙ってこの基地を襲撃されたって。どういうことなんだ?情報統制がかかっていたにしろ、噂で聞いてもおかしくないだろうに。」
話を真面目な方向に戻すヒビキ。
「大前提の話で言えば、通常ならドラゴンとヒビキさんは会うことはなかったのです」
「ふむ?」
イクズスはパックを黙って開封しつつ、マグネット式の将棋盤に王と玉を出す。その王と玉は1マス空けて隣同士に並べる。
「ヒビキさんの世界にドラゴンがいなければ、ドラゴンの存在を確認できないように、ドラゴンの世界でも本来はヒビキさんの存在は確認できなかった。」
「逆の根拠はないだろ?」
「少なくとも、権藤のマジン技術の公開は2つの世界の交差で、そうだったかのように置き換わっていますよ」
イクズスは王と玉の間1マス前に対面と金を置く。
「本来ならば交差しない世界が交差したのは、ヒビキさんが私を知り得ないタイミングで、私の存在を観測してしまったからなのと、私が異なる別の平行世界と気付かずに反復横跳びを行ったから。」
と金を横にずらして王が玉方向に逃げ、と金が追う。次に玉がと金を取って安全を確保する。
「こいつか」
ヒビキのポケットに入っていた日焼けした古ぼけた写真。これは前の時間から持ち込まれた物品の一つだ。
「だからある時を境に、2つの世界はミックスジュースのように混ざり合ってしまった。客観的に、私とヒビキさんがニアミスしたのはそこらへんが理由でしょう。だから、ヒビキさんは襲撃事件を観測することができなかったという矛盾を引き起こす。もっとも、ドラゴンの世界でも、あれはエクスドライブに対する反対デモ運動が暴動化したもの、と情報操作されていますが、ね。」
「襲撃のために爆撃機用意するかフツー」
前提を軸に話を戻すイクズス。ヒビキは至極もっともなことを言う。
「この一件と藤川リュウの事故は恐らく同一でしょう」
「何でだ?」
「エクスドライブは、なぜ安定出力させるか分からないことを除くと、火力や原子力よりクリーンな画期的エネルギー源。それを嫌がる既得権益はいくらでもいる、というわけですな。」
「それで藤川リュウが死ねばエクスドライブは拡散されなくなるとでも?」
「繋がっていたのは彼。叔母以外に身寄りのない彼を始末すれば終わりだと考えるのは自然なことでしょうね。」
冷酷な分析にヒビキは舌打ちする。
「そいつは不都合な存在だってことかよ」
「そして実際にエクスドライブはじわ売れしている。取引を行うシューベルハウト商会としては、ですが。」
シューベルハウト商会は上場してはいない。扱いとしてはベンチャーだ。だが、新進気鋭の社長として、企業取材を受けている記事が調べれば出てくる。金髪のハンサム若社長となれば、話題性も十分だろう。
「大型まで行くと保守費用でリスクがある。しかし小型なら、ディーゼル発電機よりも安価になり、10年稼働の保証付き。海外の村や貧乏企業に対して売れていて、話題性が広がっている状態ですか。」
「それでいてあの兄さんは大丈夫なのか?」
ヒビキも遠目でエルレーンは見かけた。気持ち悪いほどにクリーンな風貌の男だったと記憶している。
「狙われてますよ、実際には」
イクズスの知るエルレーンと、世間が知るエルレーンは真逆の評価だろう。少なくともイクズスのよく知るエルレーンは、計算高く、残酷だ。彼本人にはさほど力はないが、彼をサポートするスタッフは、彼の安全を確保するために全力を挙げる。
「統一機構も初期は何度か狙ったみたいですが、尽く失敗したので、現在は手出ししてこないとか。いや、彼に聞いただけなんで、本当かどうかは分かりません。」
「と、すりゃあ、否が応にも、藤川リュウはもらい事故ってわけだ。司令さんもよく了解したものだぜ。」
「彼女はスポンサーに応えてアピールする重要性は理解してますよ。素直に喜べなくても。」
リュウとリエの夫婦関係、基地襲撃事件について、エルレーンが理解してないとは考えにくい。意地悪かつ、あえて企画説明を行ったに違いない。だから悪辣だと言うのだ。
「リュウがリエさんたちに出会った時、彼は小学生。恋愛感情が湧くこともなかったし、彼女は4歳年上。子供扱いだったそうです。彼らが結婚をし、子供を作るまでになったのは、事件を境に起こった騒動を彼が解決したからですね。」
「いい話だ」
本当は、リエのアイドルユニットは3人グループで、残りのユア、カスミの2人もそれぞれにリュウに対して恋愛感情を持っていたことは、今は言うべきことではない。
「だから、彼の人格パターンをコピーしたドラゴンが今回の一件を拒否したとしても、ロボットとはいえ強くは言えないんでしょうね」
「あの人、あんまり向いてねぇな」
『そう言うな。彼女は俺やみんなのために、藤川ベースを守ろうとして上に頭を下げている。』
今まで黙っていたドラゴンが走りながら話す。そういうことを理解しているなら、なおさらサボるなとは思う。
「お前なあ」
ヒビキがため息をつく。
「はあ、エクスドライブねえ。そこにドラゴンの人格パターンとやらもメモリーされてるのかね。」
ヒビキがふと漏らしたことに、イクズスが相槌と愛想笑いを止める。
「ドラゴン。君が目覚めたのは、藤川リュウが事故死してから、だったね?」
『そのはずだ。エクス・ソルジャーは休眠状態になったから、代替として俺を開発し、使用可能に持っていった。だが、起動したのは彼の事故があってからだ。』
「オリジナルのエクスドライブってのは解析不可能な部分が多いってことかね」
ドラゴンの説明とヒビキの憶測。憶測は当たらずとも遠からず。現状のエクスドライブはドラゴンが持っているエクスドライブの劣化コピーである。エクスドライブがエネルギー出力元とは別の機能を持つことは、通常知りようがない。エクス・ソルジャーに実際に会っているイクズス以外にそんな推測を立てようがないからだ。
「ドラゴン、これから行く山は?」
『名は知らない。いい写真が撮れる思い出の場所ってとこだな。』
「藤川リュウは写真家だったな。一枚見たが、幻想かと思ったが。」
などと、ドラゴンとヒビキは話を続けている。一方でイクズスは、ドラゴンの人格パターンとAIについて一つの仮説に行き着いていた。
エクス・ソルジャーとリュウは、一つに融合することにより、数倍の戦闘力を発揮していた。
エクス・ソルジャーのエクスドライブをコピーしようと、ドラゴンのエクスドライブをコピーしようと、彼らと同じパターンのAIを作り出すことはできない。
つまり、魂がエクスドライブに宿っていると考えられる。
藤川リュウが人間であることはイクズスも分かっていることだし、否定しようがない。
だが、エクスドライブに藤川リュウのメモリーをコピーしたらどうだろうか。
人間の魂の在処は今を持って解明されてはいない。それをどこでどのように規定しているかは、イクズスも知らない。
任意でなくても、融合し続けたことにより、思い出がエクスドライブに残っていたらどうだろうか。
藤川リュウは飛行機事故により遺体は残らなかった。その魂はどこに戻るのだろうか。そういう答えのない想像をイクズスは行っている。
ただ確かめることはできる。リュウとエクス・ソルジャーでしか知りようのない、とある約束がイクズスにはあった。
*****
天気に恵まれ、老若男女の人出に溢れる華やかなお祭り。複数の出店とオープンカフェで賑やかな屋外。
「いなーい!!」
基地祭が行われるからと再び藤川ベース基地に訪れたセティ。
大手を振ってイクズスに会いに行けると思って来たものの、いくつか場所を見回っても彼は不在であった。
彼女は祭のはずれ、人気のない格納庫裏手で叫んでいる。
「伝言なら承ろう」
呼んでもいないのに出てきたエルレーンが胸を張る。
「お呼びじゃないわよ唐変木!」
本来は初見だが、魂が覚えている相手に失礼な物言いをする。
「彼ならドラゴンやヒビキくんとやらとどこかへ行ったようだね」
全力で貶されたので、素直に正解を明かす。嫌われたくないというより、嫌われると楽しくなさそうというところだ。
「少しは前向きになったのか」
「彼は強い。きっかけ一つだろうよ。」
エルレーンは分かったような口を開く。そんなだから、彼女はエルレーンが嫌いだ。イクズスもそのような物言いをするが、あれはあれ、これはこれである。
「少なくとも私は愛する者が死んだら正気ではいられなかった。彼はそこを踏みとどまり、痛みに折り合いを付けようとしている。真似はできんね。」
彼はしみじみと語る。理解者のつもりで語っているから辟易する。
「はー、手持ち無沙汰」
話のペースを持ってかれないよう、エルレーンの話には極力乗らない。かといって、勝負下着も勝負香水もつけてきた彼女にとって、今は何もしようがない。
「何かネタ探さないといけないけど」
呟く彼女に対して、エルレーンは無言でちょこまかと周りでアピールし始める。ひどくうっとうしい。
「だからお呼びじゃないって」
彼女が強く否定しようとした時、太陽の光とは別の赤い光が輝いた。
それは海側で一条の光とともに降り注いでいた。
*****
世間一般では、休日というこの日。
行楽日和という天気に恵まれて、キャンプやバーベキューを楽しむ家族や学生グループ、カップル客で賑わう中、ロボットが1機、山を登る。その手に乗る男2人も異様な光景の一つだったかもしれない。
とにかく休憩所の山小屋がある頂上まで登りきると、山と森の海が周囲に広がる。
『懐かしいなあ』
「メモリー通りってか」
『そんなところ』
時刻は正午近い。日光が降り注ぎ、ヒビキの黒ずくめでは汗ばむほどである。
「私はここで初めてリュウと出会った」
イクズスが頂上の景色を見ながら呟く。
「その時の私は探し物をしていて、あちこち歩いていた。権藤に人型ロボット技術を伝えたのも、気疲れからの気まぐれだ。そして、リュウはエクス・ソルジャーと共に襲撃から逃げてきたところだった。」
イクズスは休憩所の木製の椅子に座りながら言う。彼の目には幼いリュウの姿が容易に思い出せた。
「住んでいた家も、知り合いも全て見捨てて逃げてきた彼は誰がどう見ても傷ついていた。そういう手合いは、経験もある。しばらくそっとしてあげなければならないと思って、一緒にいた。」
お人好しな奴だとヒビキは思った。そして、こいつは頭を抱えそうほど悲しみを抱いても何もできなかった無力さ、を抱く者の気持ちをやっぱり知っているのだと思った。
「自分の命を守るために行動したのなら、それは正しい。見捨ててしまったのなら、無事を信じて確かめろ。前を向くのも、復讐するのもそれからでいい。しかしただ一つだけ約束をしてくれ、と。」
「何をだ」
『お、それ覚えてるぜ!』
道中買ったコンビニおにぎりを頬張るヒビキ。ドラゴンは明るい声で言い出す。
「覚えてるのか?私は大人になったら忘れてくれと前置きしたはずなんだが。」
『そういえばそうだっけ。確か、思い出と約束は君自身の物語だ、一番大事な所にしまっておくように、だったな!』
「かっこつけ過ぎだろ」
ヒビキはストレートにからかうが、イクズスの目は真剣だった。
「覚えているなら、今更疑いようがないな」
イクズスは残念なような嬉しいような微妙な表情と声色をする。彼は、空を仰ぎ見る。
「まずいな」
「どうした」
ヒビキも日差しを手で避けながら上を見る。太陽とは別方向に赤い光が輝いていた。
「なんだありゃ」
「ドラゴン、異常事態だ!基地に戻ろう!」
『お、おう!』
2人が見た赤い光。それに言い知れぬ不安があり、ドラゴンと共に下山し、基地へ戻る。空の光が、基地の方向に赤く降り注いだのは戻る途中でのことだった。
結果的に言えば藤川ベース基地は無事だった。異常性は基地屋外部分を見れば分かる。祭客はすでに人っ子一人おらず、食事の途中であったろう容器が所々に残され、あるいは地面にこぼしてしまっている。
『ドラゴン、一体今までどこにいたんですか!?』
黒と見慣れない人型ロボットが隣合わせで待機している。黒は生真面目な非難をドラゴンに向ける。
『あー、うるさいうるさい!そんなことよりあの赤い光はなんだ!?』
ドラゴンはヒビキとイクズスを下ろし、変形しながら黒に質問を押し通す。それを待ってましたとばかりに司令やマオ、セティまでもが格納庫から出てくる。
「紅蓮の魔道士を名乗る何者かによってのテロです」
「成層圏に浮かぶ砲台によって気化爆弾クラスの火力を距離50kmの海に落として来た!」
「12時間後に再び落とされたくなければ、まずは核武装を解除しろって!」
と、順番に、あるいは若干食い気味に口を開いてくる。
『えっと、つまり?』
「酔狂な奴のテロだ。何らかの方法で大火力を成層圏から撃ち出し、ピンポイントで攻撃する。目的は不明。愉快犯のそれかもしれない。」
ドラゴンは一度では理解できず、イクズスは要点を説明する。
「この会場の惨状は、あの光が海に突き立ったことで、津波が発生したせいだな。高台への避難誘導は上手くいったというところか。」
「はい、黒とフェニックスのおかげで誘導は滞りなく」
『イエ~ス!ワタシ、のお手柄ネ!』
『うわ、アメリカン!?』
今まで黙っていた黒の隣にいる黄土色のロボットがしゃべる。甲高い声の珍妙な英語混じりの日本語である。
なるほど今までよく黙っていたものである。司令たちも辟易気味だ。
『我こそは紅蓮の魔道士!』
「ハロウィンコスプレかよ」
セティが録画済みであろう犯行動画を見せてくれる。ヒビキの言った通り、犯人は魔法使いのような赤いマントと赤い縁取りの黒法衣を着て、普通の人間よりも頭の大きいカボチャ頭で声を発している。画面の中には字幕が浮かんで、流れている。英語、中国語、アラビア語、日本語、ロシア語だ。
『先の攻撃は威嚇に過ぎない!私からの要求が呑めない場合、12時間後に同じものを落とーす!覚悟したまえー!』
「ちなみに他言語版も動画サイトに上がってます。この男の名前のアカウントで。」
恐らく機械音声のふざけた声を流すと、関連動画も見せてくれる。相当用意周到な犯罪者なようだ。
「宇宙に出るだけならまだしも、成層圏航行できる機種は今の所存在しない。ミサイルで精密に撃てるかどうかも怪しいしな。」
と、マオは砲撃したと思われる黒い物体の映像を見せる。地上からではぼやけており、衛星画像は何か黒いものがある程度だ。画像ではどんな装置かはまるで分からない。
「ですが、フェニックスと合体したドラゴンならば到達できますね」
「計算上可能だと思っている」
イクズスの言葉に、マオが引き継ぐ。
「ドラゴン、ここに来て駄々はこねないね?」
『それとこれとは話は別だ!世界を標的にする卑劣な犯罪者相手にワガママは言わない!』
「よろしい。作戦はシンプルだ。」
イクズスの打診にドラゴンの拒否は無し。イクズスは頷き、そのまま仕切る。
「ドラゴンはフェニックスと合体し、成層圏に浮かぶ目標物を破壊する。この大きさだ。いかなる砲台か分からないが、フェニックスの内蔵火器で一撃だろう。」
『ハイ、ワタシの機関砲で一撃シマース!!』
頼りになるやら不安やらのサムズアップをしてくるフェニックス。
「ただ想定される事態のために善後策を用意する」
「!?いや、無理だぞ!ドラゴンとフェニックスのエクスドライブを直結運用するから成層圏まで到達可能計算であって、同機種他機には不可能だ!」
イクズスの突然の言葉に困惑する周囲。言わんとするところ察して、マオは具体的に口を開く。
「どういうことだ?」
「この砲台はブラフ。実際にはマジンクラスの機体が本体で、そこから撃ち出しているということ。」
ヒビキは説明を求めると、イクズスは明瞭に考えを示した。
「どうだ、マオ?」
「確かに、この砲台は津波を引き起こすほどの大きさのエネルギーを内蔵しているとは考えにくい。」
マオもすでに考察していたことは明かした。話していなかったのは確証がなかったからだろう。イクズスはブラフを推察できたからこそ明かしたのだろう。
「問題なく。護衛機は私が出します。ウイングアームズ!!」
イクズスの掛け声と共に、どこからともなく空から白い飛行物体が現れ、無人の屋台を吹き飛ばしながら着陸する。
「いやいや、お前、こんなのあるなら前回使えー!?」
「世界の技術体系を持っている超技術で簡単に崩壊させちゃいけませんよ」
ヒビキがあんまりにもあんまりなことを言っているが、当人としては手段を選んでられないということである。
主翼が鋭角ではなく、天使の輪のような丸みで、コクピット部が見た目では分かりにくいのが特徴的だ。大きさは通常の戦闘機よりも骨太に見える。まるで変形するためのような。
「それではドラゴン、目標の撃滅をお願いします」
『おう、任せとけ!』
ドラゴンの背中に戦闘機形態のフェニックスをジョイント接合するだけのシンプルな合体をし、エンジンを吹かして、そのまま飛び立つ。
それを追うように、ウイングアームズにイクズスが乗り込む。そして、ふんわりと浮遊するように飛び立ち、フェニックスドラゴンを追って直上飛行を開始した。
*****
「うおあーっ、あっつ!!」
動画で紅蓮の魔道士と名乗った者がカボチャ頭を脱いで投げ捨てる。
彼は赤く、広い操縦席に腰を預けるように座っている。
被り物から出て来た素顔は若者。赤毛を後ろで三つ編みにしているが、男性である。テロをやりそうな狂暴性を顔つきに秘めているところはない。
「だから普段被るのはやめときなって言ったのに!」
男の操縦席の一段下に、黒髪の女と、同じ黒髪で眼鏡をした女の2人がバニースーツの格好でいる。声を上げたのは眼鏡をしてない方だ。
「こういう時の雰囲気は大事にしなきゃなあ!」
などと勝手な事を宣っている。
彼らのいる場所は、砲台ではない。砲台に随伴して滞空する人型マジン、クリムゾンブロウのコクピット内部である。
イクズスの推察通り、砲台はブラフである。実際の砲撃はクリムゾンブロウが行い、光学迷彩とハッキングで下からの撮影と衛星映像の目を盗ませてもらっている状態であった。
「ここでも統一機構が幅を利かせているようだが、頭脳と策謀で、いくらでも人類を支配できるってことを教えてやる」
紅蓮の魔道士は、異世界人であることを隠さず主張する。当然ながら聴衆は忠実なアシスタントにして、嫁である2人しかいない。
「おっと、直下より動体反応」
眼鏡の女のほうが、接近する機体を発見する。数は2。望遠カメラで、飛行機らしい機体と、手足が付いている機体であることが分かる。
「ほう、早いな」
魔道士の予想ではもっと遅いかと思われた。この手の迎撃は牽制で小賢しい手を打ってくると予想していたのだ。
「ふむ、光学迷彩解除。パターンCで対処する。」
「ええ、マジ!?」
「手抜かりはなし、ということですか」
パターンC、全力対処である。小賢しい牽制手であればAの、残念もう少しでなんとかできたのに、と手抜き迎撃をした。手をこまねいているのであればパターンBの、主要都市砲撃である。それで何人死のうが、予告通りに撃ったという腹積もりだったのである。
「相手はこのクリムゾンブロウを確認はしていないが、それ相応の護衛機がいる算段だ。どちらが本命の攻撃機か分からんが、そういうことなら全力で相手をするまでだ。紅蓮の魔道士と名乗るだけの俺の魔力を見せてやる。」
魔道士は全力と宣言するも、相手を下に見ていた。このクリムゾンブロウは、魔道士がマジン技術を拝借して自ら設計し、建造したマジンである。その魔力炉は、魔道士自身である。統一機構のレイヴンの、他者の命を魔力炉の薪にするのとは根本的にレベルの違うマジンなのである。
そして紅蓮の魔道士はその名の通り、紅蓮の魔力を操る。気化爆弾に見えた砲撃も、超熱線とも言える魔力砲である。
「さぁて、楽しませて」
光学迷彩を解除して、クリムゾンブロウの紅の機体を露わにする。今だ余裕を見せる魔道士だったが、接近する2機は散開し、飛行機だったものは人型へと変形する。
「なにィ!?」
直上飛行をしていたから初めから只者ではないはずだが、見誤った魔道士は、人型へと変形した機体の、どこからか生えた剣での近接戦を許してしまった。
「しかもその大きさで、こちらに挑む!?」
変形機の大きさは18mほど。対してクリムゾンブロウは40m弱ある巨大さだ。子どもと大人の比ではない。幼稚園児とスモウレスラーの戦いである。
だが、変形機は些かも臆してはいない。クリムゾンブロウが両手それぞれで出力する魔力フィールドに対して果敢に斬りかかって来る。
「鬱陶しい!」
ハエを払い除けるように、触れれば焼ける魔力を纏った腕で変形機を捉えようとするが、変形機は絶妙にクリムゾンブロウのボディを蹴り距離を取りながら、飛行型に変形する。変形機は飛び出し、正面視界から消える。
「後ろ!」
眼鏡の女が正確に敵の方向を指示するが、後ろへと方向転換した魔道士は、その一瞬で気付く。
「まず」
まずいと言い終える前に、逆光で目が眩み、敵との距離を測り違える。ミスは動きに出て、ガードが遅かった。変形機の剣による縦真一文字が右腕部を損傷させる。
「右腕部魔力伝達系損傷!」
「クリムゾンバスターを狙ったの!?」
ピンポイントに、砲撃していたタネを狙われた。偶然にしろ、驚くべきことだ。
ここでは修理する手段がない。この場を諦めなければ、都市砲撃は不可能だ。
「凧、撃墜されるわ」
変形機だけを気にしている間に、囮だった浮くだけのジャンクの塊が、もう1機の人型ロボットに撃墜された。
「認めよう、自分の不手際を」
魔道士は大きくため息を吐き、反省の言葉を口にする。
「あえて言おう。覚えていたまえ!」
「スラコラサッサだぜ~」
魔道士は芝居がかった台詞を吐き、眼鏡でない女がそれに続く。眼鏡の女は黙ってクリムゾンブロウの光学迷彩を起動し、機体を現空域から撤収させた。
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