2 黒のエクスドライバー
イクズスやヒビキが藤川ベースにやってきて2日。その日は黒い大型車両が外からやってきた。
2トントラックのような前部が後部まで続いているカタギの車両には見えない車だった。それもそのはず。それは中国で製造されたエクスドライブマシンである。
ドラゴン・ソルジャーと違い、最初から戦闘用を意識した火器装備を内蔵したエクスドライバーなのである。
ドラゴンと同じく、変形し、人型になる。頭部にしろ、プロポーションにしろ、ドラゴンを模倣したことが見て取れた。
『自分は
「マジメだなぁ」
ヒビキは中国製らしくないとでも思っているのだろうか。ビシッとした敬礼を見せながら生真面目な挨拶をする人型ロボットに若干引き目だ。
ヒビキは愉快なおじさんである。イクズスと違い、基地の人員とかなり打ち解けてしまっている。それらのノリと比べると真面目すぎるのだろう。
『俺がドラゴン・ソルジャーだ。よろしくな。』
ドラゴンが変形し、挨拶をする。見比べてみれば歴然。背格好こそ同じだが、黒の方が腕や脚に重量感がある。
『はっ、データには登録済みであります。今回の捜査協力、ありがとうございます!』
『こんなに堅くて、大丈夫なのか?』
黒は堅苦しくドラゴンにも直立不動の敬礼を行う。ドラゴンは黒を直視してから、イクズスたちに視線を移し、心配そうにする。
「そのために私も付いて行くんだから我慢しなさい」
『へいへい』
黒のAI習熟組成期間はたっぷり2年という。藤川ベースに来るまで実戦も何度か経験している。本来なら心配はないはずだ。
だがどうしてもドラゴンと黒の思考方向は違う。特にドラゴンの論理思考はロボットっぽくないのだ。
ドラゴン・ソルジャーは、藤川家で管理されたエクス・ソルジャーを元にしたエクスドライブ試験機である。データ収集するべき要素はたくさんある。今回の黒との共同作戦はその一貫でもある。作戦が上手くいけば、黒は一時的に藤川ベースの預かりとなる。
その作戦とは、現在、黒を所有する国際警察の捜査協力であった。
日本国内からの兵器密輸。穏やかでない犯罪検挙のため、エクスドライバーを使う。これは国際協力だけでなく、国家安全を脅かす者達から国内を守るという威信を守る行為でもあった。
それら高等な判断を、防衛軍の日陰部署の全預かりにするわけはない。日本国としても、警察のそれなりの人物を派遣していた。
「
黒髪の細面、いわゆるひとつのイケメン。若く見えるが、30代。階級を見れば当然。それでも若いが。
指令所で緊張感漂う中、彼はそう自己紹介した。
「あなた方、藤川ベースの行動を監視するために来ておりますが、過度に警戒なさらないで下さい。当方、ある程度情報を持っております。」
彼は最初から目的を明かし、微笑みを浮かべて緊張を解そうとする。
「よ、よろしくお願いします」
同じく若い女司令は困惑しながら会釈するのみだった。
「本来は秘書官も紹介するのですが、この通り、付いて来ませんでしたので、また後程」
「はあ」
栄治はばつの悪そうに言う。彼が基地に訪れた時、女性秘書が2人いた。その2人がどこに行ったかというと。
「ヒビキさん!」
「どういうことですか!?」
イクズスがドラゴン・ソルジャーの乗車席に乗り、黒と共に出発しようとした時、氷室たちが到着した。氷室と一緒にいた秘書というのが、立花風吹と高嶺の双子姉妹だったのである。
ヒビキを見つけたら詰め寄ってしまう。当然の結果だ。
「そりゃまあ、軍の基地にいるなんて連絡はできんだろ?」
出るところが出て、凹凸素晴らしい肉体に育った姉妹。風吹は黒髪のまま、高嶺は髪の一部を金髪にして色気づいてしまっている。
双子なので顔はそっくりだが、声は大違いである。
「それもそうなんですが、それもそうなんですが!」
「近くにいるなら、もっとこう、あるでしょう!?」
「はいはい、ごめんなさーい」
双子の言わんとしていることは、ヒビキも理解する。なので、ちっとも反省していない謝罪をしながら、双子の肩を抱いて叩く。彼はすぐそういうことをする。
そもそも彼は約10年前に別れてから、SNSで連絡はしていた。彼としては遠距離恋愛のつもりだったが、当時思春期の女子たちはそうはいかなかった。普通の学生を演じながら、大人の男性の匂わせに悶々としながら生活していたのだ。彼の望む通り、学業をクリアし、公務員となって立派な
「まー、食事でもして互いの交流を深めよう。な?」
「ほんとに、言いたい事たくさんあるんですからね!」
「あたしも、あたしも!」
風吹と高嶺はそれぞれ言って、ヒビキの腕の片方ずつに腕を絡ませ、自然に密着する。
「はははは」
ヒビキは笑いながら、ドラゴンの乗車席にいるイクズスにウィンクしてから、双子と共に基地食堂へと向かって行った。
そもそもヒビキは一緒に行かない。彼は捜査や探索といったことに不向きだと自ら言っていた。
『以前やった時は実質1日で3連戦とかハードスケジュールになったから、相性悪いんだわやっぱり』
ヒビキが疫病神たる由縁なのだろうか。会いたくない時に会えるようなものだろうか。胡乱な能力だが、死活問題なら仕方ないことだ。
そういうわけでヒビキを尻目に2機と1人が出発するのであった。
イクズスが付いて来るのは理由がある。
まず一つに極秘捜査であること。密輸の被疑者がたむろするという場所は藤川ベースに近い住宅街である。専門捜査官以外をぞろぞろと歩かせるわけにはいかない。
二つ目にそれでもエクスドライバーの専門知識を持つ者が必要な事。それであれば、マオでもできそうなことだったが、マオ自身が拒否した。だからイクズスが選ばれたのである。
「さてと」
昼間の幹線道路で、ドラゴン・ソルジャーから降りたイクズス。ドラゴンはともかく、道幅の狭い日本では黒の大きさはとんでもない。彼では住宅街の細い道を通ることはできない。
「それじゃあ黒は人型モードで捜査開始。迷彩バッテリーには常に注意だ。」
『了解です』
黒に日本の居住区は目立ちすぎる。かといって置いて行っては何のための協力捜査か分からない。黒が光学迷彩機能を持っているので、それを使い巡回を行うことになった。
黒の光学迷彩はゆっくり歩くなら途切れないものだ。とはいえ存在感は消せないので、野良犬野良猫、鳥類には気付かれてしまうだろう。見つからずに異状を発見することが重要なので、そこは気にしないことにする。
イクズスとドラゴンは、共に住宅街を普通に巡回する。イクズスの格好が少々目立つが、ドラゴンと共にいれば警察官という言い訳は立つ。
最初はそう思っていた。
「うおー!ドラゴン・ソルジャーだ!」
すぐに顔見知りに見つかってしまった。小学校帰りの黒のランドセルを背負った子供。黒髪の少年だ。
『タケル、現在は仕事中だ』
ドラゴンの顔見知り。それもそのはず、少年の名は藤川タケル。藤川リュウと、リエの息子なのである。現在10歳。エクス・ソルジャーと出会った時のリュウよりは若干幼い。
「何の仕事!?協力するよ!」
当然の反応だろう。ストレートに邪魔と言わないだけドラゴンは優しい。
「ふむ、少年。ヒーローは人々の影の中に潜み、悪を討つものじゃないか?」
見かねてイクズスが助け舟を出す。
「お、おう!おう!そうだ!」
「子供たちの協力者は確かに必要だ。だが、ヒーローは我が身を顧みない。危険なことにわざわざ首を突っ込ませたくないものだ。そうだろう?」
「う、ううん、確かに!」
少年の目線で、少年の興味をどんどん引いて行く。意識はほぼイクズスの話だ。そのスキを狙って、ドラゴンは巡回を再開しようとして、前方に明らかに怪しい黒タイツの人影が様子を伺っているのが見えた。
狭い街路故、徐行はしつつも前方へと接近を試みるドラゴン。だが、黒タイツの人影は、慌てて逃走した。丁度、丁字路だったらしく、ドラゴンが岐路に来るときには黒タイツは姿を消していた。
『黒、そちらはどうだ?』
『いや、こちらは手掛かりはない』
黒の方では手詰まりのようだ。
『イクズス』
「うむ、いったん合流しよう。東の丘、来れるかな?」
『了解しました。そちらに向かいます。』
タケルの興味を引いていたイクズスに判断を投げて、いったんは合流することに決めた。
市街東の丘。そこは藤川家の一戸建てのあるエリアでもあった。
「じゃあなー、おじさーん」
イクズスは手を軽く振り、別れを言うタケルを近所まで送り届ける。
小さなトラブルはあったが、手掛かりは得ている。あとは場所である。
『しかし、密輸組織はなぜ住宅街にアジトを構えるんだ?』
「藤川ベースのある街は海が近い。となれば、取引をするにしても、物品を運び込むにしてもアクセスはいいだろう?」
『それは確かに』
「関係者がバカみたいなスタイルとは考えにくいが」
ドラゴンの疑問にイクズスは答える。彼の説明は明瞭なものだ。ただ、イクズスとしてもドラゴンの目撃した黒タイツが関係者というのは疑問に思うらしい。
『いや、それで当たりだ。我々の探す密輸被疑者はそれなんだ。』
合流した黒は、黒タイツの人影を当確と言う。信じられない話だが、一方で話が早いとも言う。
「黒、ちなみになんだが、この黒タイツの情報の開示はできるか?」
『ノー。認められない。』
イクズスの問いに黒の答えはストレートだ。取り付く島もない。AIにアドリブを利かせる機能はない。
「それは仕方ない。なら同じルートを巡回した後は藤川ベースで合流だな。」
『了解です』
『むう、了解』
黒は事務的な返事だが、ドラゴンは不満そうに返事するのだった。
*****
藤川タケルは小学4年生だ。母の名はリエ。藤川ベース基地に勤める。父の名はリュウ。タケルが物心付く前に亡くなった。
飛行機事故。遺体は残らず、遺品としてカメラが残るのみだった。リュウの叔母のエリや母、近しい友人の意向により、名ばかりの墓が庭の端っこに作られた。生前のリュウが好んだ場所だからだ。
タケルが父の秘密を知ったのは、藤川ベースにあるドラゴン・ソルジャーの存在を知ってからだ。
写真家であった父だから、家の中は様々な写真でいっぱいだった。エクス・ソルジャーと子供の時の父の写真もその一つであったのだ。
だから自然にタケルもドラゴン・ソルジャーと共に自らも戦うことに憧れてしまった。片親がおらず、母もほとんど帰ってこないという今では、憧れがタケルを突き動かす原動力になっていたのも、想像に難くない。母に代わり、タケルの面倒を見るエリも、彼の性向には困り果てていた。
かつてのリュウは内向的で、お世辞にも外に出て無茶するような子供でなかったことにも起因するだろう。
だからその日も、学校から帰ってきたタケルが、すぐに外出しても、止めることはできなかったのである。
「ヒーローは、影に潜んで悪を討つ。今がその時だ。」
子供にとって、地元の街中は庭のようなものである。最近どこに何があって、何が怪しいのかは見分けてしまう。タケルもまた、私有地で、怪しげな建物を何軒か知っていた。タケルくらいの年頃は私有地と他の家の庭との区別があまり付いていない。入ってはいけないなどと思わず、ずけずけと敷地内に入っていってしまう。しかも、怒られたら怒られたで逃げるだけのことという認識だった。
そんな風に入っていった建物は、普段シャッターが閉まっている物件だった。タケルの認識では、シャッターの中には車が入ってるものということだったのだ。
しめしめと明かりの無い建物の中に入り、地下への階段に物怖じせず入る。
「うわっ」
地下の階段を降りてすぐに、タケルは声を上げてしまった。
地下の空間にロボットが3機ある。内2機は腕や足がなく未完成だ。だが1機は完成状態にある。
武器の密輸のための保管庫などではない。完成品を運び出すための準備を行っているのだ。そして、そこで働いているのは全身黒タイツの者達であった。
「まったく不用心な部下どもだ」
無様に尻餅を付いてしまったタケルの前に2メートルはあるだろう筋骨隆々な男が現れる。
「だーがーしーかーし」
もったいぶった言い方をするマッチョ。彼はタケルの脚を掴んでそのまま持ち上げてしまった。
「わああああああ!!」
宙に逆さ吊りにされたタケルは大声を上げる。
「この子供が人質にいればエクスドライブのロボットは手が出せまい。入り口を開けたままにした罪は不問とするぞ!」
マッチョは機嫌のいい声で外道さを強調する。タケルはまんまと罠にハマってしまったことや、自分の想像力の無さを考えるよりも、あまりにもカッコ悪いことを恥じるのであった。
「ニアクロウ起動だ。もはやここでこそこそと作業などせんでもいい!」
マッチョはそう宣言し、完成済みのブリキ人形を起動させることを命ずるのであった。
*****
日が沈む頃、それは起こった。ドラゴンや黒が固まって巡回する中、建物を突き破って出現するロボットの姿があった。
サイコロやコンテナを繋ぎ合わせた凹凸の無い装甲版に、やる気のない目と口を模しただけの頭部、まったくこだわりの感じられない機能としての手足。
一昔前のブリキ人形とも言えるロボットが閑静な住宅街に現れた。高さは10階建てマンションくらいだろうか。
「ファーッハッハッハッハッハ!!」
そのロボットの首元から声が上がる。拡声器を使っているようである。
「あれは」
出現した男の姿に見覚えがある。彼が携えている少年に見覚えがある。
イクズスはそれらを見上げ、眉間にしわを寄せた。
「ニアクロウじゃねぇか。とするとありゃあレイヴンか。」
藤川ベース基地から見えるロボットの姿を視認するヒビキは豆粒のような男を細目で見て、呟く。
「そこにいるエクスドライブのロボットよ!これが見えるな!?」
マッチョの男、レイヴンは腕と胴をぐるぐる巻きに縛ったタケルを見せるように出す。タケルは眼下がかなりの高さで目がくらみ、宙に浮かぶ足が落ち着かない。
「人質たぁ、絵に描いた外道だなオイ。知ってたけど。」
ヒビキはそんなことを言っている。しかし、望遠カメラでタケルの状況を見た指令所のリエは言葉を失う。
『指令室!発砲許可を!』
そんな中で黒が通信を入れる。それに対し、リエは許可を出せない。
黒の許可申請は至極もっともなことだ。テロリストの要求は呑まない。人質に構わず、レイヴンを撃ってしまえばいいことだ。彼は兵器であり、兵器密輸の阻止に来ている。人命優先事項はないのだろう。
『待て、黒!タケルに当たる!絶対に撃たせん!』
ドラゴンは当然黒を止める。テロリストどうこうよりも命を守ることを優先する。
『しかし、テロリストに譲歩してはいけない』
『んなこたぁ分かってる!方法を考えろ!』
『方法など他にはありません。撃てば終わります。』
『それは結果だ。俺の言ってるのは、0か1じゃない。1から10に至るまでの方法を考えろと言っている!』
ドラゴンの乱暴な説得に黒は口を噤む。
「あまりいじめてやるな、ドラゴン」
黙っていたイクズスが下と上を交互に見ながら口を挟む。
『しかしな』
「君の言う通りだよ。人質を助ける。それから撃つ。それを考えてやればいい。」
『別に俺は考えがあって言ったわけじゃないぞ』
「問題ない。他人を出し抜くことにかけては私は天下一品のつもりだぞ。」
黒をハッタリで止めたことといい、優先目標が臨機応変だったり、よくよくドラゴンは尋常でないAIをしている。これではまるで人間だ、とイクズスは思う。
ただそれも含めて、取れる作戦はあると彼は不敵に笑う。
「いいか、人質を助けたければ、まず地下にあるニアクロウの部品を運び出すアシを用意しろ!」
レイヴンが一人で叫んでいる。そう、奴一人しかいない。
「作戦と呼べるか分からないが、シンプルだろう?」
『ああ、任せたイクズス』
『こんなやり方聞いたことはありません。だが命令は完遂します。』
イクズスはシンプルなやり方を教えた。作戦でもなんでもない。
「よし、行くぞ。ドラゴン、高さ計算を間違えるなよ。」
『問題ない』
人型モードになったドラゴンは、イクズスを掴み、そして投げた。イクズスは空高く舞い上がり、ニアクロウの頭頂部よりも上へと昇ってから、落下が始まる。落下地点は、レイヴンのいるところだ。
「ははーん、甘いわぁ!!」
そんな脳筋の人質救出は許さないとばかりに、ニアクロウの腕部でイクズスを払い除けようとする。普通に人質を始末すればいいのだが、レイヴンはそれをしないと読んでいた。黒も生真面目なら、レイヴンも生真面目なのだ。つい先日も、撃って倒せなかったから、もう片腕で始末しようとした。彼は自分から選択肢を狭めて、存在する要素を見落とす。
イクズスに視線を集中したレイヴンは、対面するドラゴンと黒から視線を外してしまった。
『黒、今だ!』
『了解!』
黒はショットガンでニアクロウの腕部を正確に撃ち、イクズスを払おうとする動きを妨害する。
「な、何ィ!?」
まるで気付かなかったように驚き戸惑う中、イクズスは自由落下を終えてニアクロウに着地する。
「貴様、この人質が見えんのか!?」
接近されたレイヴンはタケルを突きつけ、最後の脅迫をかける。タケルは怖がってはいるが、泣いてはいない。ただ暗がりでハーフパンツが濡れているように見える。仕方ないだろう。イクズス自身も今回強がってやったが吐きそうなほど怖かった。自分が高所恐怖症なことを先ほどまで忘れていた。
「お前も忘れたのか。ついこないだのことを。」
レイヴンはイクズスを相手にして、何もできなかった。はるか上役である統一機構総帥を前にしてとんでもない失態である。
「彼に何かあれば貴様を殺す。だが貴様が彼だけを渡せば、私はお前を見逃す。」
イクズスはすでに刀に手を掛けている。レイヴンは、あの抜刀を一切分かっていなかった。なぜ、どうやって斬られたのか、その理屈が分かっていなかった。
その理解できない技を、魔術の類と勘違いするのは、ある種仕方なかったとも言える。
「く、くぅ、分かった」
レイヴンの脳裏に一瞬閃く悪魔的発想。恐怖からではない。ここを凌ぐため、身の安全のための勇気ある決断である。
「人質を、返そう!!」
彼はそう言ってタケルを横に投げた。イクズスも、一瞬後にタケルに向かって跳んだ。
「わあああああああ!!」
タケルの悲鳴が響く中、イクズスはタケルをキャッチする。ここからは賭けに似ている。落下地点を計算してドラゴンに受け止めてもらうのはいい。果たしてそれでイクズスの身体が耐えられるのかが問題だ。
『問題ないッ!!』
ドラゴンの声が聞こえる。彼は黒にリフトさせ、ジャンプしてイクズスの飛び降りを受け止めたのである。ドラゴンが着地しての衝撃こそあるが、許容範囲であろう。
「九死に一生だ、ドラゴン」
『まったくだ。肝が冷えるとはこのことだよ、イクズス。』
本当はやっぱり怖かったイクズスがジョークのつもりで言うと、人間みたいな比喩表現でドラゴンが返してくる。
「お、おのれ、運のいい奴らめ!だが、約束通り見逃してもらうぞ!」
「ああ、構わんよ。私は見逃そう。」
レイヴンが得意げになって言うものの、黒は銃撃の構えを解かない。ドラゴンも、脚部から専用拳銃を出し、構え始めている。
「だが、こいつらは見逃さないだろう?」
「きっ、きっさまぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ただイクズスの口車に乗っただけのレイヴンの声が響き渡った。
それを合図に、ドラゴンと黒が集中攻撃を掛ける。レイヴンはニアクロウ内へと乗り込み難を逃れる。
「おのれおのれおのれェェェェ!!」
ニアクロウにダメージはある。同じ攻撃を何回か当てれば撃破できるだろう。だがその前にレイヴンが直接的に暴れ始めた。ドラゴンと黒を排除しない限り止まりはしないだろう。
『大声を出すな!もう夜中だぞ。近所迷惑を考えないか!』
単純な物理攻撃で何とかしようとするニアクロウに対し、ドラゴンは更なる挑発を加える。考えなしの言葉ではない。誘導だ。
ドラゴンはニアクロウを港湾部の方向へと誘導を掛ける。
「AIのロボット風情が!」
レイヴンはドラゴンをターゲティングして、先回りしようとジャンプし、レイヴンの頭上を飛び越して立ち塞がる。だが、そこを黒がスナイピングで牽制し、ニアクロウにドラゴンへの接近を許させない。
『助かる!』
『問題ありませんよ、これぐらいは自分も』
「貴様らの攻撃など、豆鉄砲にすぎんわぁぁぁ!」
ここに来て、ドラゴンと黒の連携はピッタリはまってきた。だが火力が今一つ足りない。
『問題ありませんとも。ドラゴン、合体しましょう。』
『ああ、合体。合体!?』
ドラゴンには初耳だ。だが、黒からの通信で合体データをダウンロードされると、概要は把握できる。さほど、難しくもないことだ。
『まったく、どうなっても知らんぞ俺は!』
「人形共が、何をしようと無駄だ!!」
レイヴンはようやく思い出したかのように腕の機関砲を使う。弾幕はあたりに埃を舞い上がらせる。
その間に、ドラゴンと黒は合体を終えている。その姿はシンプルなものだ。ドラゴンに黒いゲタを履かせ、上半身を黒が覆っている。黒の防御をドラゴンに載せているのだ。
『ちょっと動き辛いが、相手がこれなら丁度いい!』
『ウェポンセレクト、いえ、ちょっと待ってくださいドラゴン!?』
『ハード、ブレイカァァァァ!!』
黒の特徴は携行兵器の使い分けにある。また自ら使える内蔵火器も装備している。現在ドラゴンの右腕部に合体しているガンランチャーはその一つである。それは、通常射撃するために使うのであって、接射は考えられてないし、暴発の危険性がある。
それをドラゴンは、黒の加速力も加えて突撃し、パンチをしながらランチャーを炸裂させたのだ。
「バ、バカなぁぁぁぁ!!」
ニアクロウはその一撃を受けてボディに大穴を開けながら吹き飛び、海に沈んで爆発する。水しぶきの中から、手足の付いた球体が真上に飛んでいく。ニアクロウは倒したが、レイヴンは脱出してしまったようだった。
「うむ、終わったな」
イクズスは港湾区の方向を見ながら、息をついた。そして肩車していたタケルを降ろす。タケルは泣かなかった。漏らしたせいか多少内股だが。
「君は君の戦いがある。だが、お母さんを心配させないように。」
「は、はい」
「心配ない。お父さんはお父さん。君は君だ。いつか君にも、君のヒーローができるさ。」
イクズスは膝を着いて屈み、落ち込んでいる子供の両肩にやさしく手を置き、励ます。イクズスもかつて自分にはできなかったヒーローを羨ましく思ったことがあるからだ。
「今からできることは、大人の言うことはちゃんと聞き、勉強することかな」
「はい、がんばりまぁす!」
そこで堰を切ったように彼は涙をこぼした。声は裏返り、嗚咽を出す。
「ああ、怖かったな。怖かったともさ。」
イクズスも自分に言い聞かせるように、そして同時にあやしながら、タケルの背中を優しく叩いた。
*****
「んー?」
ニアクロウとの戦いの事後処理、ドラゴンと黒のメンテナンスで慌ただしかった夜も更け、時間は深夜。保安灯のほのかな明かりしか点いていない格納庫は静まり返っている。
ヒビキはイクズスの姿を探して格納庫の外を探すが、座り込む彼の姿はない。
ならばと格納庫内を覗き込むと、内部で宙を見上げている彼がいた。
「よう、飲むか」
「缶コーヒーですか」
「嫌いか」
「微糖なら。あとコーヒーはちゃんと淹れたのが好きです。」
「そりゃそうだろ」
ヒビキの出した缶コーヒーの文字を確認して、彼は蓋を開ける。ヒビキとて淹れたコーヒーのほうが好きだ。
「今日は随分無茶したなぁ」
「思い出すと本当に怖いですね。足の感覚がないですよ。」
ヒビキからすれば満点の大立ち回りで、冗談にしか聞こえない。なおイクズスは落ちる感覚を思い出して現在目を瞑れない。
「お前は」
ヒビキは、イクズスの変化について突っ込もうと言葉を口にして、躊躇う。
「私はどうしたいんでしょうね」
イクズスは自問する。それはヒビキが聞きたい事だった。今日の彼ははっきり、矛盾だらけだ。何もする気がないと言いつつ、積極的にドラゴンに協力をし、レイヴン相手に一歩も退かなかった。怖いと言いながら、その身を前に出すことに、何ら躊躇いはなかった。
「体に染みついた行動は否定できない」
イクズスは右手を握り、開いて見せる。その手は震えている。
「私には正義なんてものを主張する気は毛頭ありませんよ」
「そりゃ、俺も同じだ」
ヒビキとてそれは同じことだ。青臭い正義論を振りかざしたいわけではない。
「私は未来を見る力を持っています」
漸く、イクズスは自らのチカラについて打ち明けた。
「未来と言っても、1秒先程度のものですね。いわばコンピューターの予測、弾丸の軌道、アクションの出がかり、そういうのを読むことができる力です。」
それはカウンターにかけて最適な能力と言えよう。先日のレイヴンとの戦いで見せたのはそういうことだったのだ。
「ただこれは発動すると視界全部計算開始するんで、人間の脳が普通にやると2、3回で焼け死にますね。ずっと昔は魔力代用で何度でもできたんですが、今は厘の境地が精々。実はもうほとんど使ってません。」
「嘘だろ?」
「いやぁ、マジでマジで。動体視力鍛えて、経験とカンで補う方が頭を使わなくていいんですわ。」
イクズスは無茶なことを言っている。こいつはこの姿で何年生きているのだろう。正気じゃない考えだ。
「だからですかね。死ぬのも視えるんですよね。」
「お前」
「一秒先の死が視えると、身体が動く。生きる方に向かって。それでも一歩踏み込む。それが最高の結果を生み出す。ミスると死ぬ。ま、生きてるんでミスってないですね。だから、自分は狂ってるのか、生き足掻いているのか、どうしたいのかってね。」
空っぽの缶コーヒーを置いて、いつかのようにイクズスの襟首を掴む。文句があるわけではない。そうしなければいけないと思ったからだ。
「てめぇ、生きたいなら生きろ!」
「そうですね。そう、ですね。」
病気。あるいはそういうPTSDなのか。
ヒビキは手を離して、イラついて足を床にストンピングさせた。どうすればいいか分からない。
自分の時とは違う意味で、自分の命に価値を見出していない。こいつの心を開かせるにはどうしたらいいものか。ヒビキはため息をついた。
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