1 死神
名はイクズス。もはや元の人間の名を呼ぶ人はいない。
死神。初めは自ら名乗り、そしていつの頃か捨てた。だからか、今は敵対者から死神呼ばわりされるようになった。
イクズスの始まりは一つ、辿った道程と結末は複数。今この場にいるイクズスは、今でも生き足掻いている死に損ないのイクズスだ。彼の旅の道すがら救った人もいる。
死の運命から助けた女の子もいるだろう。
途方もない破壊神を相手に共に戦った魔道士もいるだろう。
複製として生まれた者の寿命を延ばしたこともある。
鋼鉄の鎧を身にまとった戦士と共に戦ったことがある。
しかし、見過ごした者も多い。彼は神のようなものであって神ではない。困難な道を選んで、永く生きることになった、この多重螺旋世界の旅人だ。帰る場所はすでになく、また行った場所もすぐに去らねばいけない。
今のところ、彼にどこも寄る辺はなかった。だがそれでも、人間の生活、人間の世界を巡り、どうしようもない理不尽に立ち向かっていた。
もっともそれは、一人だけの旅ではなかった。
ラフィール。桃色の髪を持つ可憐かつ残酷な、よほど死神の名に相応しい大鎌を持つ女性。当初、イクズスの監視者だった。
旅の中で彼女の上司筋とは連絡が取れなくなり、相棒でも恋人でもなく、旅の道連れとして、彼女とは連れ添っていた。
『よくぞ、そこまで磨いた!よくぞ、そこまでの刃となった!だが、貴様はその力故に永遠に苦痛を味わう!』
とある魔王の呪詛。その魔王こそラフィールの上役、力の源。それを斬り、滅ぼしたが故に、彼女は倒れた。イクズスの読みが甘かった。幸いなことに魔王に紐付けられた彼女の命が失われるまで、別れの時間ぐらいはあった。
「私はもう終わり」
腕の中にいた彼女は重量を失っていた。そこにある、という存在感が失われている。
「貴方は最後まで迷った。けれど、すべきことをしてくれた。それを恨んだりはしません。」
彼女は涙を流さず、まっすぐイクズスを見つめていた。イクズスは何か言おうと唇だけ動くが、言葉にはならない。
「私たちの生きる世界の輪廻は複雑で単純。運が良ければ、またすぐ会えます。その時は、ちゃんと甲斐性、持っていてくださいね?」
「ああ」
死の間際まで彼女の憎まれ口は止まることなく、それに対する微笑みの返事を最後に、彼女は逝った。遺体も形見の品も、何もかもがなかったように消失する。
イクズス自身、そこに確かにあった存在感を思い出しながら、久しぶりにすすり泣いた。
親しい者の死があっても、奇縁で結ばれた覇王を斬り殺したとしても、イクズスの旅は途切れることはない。
彼に自ら死を選ぶ勇気はなかった。貰い続けた願いと思い出を背負いこみ続け、心が折れかかっている状態であるものの、何よりそれらのおかげで、ギリギリ生きていた。
しかしとある世界に辿り着いた時、知った事実に打ちのめされた。
それはありふれた過去の記事。約10年前に写真家が飛行機事故で死んだというのものだった。
その写真家は、ラフィールが死ぬ以前に、交流したことのある人物だった。当時の彼は10代の少年だった。名を
エクスドライブを持つロボット生命体との交流を持ち、一つの戦いを経験した少年。彼のおかげで、エクスドライブという新エネルギーがもたらされたが、それを良しとしない人間たちの悪意によって彼は逃げ出さざるえなかった。炎に巻かれた故郷を脱出した彼は、山奥でイクズスと出会った。
イクズスは気紛れで権藤雷生という男に巨大ロボット製造技術を供与したところだった。
リュウがエクスドライブを持つ変形ロボットを伴っていた。イクズスはそれに興味を持ち、世話を焼いたのがそもそもの始まりだった。
それ自体は半年程度の付き合いで、彼がその後どのようにしていたか、異界の化け物ディレイフニルをどのように倒したのかは分からない。
ただ、その時に傷付いた彼を、帰る場所に送り届けたのがイクズスの最後の関わりだった。
人との出会いと別れは、世界を旅する上で避けようのないことだった。それを思い出として胸にしまい込み、新たな旅に向かうのが普通だった。ただそれでも、関わりのあった人の死は、無情感にとらわれた。たとえ、世界と世界とを股に掛けて歩き続けようとも、普通の人間とは違う力を持っていても、過ぎ去った命はおろか目の前の命をも救うことはできない。
それら無力感に苛まれ、彼は柄にもなく誰もいない桟橋で落ち込んでいた。
「イクズスさん!」
聞き覚えのあるような、ないような。なにやら懐かしい声がして、視線だけを向ける。この世界で女性の知り合いはいないが、もしかするとリュウから噂を聞いた者がいたかもしれないと思ったからだ。
「イクズス、さん」
声を掛けてきた黒のライダースーツの女性は、声に嗚咽し、涙ぐみ始める。それ以上言葉が出ないのか、後ろからやってきた目つきの悪い男が前に出てくる。
その男の黒ずくめな格好に懐かしさと怖れを同時に感じながら、見上げる。
「お前が、イクズス、か?権藤とマジンを開発した、という。」
「ええ、まあ」
とりあえずは否定しない。権藤雷生に出会ったのは、この世界では昔だろう。しかしイクズスの時間感覚では、ついこの間に思う。
彼の関係者とは驚きだが、随分と妙な縁から探ってきたものだと表情は変えずに感心する。
「俺はヒビキ。とある事情で、お前を探していた。お前がいれば、世界が終わるのを防げるってな。」
「私が?」
昔の知り合いに雰囲気が似ている男だと思っていたが縁もゆかりもない名前が出てきて、驚きつつも安堵する。そして、世界を暗に救えるのかと聞いてきた。
「どうだ?お前は、できるのか?」
今の私には無理だな、と答えるべきか迷っていると、掴みかかるが如く強く聞いてくる。
残念ながらそんなことをされても、やる気が起きない。世界平和を安請け合いでするな、とラフィールにもよく言われたものだ。
「私には、理由がありませんよ。世界を救うとか。」
少々冗談めいた言葉だが、心情的にも無力感にもそう答える他なかった。
だが、彼が続けた言葉は、揺さぶられてしまった。
「俺は見たくねぇんだ。俺が助けて来た子や、これから成長する子が、未来を奪われて、世界ごとなくなってリセットされるなんてことしたくねぇ。それを防げるっていうお前をここまで探してきたんだ。」
多分、彼は何らかの信託からイクズスを探し当てたのだろう。それはいい。そのために託される彼の思いは、純粋なものとして、イクズスには伝わってきた。
ただだからこそ、彼は今の無力感を伝えなくてはならない。
「私は、救えませんでした。だからできないかもしれない。」
たった一度のミスだ。それにどれほどの重みがあるかは他人に知りようがない。けれど、そのミスは前向きに歩くことをも咎められた。
「ずっと連れ添った女の人が死にました。私のミスで、死にました。だから、私が殺したようなものです。」
その言葉を聞いて、襟首を掴んでいた彼の力は緩んだ。手を引き、尻餅を付いて目を伏せていた。
「ラフィールさん、亡くなったんですか?」
そこでようやく、女性の方が口を開く。彼女には知りようのない名前を出していた。
そんなバカな、だ。驚いて、彼女の方を見る。
「イクズスさん、私、セティなんです。あのセティなんです。不思議ですよね。私、おばあさんになって天寿を全うしたのに、貴方を想ったまま生まれ変わったんですよ。」
セティ。彼女の名前は記憶にある。イクズスが、イクズスとして歩くことを決めた時に共に戦った仲間。そして、女性として、人の人生を歩むように、別れた人物だ。
「君、フォルセティ?はは、そうかすごいな。生まれ変わった人間にすぐ出会えるなんて。0%じゃないとはいえ、すごく、運がいいな。」
世界に因果と運命はある。旅をする中で、同じ名を持ちながら、違う人生を歩む者は何人か見てきたことはある。彼ら彼女らは前世の記憶なるものは持ち合わせてはいなかったが、初めてそれを目にした。ありえない話ではない。不可能ではないのだ。
「俺は、疫病神。お前に幸運も、悪運ももたらす。」
ショックを受けていたヒビキが再び口を開く。彼の持つ力なのだろうか。随分と一元的な見方の力である。
とはいえイクズスの持つ力も大概ではあるが。
「そうだな。お前には、前を見ることも歩くことも今は辛いかもしれねぇ。だけど、俺は諦めるわけにはいかねぇんだ。なぁイクズス。お前は、何だ?」
彼も大切なものを亡くした経験のある人物なのだろう。無茶をせず、今度は優しく語りかけてきた。
セティといた時なら、嬉々として死神を名乗ったことだろう。
ついこの間なら、ただのイクズスを名乗っただろう。
今は死神と名乗れるだろうか。むしろ、今ここで自分を無くしている男は、誰なのだろうか。
「私、私は」
答えあぐねる。本当は、昔憧れてくれたセティの前で格好をつけるべきだったのだが、今のイクズスにそんな余裕はなかった。
運命的な出会いと再会。それを経てもなお勇気を奮い立たせられない冷たくなった心があった。
「死神、イクズス。ついに見つけたぞ、お前を。」
心に迷いが生じていると知った声が響き渡る。
声の主は、テイル=ブロンド。世界征服を企む組織の総帥だ。記憶と変わらぬ尻尾のような金髪と、前総帥から力強さを受け継いだ女性だ。
「何?知り合い?」
「
「統一機構ぉ!?」
セティは知るものの、ヒビキは知らない。テイルたち統一機構は人類の統一を目指してどんな世界でも同じ行動を取る理不尽な力の一つだ。イクズスの永遠の敵でもある。
「お前、あの子に何をしたんだ。」
「先代総帥を斬りました」
「なるほど納得」
そんな大物相手に名指しにされるとは、と聞くヒビキに対し、イクズスはシンプルに答えた。
彼女の半身、そして永遠に続くかと思えた奇妙な関係であった統一機構前総帥を、つい先日断った。思い出すとよくぞ斬れたと思うものだった。やらなければラフィールは死ななかっただろうが、死んでいたのはイクズスだったので、プラマイゼロである。
ともあれ、そのような武勇伝に、ヒビキは不敵に笑う。そしてテイルに対して立ちはだかりつつ、言葉をだす。
「俺も昔、大切な女を亡くしたことがある。絶望した。
ヒビキは銃を抜き、テイルに向けた。明確な敵対の意志の表明。セティも肩を並べている。
イクズスがこれまで歩いてきたのは、何より死にたくないことと、記憶と思い出を失いたくなかったからだ。
そのためならばたとえ戦わなくても、前に進める。本来であれば、付き合う必要のないこと。降りかかる火の粉だろうと、無視してしまえばいいことだ。
「だから俺も同じように今、希望を信じたい。イクズス、お前と一緒にだ。」
だが嘯いたとしても希望を信じて手を伸ばした者をむげに扱うことはできない。
未だに迷いはある。だがそれは今逃げる理由にはならない。
だからイクズスは、再び立ち上がった。左手の鞘に収まった刀が心なしか力強く感じる。
「群れたところで構わん。レイヴン!」
『ははっ!!』
テイルは敵対の意志を見せたとして、伏せていた部下を呼ぶ。当然、一人で来ていたわけではないということだ。
『我が名はレイヴン!総帥の命に従い、貴様らをたおーす!!』
埠頭の建物の影から現れたのは巨大な玉に手足が付いたという風貌のマシンだ。重力キャンセルを行っている節はない。魔法的なエネルギーを行き渡らせ、人型ロボットという理不尽をカタチにする兵器、マジンだ。
およそ何かを掴むことができそうにない手をイクズスたちに向ける。手の構造の中にあるのは機関砲だ。
「ヒビキ!」
セティは狙い撃ちにされるよりも早く、隣のヒビキにサングラスを渡す。彼女はいつの間にかサングラスをかけていて、どこに隠し持っていたのやら、グレネードガンを手にしている。
「行くわよ!」
セティが銃を撃つと玉は一瞬後に眩い光を放つ。閃光弾。
その目眩ましを利用して、射線軸から逃れる。
人型ロボットから捉えられる人間の存在はデジタル加工された映像による目視だ。人間がまともに見えなくなることをすればロボットにも捉えることはやりにくくなる。その一瞬の時間稼ぎは意外にも有利に動きやすい。
『おのれぇ、つまらんマネを!』
三文芝居通りのセリフを吐く相手を笑うことなく、イクズスたちはテイルの脇を通り抜ける。イクズスとテイルは一瞬だけお互いを一瞥するが、それ以上は何もしないし、何も言わない。
イクズスと彼女は敵対であることから動かない。憎み合っているのではない、お互い排除せねばならない相手だ。彼女はイクズスを殺すことは出来ないが、視界から排除する術は持つのだろう。それをするのは今ではないということだ。
テイルを通り過ぎれば、マジンの視界も晴れるだろうが、今度は射線にテイルがいる。今の射界では撃てないと見て、相手はすぐさま跳び、逃走方向を塞いでくる。バイクに火を入れるセティ。イクズスは立ち止まらず、マジンに向かって距離を詰める。
「イクズス!?」
通常ならば生身で勝てる相手ではない。しかし、相手は権藤の作ったマジンではなく、ただその理論を利用した別の誰かのマジンだ。それならば、イクズスの剣技で十分対抗可能だ。
『バカめ!』
マジンの機関砲を構える敵に対し、イクズスは低い姿勢で走り続ける。撃たれる恐れはある。何もできず、撃たれてただミンチになる想像が頭を走る。その怖れを持ちながら、刀の柄を握り締める。
発砲。
毎分何発かは知らないが、1秒間に放たれる何発かの弾丸は1発だけでも致命傷だ。到底避けられない。
その弾幕を作られる前に懐に飛び込み、抜刀。シンプルなチューブ状の腕部を斬り落とし、発砲は途中で止まる。
『バカな!?』
マジンの搭乗者は行われた光景を信じられず叫ぶ。それはそうだろう。
やり抜けた方は、心臓が止まりそうだ。コンマ数秒、『当たらない』と確信できても、死の恐怖は薄れることはないからだ。
『しかし偶然は何度も』
と、壊れていないもう一つの手の方で撃とうとするも、もはや遅い。口上の途中で背中を蹴り飛ばされる。
『でやああああ!!』
気合いの蹴りを放ったのは別の人型ロボットだった。乗用車から人型へと変形するロボット。まるで少年の時に見たロボットアニメと同じような、人間と同じツインアイを持ち、自分の口で喋るロボットだ。
イクズスはそれをよく知っている。藤川リュウと共に戦ったというエクス・ソルジャーだ。
『統一機構!この日本への侵攻は、この俺、ドラゴン・ソルジャーが許しはしない!』
ドラゴン・ソルジャーを名乗るロボットはまっすぐテイルを指差し宣言する。
舌打ちするような歯噛みを見せた彼女は叫ぶ。
「レイヴン、撤退だ!」
『ぎょ、御意!』
片腕が損傷していても器用に跳ね上がりながら立ち上がるマジン。それは、テイルを回収すると跳ねながら一目散に逃げていく。
ドラゴン・ソルジャーに後続はない。援護が来ないということは追撃しようがないということだろう。
『無事かな、君たち?』
「リュウ、ではない?君は一体?」
『俺はドラゴン・ソルジャー。藤川リュウが遺したエクスドライブマシンだ。』
イクズスは新たに現れたロボットを見上げる。ヒビキとセティはそのロボットに驚き戸惑う。
イクズスの問いに答え、自己紹介したドラゴンはさらに続ける。
『すまないがこちらの誘導に従って欲しい。俺の所属する基地の司令が事情を聞きたがっている。』
「構わない。場所は藤川ベース、だね?」
『その通り。防衛軍藤川ベース。ここからさほど遠くない。貴方は、リュウを、俺のAI人格ベースの人物を知っている人のようだな。』
イクズスの確認に対して、ドラゴンはまるで人間のように受け答えする。AIとはここまで感情豊かにできるのかと思いつつも、見落としを感じる。とはいえ、確信に至る情報は何も持っていないので、彼の誘導に従うことにした。イクズスが振り返ると、ヒビキもセティも同意見のようであった。
雨が降り始める。
*****
防衛軍藤川ベース。防衛軍はこの世界の日本の自国防衛を担う組織である。そして藤川ベースは、エクスドライブマシンを回収し、なし崩しに国内に現れた脅威を排除すべく奮闘した防衛軍の基地である。藤川という名は、当時指揮を取った藤川エリという女性司令から取ったものだ。
エリは藤川リュウの叔母にあたり、両親が事故死してからの保護者であったそうだ。無論、リュウがエクス・ソルジャーと戦うことになってから、反対もあったが、当時は仕方なく同行を許していたらしい。
その噂の基地はおざなりな飛行場はあるものの、兵器が外に見当たらない場所だった。
それもそのはず。この藤川ベースはもともと防衛軍の広報を担っていて、それっぽい司令所が建物の中にあるだけだ。
ドラゴン・ソルジャーに誘導されてやってきた格納庫は武器の類も見当たらず、ドラゴン以外にロボットも見当たらない。
車両形態のドラゴンから降車したイクズスとヒビキ。その後ろからバイクでセティがやってきて、停車する。
「ドラゴン、とっとと変形!データ回収が最優先!それからメンテ入るよ!」
すぐに防衛軍の基地には似つかわしくない大きめなジャケットを羽織る少女が帽子を被った整備員に大声を掛けている。整備員たちは中年男性を筆頭に返事をしながら、ドラゴンの元に集まっていく。
「マオじゃないか」
ヒビキはその少女を見知っているようだった。
「は?おじさん、誰?」
しかし少女の方は怪訝そうだった。まるで知った風ではない印象と見受けられる。
「ヒビキさん!?」
だが、整備員に混じらず現場を眺めていた赤毛の男がゆっくりと歩み寄ってくる。少年のような純朴さのある顔つきだが、体格は成人男性のそれというちぐはぐな人物だ。
「カラミティ、久しぶりだなあ。背ぇ伸びた?」
「伸びないです!知ってるでしょ!」
まるで親戚のおじさんみたいなテンプレ通りのセリフを言うヒビキはカラミティという赤毛の男の肩を叩く。彼は即座に否定している。さて、カラミティ。イクズスはどこかで聞いたことがある。
「はは、イクズス、こいつマジン・カラミティ。権藤のマジンだよ。」
「マジ?」
「大マジよ。マジンだけに。」
笑って紹介するヒビキ。おじさんくさいギャグを飛ばしているが、それを気にしなくなるほどに聞きたい問題がある。
確かにイクズスは権藤雷生に巨大人型機動兵器技術の基礎理論を供与した。彼の作り上げたいマシンは、人間の持つ負の想念を活力へと転化させる機関を使用するものだった。
しかし、躯体を動かし、制御するだけの初期エネルギーを調達できないという技術欠陥を残していた。
マジン・カラミティに外部から精神のマイナスエネルギーを吸収させるか、内部で魂も消滅する苦痛を与えられながら死を迎えるかすれば可能という苦言を呈しておいた。
マジン・カラミティのホムンクルスが自律行動をしているということは、権藤がどちらかをやったことに他ならない。
「カラミティの深淵心臓は、負念チャージを外部から行うしかないのにどうやって、って分からないか」
「いや、空っぽだから最初に入れるものが必要ってこったろう?理屈は知ってるから、1000年分の厄を貯めに貯めた御札を吸わせて起こしたんだわ。」
「1000年!?」
イクズスは専門用語を口にしてしまうがすぐに言い直す。だが、ヒビキは笑いながら分かることを説明する。分かることを説明されているのに、意味不明なことを言ってくる。
なるほど1000年分のマイナスエネルギーならカラミティの初期起動に十分かもしれない。目的外使用が思いつかない。異世界に化け物でも召喚しない限りには。
「パパの言ってたヒビキおじさん!?っていうか何でそこの奴もカラミティの主機関のこと知ってるの!?」
マオという少女にも大混乱らしい。パパということは、かつて権藤が話していた生まれる子供が彼女なのだろう。年嵩も計算が合う。こんな子が大きくなり、ここで関わり合いになるとは思いもしなかった。
「盛り上がってきたようですけど、司令さんが声を掛けづらくなってます」
濡れたライダースーツを拭っているセティが臆面もなく口を挟む。そこでようやくイクズスやヒビキはやってきていた制服の女性に気づく。
栗色のロングヘアの女性。年頃は20代といったところだろうか。基地司令というには若すぎる。だが、詰め襟の階級章が後ろの保安員の軍服と違うのは一目瞭然だし、女性らしい双丘の内、左胸に下げられたIDカードが彼女を基地司令と示していた。
名前は、藤川リエ。その名に、イクズスは覚えがある。
「こちらの者との関係者もいるようで、けれど統一機構と揉めていたということですが、一体何者でしょうか?」
彼女からしてみれば詳細不明の男女三人だ。怪しむのは無理はない。
「小日向響。疫病神だ。」
「歌神千世、ジャーナリストです」
正直に変な事を言うヒビキに、名刺を示すセティ。ヒビキはともかく、セティのように明確に自己を説明できる物品が必要だ。イクズスにはそれについて一つ、心当たりがある。リュウと別れる時にもらった、フラッシュメモリを取り出す。
メモリに記録された写真を虚空に呼び出す。表示されたのは写真だ。ただ半年だけ13歳の藤川リュウと生活した証である、彼とエクス・ソルジャーと共に写った写真だ。
「私は、イクズス。あなたたちの物語を少々知っている者だ。」
死神とは名乗らない。そうする必要がない。
*****
雨が上がった、その日の夜。ヒビキはイクズスの姿を探して、基地内のあちこちを歩き回っていた。通常、基地というと、立ち入り禁止やら入場制限やら厳しくされると思ったが、ここはそういうものではないらしい。
隠すものがいないのか、そういうのはバレないようにしているのか。どちらかは分からないが、ヒビキの気にするところではない。
それよりも軍の糧食は不味いと聞くが、ここのメシは美味かった。外様の天才少女のマオがいたり、大きなスポンサーが付いていると彼女は話していた。一応公務員なのにそういうのはいいのかと疑問には思ったが、聞かないことにした。
マオはエクスドライブマシンの解析者として招かれているそうだ。権藤雷生が隠居を決め込んでおり、代理として来たそうだ。カラミティはそのお守りだ。
幸い、彼はマオの弟扱いで生活している。結構な事である。そういう風に動いた甲斐があるというものだ。
とすれば、その幸せは絶対に守らなければならない。イクズスの力は今日見せてもらった。強心臓の抜刀の使い手。ヒビキと比べ物にならない剣術の達人と言える。
そして、マジン・カラミティの技術理解から、彼の科学技術の知識はかなり高い。
『図面は引けませんが、理論の組み立ては奇想天外のレベルだと思いますよ』
とは、セティの弁だ。自称ジャーナリストということで、女司令から苦い顔をされていた。藤川ベースはエクスドライブの情報開示関連で批判を受けることがある。
『私、そういうのは書きませんから。統一機構の陰謀論の方がウケがいいですよ。』
などとも言っていた。仕事は選ぶ、ということなのだろう。
ところでイクズスと詳しい話はしないのかと聞くと、
『うるさいですね。今はお互いナイーヴですから、また今度にします。』
と、邪険にされてしまった。イクズス探しに付き合っている間は、どうも猫を被られていたらしい。
ともあれ、するべき話をそこそこしてから、散歩代わりの基地内見学。最後にやって来たのは最初に入った格納庫周り。ほのかな明かりが点く格納庫には入らず、壁一枚隔てた外に、パイプ椅子を広げてイクズスが座っている。
「何やってんの、お前ここで」
「他は落ち着きませんので」
格納庫にはメンテが終わって車両形態に戻ったドラゴン・ソルジャーがいる。それと話す気は、今のイクズスにはないようだ。
「ふーん、セティちゃんともかい?」
「正直、何を話していいのやら」
ヒビキのほうを向かず、下を向いて彼は言う。今回、立ち上がりはしたが、今は元に戻ってしまったように思える。ナイーヴ、というセティの弁は正しかったのだろう。機関砲の弾丸を見切ってマジンモドキとはいえ腕部を斬り落とした達人と同一人物には思えない。
「一応は、一歩前へ、だろ?」
「言ってくれる」
返事は一応してくれている。本当に一歩前進といった感じだ。焦ることではない。
「ほれ」
「ん?」
「親愛の証は世界共通じゃないか?」
ヒビキは開いた右手をイクズスの前に差し出す。聞かれるが、ヒビキはシンプルに答えた。
「好みじゃないな」
下を見ていたイクズスは上を仰ぎ見て、一度拒否する。
「その手、握ってみてくれ」
「おう」
イクズスに言われた通り、開いた手を握る。その握り拳に、彼は自らの握り拳で小突いて応えた。
「こっちでいい」
彼は相変わらずヒビキを見ないで答えた。もしかすると照れているのかもしれない。
「おう、これからよろしくな」
ここからがスタートライン。
死神にとっての物語の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます