4 魂の宿る竜

 紅蓮の魔道士を名乗る全世界に対するテロ宣言は失敗に終わった。砲撃していると思われた物体がフェニックドラゴンによって破壊されるところが程なくして動画サイトに公開されると、各国で脅威が排除されたと喧伝された。この動画の公開主は不明だった。

 独自の判断でテロを防止した藤川ベース基地には、とりあえず注意や抗議をされることはなかった。ただ、褒められることは正式にはなかったというだけのことである。

 ともあれ、フェニックスドラゴンとウイングアームズは無事に基地へと帰還した。高高度かつ初の高機動戦闘であったため、各部の徹底メンテナンスがドラゴンのみならず、今日から仲間のフェニックスに対しても行われることになった。

 一方で、イクズスはというと、ウイングアームズから降りるなり、足を滑らせて地面に落ちた。

「ちょっ、おま!?」

「見せて!」

 降りた時から様子がおかしいことは察していたが、受け身は取りつつも落ちたイクズスに駆け寄るヒビキ。続いてセティが駆け寄り、イクズスの状態を確認する。

「担架と医療スタッフに連絡して!肺がやられてるかもしれない!」

 助け起こしたイクズスはフルマラソンをした後のような呼吸が落ち着かない状態にある。外傷こそ無いが、吐血した後も見られる。

「ほ、ねは、じきに、なお、る」

 呼吸が苦しかろうに、精一杯の言葉を口にする。

「無理に喋らないで!ああもう、いつもそうやって痛みを黙って無茶をする。」

 セティからしてみれば、こうした無茶はいつも見て来たことなのだろう。レイヴンの時の一件といい、体が先に動く方なのだろうとヒビキは思う。

 基地に詰める医療班の女性医師やスタッフが到着し、倒れたイクズスをストレッチャーに乗せる。

「体の出来が違うから、骨は心配ない。問題は呼吸器!」

 セティは要件だけを医師に伝え、ストレッチャーを送り出す。

「体の出来が違う?」

 同じくストレッチャーを見送ってヒビキが聞く。

「イクズスさんは、あの姿になってから別れるまで、私の記憶の中、そのままの姿よ」

 当然と言えば当然である。そんなことを言えばヒビキとて、ここ数十年老化したことはない。

「でも、本人も話していたけど、怪我をすれば血も出るし、致命傷を負えば死ぬこともあるだろうって。けれど、多少の負傷。例えば骨折や多少の出血は独りでに治ってしまう。」

 人間らしい弱さを持っているのに、治癒速度は人外。それは出来が違うと形容する他ない。

「それを人より頑丈と言うことはないと思う。でも、それなら多少の痛みは我慢して貯め込んでしまうでしょう。」

 実際それを実演している。彼女の推察は答え合わせだ。

「なぜそうまですると思う?」

 根本的な事をヒビキはあえて彼女に問う。

「目の前のものを助けることに理由を必要としないからよ」

 彼女ははっきりと言ってから、ため息をついて、前に進み始めた。


                 *****


 大陸間無補給空母要塞アトラス。

 全長約4km、全幅6km以上に及ぶ巨大航空艦である。

 そしてそこが統一機構の本拠点である。

「ハカセ、知らせを聞こうか」

「はい、二つございます」

 艦の司令室。座っている総帥テイル。その隣に白髪の青年艦長持明院彼方じみょういんかなた。末席に半裸マッチョのレイヴン。テイルの目の前にハカセと呼ばれた白衣で妙な仮面を付けた男。そして、黒髪の青年藤原真一ふじわらしんいちとその妻理沙りさが彼方の正反対側面に控える。

「かねてより設計をして参りました我が方のエクスドライバー、40機の内半数が建造し終わりました」

「もう一つは?」

 総帥は表情の分からないハカセの報告に眉一つ動かさない。

「その建造された19機が工場内でコントロールを奪われ、奪われました」

「その珍妙な仮面を即座に脱げ、この不埒者が!」

 統一機構のナンバー2とも言われる彼方が激昂して叫ぶ。言うまでもないが、彼方は先代から忠を尽くす者なので、比較的新参で自らのポリシーを貫くハカセにいい感情を持っていない。ミスがあれば、二の句で仮面を脱げと告げているだけである。

 ハカセの顔は醜いとか顔にコンプレックスがあるとか理由があるわけではなく、面白いからという理由で着けている。そのため仮面もその時々で違う。

「犯人は?」

「例の紅蓮の魔道士です。犯行声明が送られております。」

「見せろ」

 宙に映像表示がされる。今回はカボチャ頭を被っていない素顔で紅蓮の魔道士が映し出された。

『やぁやぁ、見ているかな統一機構の諸君!ああ、もちろんこいつらが君たちの戦力として開発されたことは知っている。だーがーしーかーしー!それを通常に使われるのはつまらない!故に私が有効利用してやろう!20機全てな!!』

 つい先日も主要都市を攻撃するとして声明を出していた男が気の早いことだ。やり方はともかく、手が早く、動きも早い。

「以上です」

「彼方」

「間違いありません。美神焔みかみほむら。【炎の精霊】です。」

 ハカセの映像出力に彼方は舌打ちする。テイルの質問代わりの呼び方に、彼は感情的に答えた。彼方は【水の精霊】とも呼ばれるが、ここではあまりその呼び方をしないし、彼方自身が嫌っている。

「異世界人がこの世界に対し、アクションを取り始めたのはいい傾向ではないな」

 テイルは顔色を変えず、感想を正直に答える。

「ところでハカセ。貴様は19機奪われたと言ったはずだが?」

 1機の差異ぐらい小さな問題だが、テイルは幹部の評価は正確だ。ハカセが数の間違いをするとは思えない。

「エクスドライバーとしてのデータ取りやAI調整のための機体が先行で開発、建造されておりました。それが奪取間際に工場から脱走をしております。そのせいで数が合いませんので。」

「だからなぜ貴様はそう情報を後出しするか!?」

「いい。そのエクスドライバー、トレースはできているか?」

 彼方の当然の怒りをテイルは制し、ハカセから情報を出させる。持っている情報があれば、彼は素直にそれを出す。そういう意味では忠実だ。

「いいえ」

「よかろう。藤原、脱走したエクスドライバーの情報を日本に流れるよう誘導せよ。」

「承知しました」

 ハカセは追跡していない。エクスドライバー自体、さほど重要視していない証拠である。もしくは自己判断するような余計なシンギュラリティに目覚めてしまったのが、計画通りでないと考えたか。

 ただそれが分かればテイルには十分だった。彼女の脳内に瞬時に組み上げられた作戦のために、幹部に指示を出す。

「レイヴン、日本で動かせる戦力を全て集めろ。ハカセ、私の機体の準備を。」

「りょ、了解!」

「承りました」

 レイヴンにも指示を命ずる。武器密輸という機動戦力の運び出しには失敗したが、ああいった分かりやすく、操りやすい部下は必要だ。

「総帥」

「紅蓮の魔道士。奴を利用してこちらも動く。それがこの一手だ、彼方。」

 テイルの感情はまったく動かない。女性らしい美しさも華麗さも、彼女には無い。

先代総帥譲りの冷酷さと力強さのみがある。彼方はその理由を知っているが、あえて言うことではない。

「はっ、御意にございます」

 先代であろうが当代であろうが、自ら選んだ主に迷いはない。彼方は片膝を着き、彼流の敬礼を行った。


                *****


「昏睡してるみたいに見えますけど、寝てるだけですね」

 藤川ベースの女医、天海あまみカスミが言う。ロングヘアの大人っぽい色気のある女性だ。

 彼女が説明しているのはイクズスのその後の状態だ。

「千世さんからの所見通り呼吸器へのダメージが深刻でしたが、そちらは完了しています。骨の方は驚異的な回復力で完治。現在眠っているのは、極度の疲労状態故に、です。」

 彼女は脳のCT写真を何枚か見せる。術後と一日後のものだ。ヒビキのような素人目にはそんなに違いがあるとは思えないが、セティには分かるようだ。もっとも彼女に医学知識があるなんて、知ったばかりであるが。

「憶測ですが、彼はずっと緊張状態、あるいは眠れてなかったのでは?」

「だろうな。目をつぶってるところは見ても、寝てたとは言い難い。」

 イクズスはヒビキと同じく、何らかの理由で不老の身体を得た。本質的に食事や睡眠は必要としないが、人間らしい生活をしなければ精神的にも見えない肉体的にも支障が出るというところだろう。やたら質のいいコーヒーを好んでいたのもそういう理由かもしれない。

「不眠症。あるいは精神的な事情ですね。」

「ええ。すぐに病床を開ける用事もありませんし、しばらく眠らせておいた方がいいかと。」

「私もそう思います」

 処置室のカスミからの説明を聞いたセティとヒビキ。それから治療室へ移動をして、術衣で眠り続けるイクズスの様子を見に行く。

 彼は落ち着いた寝息を続け、とても静かだ。


*****


 シャベルで地面を掘る。始まりはいつもそれだ。たとえが本来そこになくても、運命はを存在させる。

 そして、彼女は現れるのだ。

『貴方がを見つけたのですね』

 桃色の髪の女が言う。ここで死ぬ私も中にはいたのだろう。

 何にせよ、イクズスという世界にとって都合の良い存在はここから始まるのだ。

『お前さえいなければ』

 聞き覚えのある非難の声だ。声の主は黒髪の男。顔を覚えているはずだが、ぼやけて見えない。

『ハッタリと張りぼての死神は、ここで死ね!』

 そのようなことを言われた覚えだけはある。彼の銃撃を受けながら、私は致命傷を彼に与えたはずだ。

 ただ、自分の中にある彼への畏れは、まだ自分の中に巣食っている。

 人々が現れては消え、言葉を述べていく。それぞれ聞いたことのある声だ。呪詛もある。自分はそれらに対し、何もできることはない。

『ヤッホー、我が友よ!』

『俺の命が続いた恩は絶対に忘れない』

『親父の恩は俺の恩!あんちゃんと一緒に戦うぜ!』

『お前さえいなければ俺はこうはならなかった!』

『今度会ったら、絶対に逃がしませんよ』

『どうして貴方は傷付くほうを選ぶんですか!?』

『流石我が友だ。故に君はここで旅を終わらせなければならない。』

『僕は命惜しさに逃げました』

『お前がイクズス。死神?お節介の間違いだろう?』

『ウチの義娘むすめが世話になったな。名は?』

『今の俺はお前を悪く言う気にはなれんさ。預けたものも返さなくていい。お前しかお前の道は歩めないことを、今の俺は分かっているつもりだ。』

『よくぞ、そこまで磨いた!よくぞ、そこまでの刃となった!だが、貴様はその力故に永遠に苦痛を味わう!』

『私はもう終わり』

『今度会ったら、その時は付き合って下さいね』

 人々から交わされた言葉が過ぎ去っていくと、空が見えた。どこまでも青い空と、どこからか射している陽の光。

『だから俺も同じように今、希望を信じたい。イクズス、お前と一緒にだ。』

 後ろから声がする。体が動かず、振り向くことはできない。

『おう、これからよろしくな』

 今まで、対面から現れ、通り過ぎたのと違い、黒髪の男が後ろからやってきて、前に行ってしまう。また、言葉は無いが、少年がドラゴン・ソルジャーとなり走り去って行く。



 はたと、目が覚めた。快眠。頭痛はなく、意識がすっきりなことから、言葉が思い浮かんだ。

 着衣は普段のものでなく、医療用の上着のみだ。左腕には点滴の注射針が刺さっている。

 時刻は夜。月明かりが窓から射している。ベッドにはセティが腕を枕に眠っている。彼女がどれほどそこにいたのか見当もつかない。

 彼女の頭を撫でようとして、手を止めた。それをできるほどイクズスは思い上がっていないし、彼女を子供扱いするのは良くないと思ったのだ。

 イクズスが彼女と別れたのは、まだ使命感を持つ子供であったからだ。もう少し大人であったなら、と考えることもあるが、もはや詮無きことだ。

 左腕の点滴の針を抜き取り、セティを起こさぬよう右側からベッドを出る。多少、身体に重みを感じる。しかし、動かしていれば問題ない違和感だろう。

 無茶しすぎたな、と思いながら、着替えに腕を通す。ウイングアームズで飛行し、変形と加速を交えながら、紅蓮の魔道士のマジンを撃退したところまでは記憶がある。その後の意識がおぼろげだ。肋骨の1本や2本は折れた覚えはある。身体は不死身でも強靭ではないので、Gによる衝撃は耐えられないことだってある。肺にダメージがあったら相当ヤバかったが、こうして生きている以上、なんとかなったと見るべきだろう。

「よし」

 首を捻り、腕を回し、調子は戻ったと思い込む。残った術衣はセティの背中に掛け、治療室を出る。

 別に行く宛などないので、格納庫に行くと、格納庫には残してしまったであろうウイングアームズのみで、ドラゴンや黒、フェニックスもいなかった。

「むう」

 状況が分からず、仕方なく指令所へ向かう。エクスドライバーが不在であれば、何らかの事情があるだろう。そう思いながら、彼は指令所の自動ドアを開いた。

「目が覚めでもしたか?」

 指令所の最上段、指揮官席の近くでヒビキが言った。彼は椅子にもたれず、前傾に背中を丸めながら、コーヒーを飲んでいる。近場の指揮官席には氷室の姿もある。彼もコーヒーを飲んでいた。

 他に指令所には2人、夜勤がいる。PCの画面をじっと見つめるか、イクズスに気付かずにうたた寝をするかのどちらかである。

「そんなところですね。一体どうしました?」

「今から12時間前、気になる情報が流れてきた」

 現在時刻は深夜1時を回ったところだ。氷室が椅子の背もたれを軋ませ、説明を始める。

「ヨーロッパの工場からエクスドライバーが1機逃走したという情報だ」

 説明しながら、エクスドライバーのデータが映像に出る。

「アルマダ。戦車に変形するエクスドライバーで、データ取りのAI搭載タイプが脱走したそうだ。」

「なるほど。それでドラゴンたちを出動させたわけですか。」

「別口のトラブルがあって、エクスドライバーを海外入国させるのは容易だったからな」

 氷室が気になることを口にする。エクスドライバーは防衛軍所属だ。海外派兵の際は、もちろん問題になるだろう。それをスムーズにしたというトラブルとは。

「トラブルですか」

「紅蓮の魔道士だよ」

 イクズスは天を仰ぎ見た。別に空に何かあるわけではない。フットワーク軽いなあ、とは思った。徒労感、無力感、えもいわれぬ懐かしさが入り混じった気持ちだった。

「方法は明かしていないが、『ユーラシア大陸各地に部隊を展開して、主要都市を狙う準備があるから、自分に国家主権を渡せ』、と」

 相変わらず意味の分からない要求を行っている。規模は多少狭まったが、脅威なのは変わらない。

「なるほど。日本としても関係ない話でないから、トリックのタネを探しに来たとでも?」

「そんなところだ」

 氷室の説明にイクズスもため息を付く。ネタは鮮度が命とでも言うのだろうか。諦めの悪いテロリストを相手にするのは本当に頭が痛い。

「エクスドライバーの脱走情報のタイミングが良すぎますね?」

「それは承知している。すでにエルレーン氏の伝手で情報の裏を取ってもらっている。」

「なるほど。では私の出番はとりあえずないようだ。」

「何かできるとでも?」

 軽く欠伸をするヒビキが聞いてくる。

「現場にいなくても指示はできるでしょう。今はその時ではない、だけですね。」

 イクズスを2人に軽く手を振って、指令所を退室する。何もすることはない手空き。仕方なく来た道を戻って治療室に戻ると、セティは眠い目を擦って、戻ってきたイクズスを睨み付ける。

「夜の散歩は楽しかったですか?」

「そこそこ」

 彼女の嫌味に真面目に答えながら、簡易椅子を広げて座る。

「ベッドは譲るよ。もう回復はした。」

「もう逃げようとしないでくださいね?」

 医療用ベッドは2人横になるには少し狭く感じる。密着すればなんとかなりそうだが、イクズスにそのつもりは今の所ない。

 ただ逃げる云々となると、自信はない。確かにイクズスは、湿度のある付き合いは逃げがちだ。これまでの癖みたいなもので、ある程度一緒にいると壁を作ってしまう。

 平行世界の旅人なんてそんなものである。どの道、同じ時間を歩くことはできない。出会いと別れの繰り返しで、気疲れしていくのは永く生きているほうだ。経験則として、逃げがちになっている。

 しかし彼女は、世にも珍しき前世の記憶持ちの転生者。それが本当であるかは、イクズス自身が分かっていることだ。

 またイクズス自身が、同じ人間、同じ記憶を持った人物に再会することは稀であるので、後先考えず、下手な約束をすることも多い。セティには前に、今度は逃がさないと言われた。直近では、今度会ったら付き合うなんて約束もしてしまった。

 結論を先送りにした結果、こうして胡乱な状況になることもあるというわけだ。

 イクズス自身、女性の好意は無碍にできないと思っている。ただ、同時に自分への好意は、吊り橋効果での一時的感情だから忘れてしまう、とも思っている。だから考えなしの約束をすぐしてしまうのだ。

 実際には、引きずっている人物も出てくる。セティに関しては、命を救ったことが数度あったため、好感度数値そのものがバグっているのかもしれない。

「イクズスさんは、どこまでやったら終わりと考えていますか?」

 逃げるか逃げないかで返答に迷っていると、彼女はもう一つ質問をぶつけてくる。

 イクズスは平行世界の旅人だ。自分の居場所となる帰る世界はもうない。どこだったか、道を忘れてしまった。ここでのトラブルを解決したら、またどこかへ流れ着くのだろう。

 だがこの世界での終着点はどこになるだろうか。セティはそれを聞いている。せめてそのときまでは共にいられることの証でもある。

「この前までは、ヒビキさんの頼みを達せられればいいと思っていました。今は、どうすればいいやら分からなくなっています。自分が行った些細なことで変わったことがあります。それを見守るべきか、あるいは見捨てるべきか。」

 ドラゴン・ソルジャーのエクスドライブ内に、エクス・ソルジャーの意志が休眠しつつ、藤川リュウの記憶を媒介に魂が拠り所として保存された可能性が出てきた。そのような奇跡に立ち会ったことを叡智を求める端くれとしては見過ごせないという気持ちがある。

「だから少なくとも、君からは逃げられないとは思う」

 観念はする。セティのことはラブかライクかと言えば気持ちを上手く表現はできない。改めて考えれば、ラフィールでなければ彼女が隣にいたかもしれないし、欲張りなので両方と言ったかもしれない。

「女の子は怖いですか?」

 彼女は懐疑的に聞いてくる。イクズスが観念したようであっても、それを素直に受け入れられない。イクズスをよく知る者は、彼が平気で他人を出し抜くような人物であることは知っている。言葉ではなんとでも言えると。

 そして怖いと言われると、怖いと考える。イクズスはラフィールに直接触れたのは数度、キスも数えられるほどだ。童貞ちゃうわ!と慌てて答えるものの、心は童貞みたいな問題であるかもしれない。

 それでもセティやラフィールが好意を持ってくれるのは、客観的に勘違いさせるようなリアクションを何度かしたかもしれない。それらを覚えてるかどうかで言えば、覚えていない。言われれば思い出すかもしれない。

「怖くないよ」

 嘘をつきました。気安く肩に手を回したりして、なんでもないよう装う。

「ふーーーん?」

 彼女は疑いの目線というより、様子を見るように目線を合わせてくる。わざと体を寄せて、イクズスのリアクションを伺ってくる。

「眠いんじゃないんです?」

「寝かせて貰えると思います?」

 もうずっと意地悪をされている。ステップアップを強制的にさせられているような。

「では、抱き上げても構いませんか」

「ん」

 一応許可を取りに行くのが彼の限界というところか。むしろこれで先ほどのウソがバレるような気もする。

 彼女を軽々と抱き上げ、一瞬のお姫様抱っこの後、ベッドに移される。前述の通り、一人用のベッドのため、2人で寝るのには辛いが、お互い抱き枕のように抱き合えば何とかなる。そうする形で今回は解決を図ろうとする。

「はー、ホントに貴方はダメダメですね。眠いから許しますけど。」

「はい、すんません」

 服越しとはいえ彼女の肌も、双丘も、微かに感じられる密着具合。それでもまだ、及第点には達しないことを平謝りをする。もっともここまで来たら、求められたことの選択肢は狭い。

 流石にそれをする雰囲気でもないし、できる勇気もない。添い寝で我慢してもらうしかなかった。

 寝つきがいいのか、それほど眠かったのか。不満そうだった彼女はすぐに寝息を立て始めた。

 イクズスは目が冴えていることもあり、飽きずに彼女の寝顔を眺めるのであった。


                  *****


「夜の番をしてもらって申し訳ありません」

「警察組織の人間なら夜勤ぐらいなんとでもなるさ。それよりも。」

 朝、夜勤要員との引き継ぎを済ませる中、基地に泊まったリエ司令が氷室と言葉を交わしている。

 指令所には交代要員だけでなく、天海カスミ医師や事務方の愛水あいみユア女史も来ている。リエ、ユア、カスミ。リュウの関係の深い女性たちである。

 イクズスがエクスドライブについての仮説を聞かせるため、司令に呼んでもらったのだ。またエクスドライブを語るということなので、話を聞いたマオまでやって来ている。

「さてそれでは最初から。我々がエクスドライブと呼ぶもの。それは副次的な存在に他ならない。エクスという名の存在が車に宿り、人型に変形したことが始まりだからだ。」

 イクズスはエクス・ソルジャーをデータ表記させる。そこに映るエクスドライブと目されるものは車のエンジン部が変化したものだ。

「極めて偶然かつ衝動的にエクスは通りがかりのリュウを助けた。そしてエクスの方は、この世界で力を発揮するにあたり物理的肉体を持たなかったために、周辺車両に宿った。これがエクスとリュウの関係性の始まりだ。」

「お前は、エクスという奴が誰か知っているのか?」

 エナジードリンクを飲むヒビキが聞いてくる。

「私は一方的に知っている。ただ、エルレーン殿なら面識があるはずだ。彼は休眠状態だし、この件はさほど関係ないから彼が起きた時に聞いてくれ。」

 余談でネタばらしをすると、脇にいたエルレーンが下手くそな口笛を吹いて明後日の方向を見ている。

「つまりエクス・ソルジャーは、エクスという魂をエクスドライブと呼ばれる自然発生した器に収めている。これをコピーし、使えるようにした場合、どのような原理か不明だが、とにかく人型ロボットを可能にできるデータ領域や出力を可能とする、というわけだ。」

「そこまでは分かっていることだ。いや、分かんないことでもあるんだけどな。」

 マオが頷きながら言う。シューベルハウト商会で取引されるエクスドライブは権藤親子によって理論開発されたものだ。彼女たちをして分からない部分があるのだ。

「エクス・ソルジャーはそれ単体で動けるにも関わらず、藤川リュウとの融合を必要とする。それはなぜか?それはエクスが視認できない、光学迷彩や電子ハックへの対策だった。リュウの持つカメラのファインダー越しならば、正体が分かったから。これにより、彼らは10年前のディレイフニル事件を解決できた。」

 ここまではおさらいだし、ヒビキが話半分に聞いていたリュウの武勇伝である。

「エクスがその後休眠し、リュウも藤川ベースも今後何かあった場合、自分たちで彼を使えないか、ということになった。それが専用のAIを開発するというものだ。リュウは世界を飛び回る傍ら、AIの組成に尽力した。自分の思い出でもある、カメラのメモリーを保存して共有していたようだね。」

 現在、ドラゴン・ソルジャーに保存されているデータは、コピーがいくつか指令所にデータ保存されている。彼の戦ったデータを精査し、他のエクスドライバーに利用するためである。イクズスも閲覧したが、ドラゴンが行きようのない場所の写真が何件か保存されている。

「しかしながら、ドラゴンとしての起動は、奇しくもリュウが亡くなってからのこと。ドラゴンは極めて人間的に意志を持ち、考え、行動する。以前のエクス・ソルジャーのように。となると、ドラゴンとしての記憶データとエクスとしての記憶データはぶつからないのか?ということになる。」

 ドラゴン・ソルジャーは躯体を再開発したわけではない。あくまでエクス・ソルジャーに間借りしている状態だ。つまり、エクスに藤川リュウの人格や記憶をデータ保存した場合、リュウが融合した状態が一番近くなる。

「実際にぶつかってはいない。稼働率としてデータ化すると、10年前のエクスとリュウが融合状態で戦っている状態と酷似している。」

「エクスは休眠してるのに藤川リュウがいる状態と遜色ないなら、ドラゴンは藤川リュウってことになるだろうが」

 ヒビキが論理にたどり着く。人間の記憶や経験はどこに集積されているのかは、この場で議論できることはない。

「ヒビキの言う通り、これは論理が導き出した憶測だ。飛行機事故で亡くなった藤川リュウは自分の肉体を失った結果、彼のそれまでの記憶が保存されている拠り所として、ドラゴン・ソルジャーへ魂が入ったと考えられるのではないか、と。」

 奇跡的かつオカルトめいた話だ。そしてそう言わざる得ない証拠もある。

ドラゴンは、外部からの干渉なしに起動ができるし、何より、藤川リュウにしか言っていない私との約束を覚えていたんだ。」

 そうして仮説を語った後で、嗚咽が聞こえた。藤川リエ司令が目を腫らして泣いている。その隣で、自他共に厳しいという愛水ユアが泣くのを我慢しきれず涙を流している。彼女ら2人の顔を隠すように、一番年長の天海カスミが抱き寄せる。両手で2人の背中をそれぞれ撫でさする。

 リュウは言っていた。自分には、自分を気にかけてくれる女の子が3人いる、と。彼女らのために、今は逃げても、いつか立たなきゃいけない日が来る、と。

 彼がどのように女の子たちと付き合い、好意を告げたかは、まだ分からない。しかし司令たちの反応が何よりの証拠だろう。

「んじゃあ、なんでドラゴンは自分が藤川リュウだと言わない?」

「死を実感したとして、次に目覚めた光景が現実とは思わないから、かな」

「なるほど。そりゃあそうだな。」

 ヒビキは自分自身が巻き戻る体験をしている。概念的な死のそれだろう。

 イクズスは死んでいなかったのだが、死んだという実感を得たことはある。その感覚を言葉にしただけに過ぎない。

『こちらドラゴン!見つけたぜ、エクスドライバーアルマダ!』

 噂をすればドラゴンからの通信が届く。たとえ彼が概念的に藤川リュウだとしても、確信を得たことにはならない。ただ奇跡に縋りつきたいだけかもしれない。

『どうする、指令所!?指示をくれ!』

 イクズスは後ろをちらりと振り返る。氷室は笑顔でサムズアップ。司令たちはまだ泣いている。彼女らは指示をできる状態じゃないし、氷室は暗にイクズスに任せるらしいスタンスを取っている。

「司令に代わり、指示しよう。アルマダを説得してくれ。彼の力が必要だ。」

 イクズスはヘッドセットを付け、マイクをオンにしてドラゴンに通信した。


 

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