第15話 亀裂

「君さ、なんで憂里の血統を持ってるわけ?」

冴は半笑いで訊く。目が笑っていなかった。静かな威圧感に、桃香は焦りを覚える。

「それは……」

「あー、憂里つってもわかんないか。憂里は私の友達で同僚。先月殺されちゃったんだけどさ」

軽薄な言い方の奥に憎悪が滲んでいた。桃香の握りしめたに汗がにじむ。

下手なことは言わない方がいいのかもしれない。

「……伺ってます」

「そっかそっか~。じゃあ聞くけどさ、さっき君が使ってた血統、その憂里が使ってたのにそっくりだったんだよね~。そもそも君が純血だったってのも初耳だけどね。憂里とどういう関係だったのかなあ?」

「それが、私にもわからなくて……」

「わからない? 血統は基本的に殺した人間に受け継がれる。知らないわけないと思うんだけどな」

「たぶん、手術の影響だと思うんですけど……」

「手術?」

「ひと月ほど前に事故でドナー提供を受けてるんです。それでもしかしたら、憂里さんの臓器を提供されたことで、能力の一部が受け継がれたの……かもです」

「かも?」

「私も別に意図的に能力を使えるわけじゃないんです。さっきはたまたま……っていうか……話しかけられたっていうか……」

自分でも状況を理解しきれていないため、しどろもどろになってしまう。心の中で(冴さんに疑われて大変なんですよ……! 憂里さんの口から説明してくださいよ……!)と必死に訴えるが、返答はない。どうして……? さっきのは夢だったのかもしれないとまで思えてきた。

「……ふーん」

冴は訝しむ目で桃香を見る。納得はしていない様子だった。

(ほら、疑われてるじゃないですかあ!)

やはり返答はなく、桃香はうなだれる。どう言い訳しようと考え、いや別に悪いことしているわけじゃないと心内で否定した。

「ま、いいや」

冴は手を頭の後ろにやると、険しい表情を崩した。

「え?」

思わず声が出る。信じてもらえた……のだろうか。

「難しい話するのだるいし、あたしの担当じゃないし。だいたいそろそろ帰んないと花市さんにどやされるし」

冴はあくびを手でおさえる。鬼気迫る雰囲気は完全に消え去っていた。桃香は胸をなでおろすが、同時になにかの罠じゃないかと勘繰っていた。だが、そんな桃香の懸念とは裏腹に、冴はいたって呑気に振る舞う。

「あ、それとも帰りに焼肉行っちゃう? 牛食おうぜ牛」

……どうやら罠ではないらしい。いつも通りの能天気さだった。

「ダメです。花市さんに外出はなるべく控えるよう言われてます」

「花市さん……? 誰かなその人……たぶん指名手配犯だと思うんだけど」

「告げ口しますよ」

「ひぃぃ許してつかあさい……牛角奢るからゆるして」

「結局焼肉行きたいだけじゃないですか!」

桃香は「全く……」と続けるが、同時にお腹が鳴る。さっき焼肉定食を食べて、パフェもつついたばかりだが、生来よく食べる方であることもあり、既に空腹になっていた。

「……屈辱です」

確かに牛肉は食べたかった。その件で悩んだが、それはそれとして食べたかった。桃香の顔が赤くなったのを見て、冴はくすりと笑う。

「なんだ、トーカちゃんも食べたいんじゃん。いこいこ」

冴は桃香の手を引くと、小走りで走り出した。桃香は異論を唱えようとしたが、強引な冴に流されてついていく。涼やかな風で冴のボブヘアーが巻き上がる。軽やかな足取りで石畳がリズミカルに鳴る。川をまたいだ先に見える大橋には夕陽が重なっていた。


-※-


「うへぇ~食った食ったぁ!」

「いやあ、美味しかったですね! 特にねぎ塩カルビ、絶品でした」

牛角でお腹いっぱい食べてから店を出ると、花市が立っていた。花市は怒っているというよりも心底呆れたという顔で、眉を吊り上げていた。

「ぎゃっ花市さんどうしてここに」

冴は掃除中にゴキブリを見つけたときのような悲鳴を上げる。

「どうしてもこうしてもねえよ。牛久保に発信機つけたつったよな、脳みそミジンコ女」

「えっ……発信機?」

聞いてない。桃香はどういうことかと疑問に思う。

「牛久保、お前もだ。てめえ死にてえの? いつ狙われてるかわかんねえんだから不用意な行動は控えろって」

「すみません……」

「え、でもあたしついてるよ?」

冴は心底不思議そうに言う。

「だとしてもリスクを下げるに超したこたねーだろが」

「ん、それっておかしくない? だったらトーカを地下に連れてくなって話じゃんね。リスク下げたいならそれこそいちばん危ないじゃん」

花市はその言葉に表情を変える。怒りというよりも焦りが浮かんでいた。

「危険度の見積もりを誤っていた。坂口がついていれば問題ない程度の敵だと思っていたんだよ。だから、それに関しては……牛久保、すまなかった。危険な目に合わせた」

花市は桃香と目を合わせ、頭を下げた。いつも気だるげな花市からは想像できないほど真剣な謝罪だった。桃香は謝られている側なのになぜか動揺してしまう。

「え、いや、大丈夫です。こちらこそすみません……」

「どういうことなの? トーカ狙ってるのが誰かわかったってこと?」

花市の様子に異常事態を感じ取ったのか、冴にも少し焦りが見えた。

「牛久保を狙ってるのは、憂里を殺した野郎かもしれねえ」

「え」

冴の表情が固まり、瞳孔が開かれる。一瞬で空気が張り詰めた。桃香も声を失っていた。

「食屍鬼は操られてる……ここまでわかっていたんだが。操った食屍鬼の処分の手口に、憂里の死と共通する部分があったんだよ」

ぎりり、と冴が歯ぎしりする。瞳は怒りに燃えていた。

「なに? そいつを見つけて殺せばいいってこと?」

冴は語気を強めて吐き捨てた。

「バカが、復讐とかそんな場合じゃねえんだよ。頭冷やせ」

「なんで! 殺せば全部終わるんだよ? トーカのことも、ユーちゃんのこともさ!」

「なんの当てもなく飛び出して殺すだあ? 明朝てめえが死体になってるのが関の山だね」

「ユーちゃん殺した奴が一秒でも長く息してるのが許せない」

「感情に流されんじゃねえ。憂里殺すぐらい抜け目ねえ輩に無策で挑んだら間違いなく返り討ちだろうが」

「でも!」

「でもじゃねえ。憂里もお前にまで死んでほしくないだろうよ」

「……わかった」

冴は気落ちしたようにうなだれる。沸き立つ怒りを抑えているようだった。

「わかりゃいい。……牛久保、てなわけで状況が変わった。詳しくは事務所で話そうと思う」

「……はい」

何が起こっているのだろうか。憂里の臓器が提供されたことと、自分が狙われていることは関係しているのか。関係しているとしたら、犯人は何を目的としているのか。状況が全く掴めない。

桃香の脳内では疑問がぐるぐると渦巻いている。金曜日の繁華街は飲みの客でにぎわっていたけれども、三人は喧騒から取り残されたように沈痛な空気に包まれていた。




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そして誰も私を殺せなくなった 砂条楼花 @MagicalGirl-Jet

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