※不愛想(花金)
「『にこ』ぐさ、って、知っていますか?」
彼女は、ニコリともしないまま言った。
「春に芽生える、葉や茎のやわらかい草のことです。『
私はへぇ、と相槌を打った。
「私の『ニコ』の名前は、和草の季節から来ています。もっとも、愛想のない人間になってしまいましたが」
確かに、彼女は笑わない。肌の色も白いので、より一層表情が凍っているように見える。暖色よりも寒色のリップが似合う彼女のあだ名は、『雪女』だ。
だが、だからと言って冷たいわけでも、無感動な人間でもない。
「……足柄の」
足柄の 箱根の
薄暗い部屋の中でも、彼女の頬が、薄く染まったのが分かった。
訳によって、「花のように美しい妻」とも、「触ってはいけない高嶺の花」ともされるけど、花妻ってこういうことなんじゃないか、と私は思った。
「……何で知っているんですか」
「調べた」
「そんな有名な歌じゃないのに、」
彼女が喋っている途中で、薄く白い腹を撫でると、ピクリ、と彼女の身体が飛び跳ねた。
ほら。彼女の腹は、あたたかい。
「緊張している?」
彼女が早口になるのは、冗談を言う時と、緊張したときだけだ。
「……ちょっとだけ」
上ずった声で、彼女が言う。
「いい? ダメ?」
私が尋ねると、彼女は黙って頷いた。
彼女を安心させるために、私は少しずつ、ゆっくりと、彼女の肌に触れた。
何度繰り返しても、最初は私が近づけば、彼女の身体は少しだけこわばる。私が聞けば、彼女は少しだけ噓をつく。水面に小石を投げ入れたように、彼女の心は波紋を立てる。
けれど、いつまでも同じ表情なわけじゃない。
水面が光によって色が変わる様に、彼女も一瞬一瞬、違う表情を見せる。
お互いに絡ませた素足の体温が馴染むころ、彼女は私の上に乗ってきた。
前合わせからこぼれた肌は、汗で湿っている。
雲が切れたのだろうか。ちょうど障子の隙間から月光が差し込み、彼女の顔がはっきりと見えた。
前髪が、額に隙間なくはりつく。うっとりとした瞳が、熱に浮かされたように私を見ていた。互いの匂いが、畳の匂いと混じってこもる。
ハアハア、と荒い息が小さく降ってきた。真珠の歯が、糸を引くピンクの唇から覗いている。
私の身体の上に、うぶな少女はいなかった。恋しい、欲しい、と全身で訴える女がそこにいた。
まるで、肉を喰らう獣が、歯を出して笑っているようだった。
ああ。好きだな。
彼女の頬や耳や髪を撫でながら、片方で細く柔らかい腰を引き寄せて、息を食むように噛みついた。
ーーーーーーー
花金のお題『不愛想』
レギュレーション「腹」「ピンク」「花」
レギュレーションって何だっけ((( これであってるのかなあ…。
記録をみたら、なんと一ヶ月ぶりの更新。リハビリに出来たのがコレでした。
古文の勉強だから怒られない大丈夫()
足柄の 箱根の嶺らの 和草の 花つ妻なれや 紐解かず寝む
作者不明の万葉集の歌です。庶民が歌った東歌じゃないかと思われます。
解釈は、訳した人によって違うようです。意味を知りたい人は、色々検索をかけてみてください。
しかし紐解かず寝むって、表現がどストレートだわ……東歌って、愛情表現を惜しまない歌多いなあ……。「多摩川に曝す手作りさらさらに何そこの子のここだ愛しき」とか(川原泉の『笑う大天使』より)
かなしい君へ 肥前ロンズ @misora2222
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