通勤(New花金Day)

 私はホームのベンチに座っていた。

 朝は通勤でそれなりに人の往来があるが、お世辞にも大きな駅とは言えない。ホームは二つだけ、西に行くか東に行くかだ。しかもこの時間帯は、ほぼほぼ私ぐらいしか人がいなかった。

 私は東に帰るホームから、西に向かうホームをボーッと見つめていた。


 いつの間にか自分の焦点が、ベンチに座る男の子に向けていたことに気づく。


 顔つきと体格、私服の姿から察して、大学生だろうか。多分立ち上がったら、私より30cmは身長あるだろうな。ライトグリーンと白のパーカーを羽織っている彼は、リュックサックを横に置いて、膝元にコンビニ袋を置いていた。

 ーーそれで、おにぎりを取り出して、パクリ。


 大きい一口だなあ、とぼんやりと思っていると、視線に気づいたのか、男の子がこちらを向いた。

 私と目が合う。


 プシュー、と音が出そうなぐらい、男の子は顔を真っ赤にさせた。


 そして申し訳なさそうに、チビチビと、しかし急いで食べることを再開する。

 おやまあ。どうやら私は、男の子に恥をかかせてしまったらしい。

 私は立ち上がって、ホームギリギリまで足を運び、大きな声で尋ねた。


「ねえ!」


 びく! と飛び跳ねるばかりに肩をふるわせた男の子が、ふたたびこちらに視線を向ける。


「そのおにぎり、なーにー!?」


 私が尋ねると、男の子は暫く逡巡した素振りを見せたが、私に負けないぐらいの声でこう言った。


「つ、ツナマヨです!」

「それ、美味しいー?」

「は、はい! 一番好きです!」


 その言葉に、「じゃあ今度、食べてみるねー!」と締めくくって、私はふたたびベンチに座る。

 暫く男の子はかたまっていたが、また持っていたおにぎりを食べ始めた。今度はゆっくり食べ始めたので、私は安心した。早食いは身体に良くない。

 後は、食べてる姿を出来る限り見ないように、視線をずらした。

 恐らく、食べている姿を見られたのが恥ずかしかったのだろう。食堂以外で人前で食べる姿を見せてはいけない、と躾られていたのかもしれない。でもお腹空くよね、あの年齢じゃ。男の子だし。

「変な女に絡まれた」って認識をずらせたのならよかったよかった。

 今まで見たことない子だったし、多分もう、会わないだろう。



 ところがその後も、私は向こう側に座る男の子の姿を見つけた。

 他に人がいて、流石にこの間のようにホーム越しから声をかける、なんてことは出来なかったけれど。

 男の子は今度はコンビニのクロワッサンを食べていて、目が合って手を振ると、照れたように手を振り返してくれた。



 それが一年ぐらい続いた。

 男の子の食べているものは、おにぎり、パン、フライドチキン、肉まん。ローテーションな時もあれば、季節ごとによって変わるものもあった。新作っぽいものも食べていた。

 目が合ったら手を振る。照れながら答えてくれるその姿に、可愛いなあ、なんて思ってしまうのだ。



 新型コロナウイルスの流行によって、パタン、とその交流はなくなってしまったけど。

 私は仕事を変えて、あの駅を利用しなくなった。大学も今はリモート授業だと聞くし、あの男の子もあの駅を利用することはほぼないだろう。


 会えなくなってから一年。

 コンビニでおにぎりを見ると、あの男の子を思い出した。

 ……人の目なんて気にせず、もう少しホーム越しから声をかけたらよかったな。いっそのこと、向こうのホームまで行って、話しかけたらよかった。

 名前も知らない、駅ですれ違うだけの男の子に心を奪われるなんて、20も半ばすぎておいて夢見がちだな、って思うけど。


 ツナマヨおにぎりに手を伸ばす。

 私より先に、誰かの腕が左から伸びた。


「す、すみません!」


 謝罪する声は、男の人のものだ。

 視線を辿る。

 私よりずっと身長が高い人。このおにぎりの棚よりずっと高い人。





 もう男の子じゃない彼が、スーツ姿でそこに立っていた。

 相変わらず、顔を真っ赤にしていたけれど。



ーーーーー

赤面系男子のお話に私は飢えている。

あと美味しそうに食べる人は、男女問わずに好き。

のでください。私はトキメキが足りない。

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