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     ◻



「たっちゃんたっちゃん、これ美味しい! マヨネーズ使ってるから、たっちゃんには勧められないけど!」


 さっきからこれがオススメだと食レポしてくるナオ。幻覚かな、犬の耳としっぽが見える。

 なんでコイツ、こんなに私に懐いてるんだろ……小学校のアレソレとか、恨まれても仕方ないよーなことしたのに。



「それ、どこにあったの?」


 私が聞くと、きょとん、とナオは首を傾げた。……やっぱり体型が変わっただけでは、コイツの年齢はかさ増しされないな。

 今の私には、幼少期の記憶と大差ないナオにしか見えない。


「え、でもマヨネーズ苦手だったよね?」

「食べられなくはないよ。昔だって、ポテサラ食べてただろ」


 今も得意ではないけど。そんなに美味しいって言うと、挑戦したくなった。

 そう言うと、すごく悩んだ顔をして、ナオは言った。



「これが……最後の一つです……」


 oh......。


「ごめん、渡したいけど、もう俺が口につけてるから」

「え、別に平気だけど」


 そう言うと、何故か顔を真っ赤にされた。

 何か変なこと言っただろうか。


「まあ、流石に人のものをとってまで食べたいとは思わないけど」


 そう言うと、黙ってナオが突き出してくる。


「……いいの?」


 そう言うと、無言でブンブンと首を縦に振る。カンタか。

 私はナオが持ったままの、クラッカーの上に乗ったサラダを口に頬張った。


「ん、美味い」


 このマヨネーズ、野菜とすごく相性がいい。苦手な私でも美味しいって思える。

 コイツ何でも「美味しい」って言うけど、ちゃんと美味しいものを区別できるんだよなあ。




 ああでも。

 こんな私でも、料理は割と熱中していた時期があって、ナオやもう一人の幼なじみはよく付き合ってくれてたんだけど。

 野菜炒めを作る時、調味料を入れる手順を間違えてしまったことがあって。べちょべちょになってしまったものを出してしまった。


 もう一人の幼なじみは、それはもう、嫌な顔をしていたんだけど。


『美味しいよ、たっちゃん!』


 ナオは、それはもう、美味しそうな笑顔で食べてくれた。





「た、たっちゃん……? どうしたの?」


 暫く顔を覗き込んでいたことに気づいたのか、困惑した顔でナオがあたしを見下ろしていた。



「……いや」


 ナオは嘘がつけない。誰かを攻撃するために揚げ足を取るタイプじゃないけど、結構指摘する時はする。まあ言ってる本人も結構辛そうで、多分、生来の真面目さから「真剣に相手のことを考えた上」で出てくる言葉なんだろうと思う。


 でも。

 あれは心から言った言葉だ。

 お世辞とか気遣いとかじゃなくて、今も、心から言っている。


 それは、作ってくれる人への感謝とか、そういうのを持っているからなんだと思う。

 与えられたことが嬉しい、と心から言える人。



「アンタに『美味しい』って言って貰える人は、すごく嬉しいだろうなって」



 思っただけ。

 そう言うと、何故かナオは不機嫌そうな顔をした。



「……作ってくれる人なんていないし」

「は?」

「そんなにビックリすること?」

「いや……外で食べるとか、家事代行人とかしてるのかなって思ってた」

「……あ、そういうこと」


 それはたまにしてもらってる、と言う。

 家事代行人、か。

 清掃員だった時のスキルが使えたらいいなって思うけど、私には無理だろうな。

 薬品で身体やられているから、化学製品使えないし。


「ホントにオーガニックな会社があればいいけど、そういうのってそうそうないよね……」


「自然に人に優しい」なんて銘打って、ちっともそうじゃない清掃会社知ってるしな……。

 なんて言うと、じゃあ、とナオは言った。







「作れば?」

「何を?」

「会社。オーガニックで出来るハウスクリーニング会社」


 …………は?





「はああああああ!?」 



 思わず声を上げて、皆がこっちを見る。

 けれどあまりにも突拍子もない発言で、あたしはそのまま詰め寄った。


「あんた何言ってるの!?」

「え、出来るんじゃない? あ、個人事業主もあるけど」

「いやいやいや! そんなの無理に決まってーー」


 そこまで言いかけて。

 また自分が、最初から「無理」と言っていることに気づく。

 そして、「可能性」を口にした奴が、コイツであることにも。

 私は、あることを試すことにして。



「……正直に言って。出来ると思う?」


 私に。

 そう言うと、色素の薄い目で、静かにナオは見下ろした。



「『無理』って言ったら、」


 どうするの。

 その言葉を聞いて。

 私の脳裏に浮かんだのは、パートのおばちゃんや、ベトナムの青年の顔。




「……わかった」




 帰るね私。そう言うと、待って、とナオが引き止めた。


「LINE交換しよう。何時でも相談に乗るよ」


 その言葉を聞いて、ちょっと私は笑った。


「ありがと。でも暫くは相談はないかも」


 まだ何も知らないから、相談も何も無い。

 普通の雑談になるよ、と言うと、うん、何時でも連絡して、とナオは笑う。

 LINEを交換して、私はとっとと会場を出た。



『無理』って言われても、ずっと想像していた。

 当たり前のように働けて、休んで、生きて行けたら。

 明日の心配をしないで、安心して眠れる夜が来る仕事。

 そんな場所があったら、どれだけいいか。


 ーーなんて、とんだ白馬の王子様を待つ姫様だ。


 ないなら作ろう。自分が。

 どうやればいいのかもわからないで、最初から『出来ない』なんて、アイツの前ではもう言えない。

 私、何にも知らないんだ。まずは勉強しよう。話はそれからでも遅くないだろう。


 私は駆け足でバス停に向かったが、まだバスは来ない。

 なら忘れないうちに、と、あたしはアイツにLINEする。




     ◻


 彼女から、初めてのLINEが来た。


『ありがと。ナオに言われたら、元気出た』


 その言葉を聞いて、僕はガッツポーズを作る。

 中学・高校時代ですら知らなかった、デジタルの連絡先。年賀状みたいに年に一回じゃなくても何時でも連絡できるんだ。



「嬉しそーね」



 たっちゃんと同じくらいの付き合いがある幼なじみの女の子が、ニヤニヤとしながら笑いかけてきた。



「でも意外だったわ。ナオくんがあそこで、『うん出来るよ!』って言わないなんて」

「だって、わかりきってるから」

 

 たっちゃんは何時だって、自分のためでは動かない。他人のために動く。

 それで、「こうだ」って自分で決めたら譲らない。


「俺がいじめられている時だって、そうだったし」


 誰かのために怒れる人だった。

 そのためには、一人で戦える人だった。

 よく人に「王子様系」だって言われていたけれど、僕にとっての「王子ヒーロー」は彼女だ。

 それは今も、変わらない。











「……ところでナオくんや、その体型って」

「ああコレ? 父さんがこれぐらいの体型の時、たっちゃんがすごい目を輝かせて、


『アルフレッド・モリーナみたいにかっこいい……!』


って言ってたから……」


「ナオくん、幼なじみとして残酷だけど言っておくね。



 あの子にとってアルフレッド・モリーナのポイントは、『ヒゲ』なのよ……」



 あとナオくん、残念だけど特に似てないから、アルフレッド・モリーナに……。顔の作りが真逆だから……。

 その言葉に、僕はそっかあ……と思った。あと『ヒゲ』は何となく知ってた。

 でも年相応に見え始めたんだよなあ、ようやく……。残念だ……。

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