一瞬

「今日も素敵ねダーリン! 結婚しましょう!」

「帰ってください」

「ああん、そっけない! そこが好き! 結婚しましょう!」

「話を聞いて」


 私が好きな人は、蛇の妖怪だ。

 薬に詳しくて、妖怪というより仙人のような人で。

 そっけないし愛想もないひと。けれど、人を襲うどころか人を助けてしまうお人好しなのだ。

 現に私も、5歳のときに谷で大怪我をしたときに治療して貰った。その上、人里まで送ってくれたのである。その時妖怪の姿の背中におぶわれて(彼は蛇の妖怪と言っても、どちらかというと空を飛ぶ龍のような姿なのだ)、私は恋に落ちた。

 こうして十年、彼を口説いては振られ続けているけど……。



「もう私も年頃の娘よ! そろそろ貰ってくれないとつまらない人間の男の奥さんになるわよ! 結婚しましょう!」

「……私にとっては、あなたは幼い子供みたいなものです」

「……そりゃ、五百年も生きるあなたからしたら、幼女も老女も似たようなもんでしょうよ。そうじゃなくて見た目! そろそろ釣り合ってきたでしょう! これならパッと見あなたがロリコンに見えることはないわダーリン!」



 このひとの人の姿は、四十代ぐらいの渋めの紳士。私の両親も二十ぐらい違った。



「いけるわ!」

「……今は釣り合っているように見えても、あなたは年をとっていきます。男である私が若い姿のままなのは、女であるあなたには不本意なことでは?」

「あ、そうね。すごいわ。好きなひとは一人なのに、オジさんとJK、同い年の壮年夫婦、若いツバメのカップルを味合うことが出来る……!」

「前向きすぎるこの娘」

「ショタアネが出来ないのが唯一の不満ね……」



 まあいいわ、と私は言った。



「あなたにとっては、人間の六十年ぐらい大したことがないでしょう。

 私の人生全部あなたにあげるから、ほんのちょっとの時間をちょうだい」

「……それは、あまりに不平等な約束ですね」

「そう? ちょうどよくない?」



 頑張ってもせいぜい百年程度しか生きられない私との時間は、500年くらい余裕で生きる妖にとっては、まばたき程度の時間だろう。

 あとは、自由に生きられるでしょう?

 死んだ私にはそれ以上干渉できないし、彼も私に縛られる理由はない。



「ね、だから、その時間、あなたの心をほんのちょびっとちょうだいよ」



 その言葉に、はあ、と彼はわざとらしくため息をつき、


「勝手ですね」と言った。





     ◆



 目が覚める。頭がぼんやりする。

 長いこと悪夢を見ていたよう。

 体の節々が痛い。年をとった、と思った時、結婚した一人息子がものすごい顔をしていた。

 話を聞くと、どうやら私は夏風邪をこじらせ、肺炎で死にかけていたらしい。そんな感じはしないほど身体には力が満ちていた。



「ねえ、お父さんは、あの人はどこ?」


 私は尋ねると、息子はぐ、と顔をしかめた。


「……おふくろ。落ち着いて聞いてくれ」


 落ち着いた振る舞いを見せようとして、……息子は顔を俯けた。

 ぽつりぽつりと、膝に涙が落ちる。

 嗚咽と一緒に、息子はすべてを説明した。





 ……妖を食べることによって、人間が不老不死になったり、病にかからなくなる伝説は、いくつかある。

 そしてあのひとは、蛇の妖怪だ。

 蛇は邪神の存在であるとともに、その身を食べることで病を防げたという伝説がある。または、この世の災いを防いだ存在とも。

 あのひとは、死にかけた私の代わりになって、私の命と引き換えにいなくなったのだ。


『……人間の寿命を超えることはないと思う。長く生きても、五十年程度だよ』

『親父は死んだんじゃなくて、おふくろの命の元になったんだ』


 ……それは、『死』と、何が変わらないというのだろう。

 息子はどちらかと言えば妖の血を強くひいており、その死生観は母であるにも関わらず、私には理解できなかった。


 遺書を渡された。

 息子がいなくなってから読んだ。


 あのひとの字は、とてもきれいな字だ。

 けれどやっぱり素っ気なく、たった一言だけ、こう書いていた。



『あなたがいない五百年は、私には耐えられない』


 ひどい恋文だ。

 本当にひどい。

 たった一行で。最後のお別れすら言わせず。どっちが勝手なんだ。

 まるで、自分だけが長い時間に耐えられないような文章。



「人間の五十年だって、耐えられないわよ……」


 妖怪にとっては一瞬だからって、人にとっては途方もない時間なのだ。

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