のちに伝説となる夫婦である

 龍の国。

 その国は、かつて『幻の国』とも呼ばれていた。島国で、鎖国していた故である。それも数十年前に開国し、その国は世界でも有数な近代国家へと成長した。

 対する砂漠の国は、数千年の歴史がある大国ではあるが、先の戦争に負け借金で首が回らない状況である。

 その皇太子であり、病で伏せる王の代わりに国の代表者となった私ーーラシードは、龍の国から来た第一王女、サクラとお見合いすることになった。

 向こうから積極的な申し出であったのだが……。



「お葬式ですか」


 侍女兼護衛のレイラがしかめっ面でチャイを運んできた。


「どちらも表情筋動かないし! 全っ然喋んないし! しゃべることと言ったらも、ほんと業務内容みたいだし! なんなんですかあんたら!」

「主人に対してそこまで言える侍女はお前だけだね、レイラ……」

「すみませんね、あいにく育ちが悪うごさいまして。でも結婚申し込んできたんなら、もっと艶めいてていいんじゃないですか? なんであんなお葬式みたいな空気になってるんですか」


 ……確かに、政略結婚といえど、あれはないよな。

 私が女性が好みそうな話題(花の都・太陽の国で流行している雑誌の、『これでモテる! 女性の好みそうな話題〜会話のリードは男性が〜』参考)を振っても、うわべだけなのを察せられるのか、それ以上進まない。彼女は彼女で、自ら話題を振ることはない。

 よって、会話は行き詰まっていた。



「あの王女も王女ですよ。いくら政略結婚で気が進まないからって、あんな態度は……」

「……それなんだが、レイラ。一つ気になることがあってな」

 私が言いかけた瞬間、失礼します、と戸が叩かれた。部下の一人、ハサンだ。

「先ほど連絡が届きました」

「どうだった」

「……皇太子さまの仰るとおりでした」

 そうか、と私は返した。



 龍の国は、数年前王権争いで揉めに揉めていた。

 古いしきたりに囚われるあまり悪政を敷く前王と、前前王の妾腹の男との争いにより、見事妾腹の男が勝ったという。現在、王についたのは妾腹の男ーーキリヤという男。前王の息子と、前王と母親を同じとする弟妹たちはほぼ処刑された。

 しかし、そのうちの一人、サクラ王女だけは処刑されなかったというーー。



「キリヤ王は、この見合い自体ご存知なかったようですね」

 私はサクラ王女に直接問いただした。

 サクラ王女は、ぴくり、と眉を動かした。

「この見合いは、あなたの独断ということになります」

「……独断ではありません。しっかりと、宮内大臣と外務大臣の許可はとってあります」

「でも王には伝えられなかった。それは、その大臣たちに反逆の意思ありと捉えられますが」


 砂漠の国にサクラ王女を嫁がせ、外部の国を味方にし王の首をサクラ王女にすげ替える。

 よくある手ではあるが、だからといって利用されるつもりはない。

 借金で首が回らない状態で、他国の戦火に巻き込まれるなんてごめんだ。キリヤ王は大変キレ者だと言う。万が一勝てるとして、この国にはなにも利益はない。借金が膨らむだけなのは目に見えていた。


「キリヤ王が直々に足を運ぶ、とのことです。それまでくれぐれも、あなたの身を確保してくれ、と……」


 サクラ王女の表情は、全く変わらなかった。

 ……ただ、滝のような汗を流していたので、動揺しているのは目に見えていてわかった。



「……失礼ですが、あなたはこの見合いにあまり積極的ではないように見えました。しかしそうではないようだ。よほどの事情があるとお見えします」


 お話いただけませんか、と私はつとめてやわらかく話す。


「何かお力添えできるかもしれません」ーー兼、龍の国の弱みを握れるかもしれない。

 厄介事を引き入れるつもりはないが、龍の国は豊富な財を築いた国だ。ここで借金返済のチャンスを逃すわけにはいかない。


「……ここで申したことは、他言無用にしていただけますか」

「もちろんです」

「……」

 す、とサクラ王女が身につけていたブローチを机の上においた。純度が高い翡翠のブローチだ。口止め料ということだろう。

 私はこれでいくらの水と食料に代えられるかを考えながら、彼女の言葉を待った。


「……実は」サクラ王女はゆっくり口を開いた。

 私の予想では、この若い王女は兄王と不仲であり、せめて居心地が悪くない国へ逃げたい、ということなのではと思っていた。あまり社交的でもないようだし、大臣たちにいいように言いくるめられてここにいるのだろう、と。







「私の兄、キリヤ王が迎える正室はーー男なんです」






 ……………ん?


「……………今、なんと?」


 私は思わず尋ねる。申し訳ございません、とサクラ王女は真顔で続けた。いや、なにが。


「ご不快に思うのは重々承知の上です」


 いえ、そうではなくて。

 たしかにこの国含む大国は教義により肉体の同性愛を禁じている。しかし一方で、精神的な同性愛ーーいわゆる少年愛が後宮や城ではさかんだった歴史もある。近代国家の模範として、少年愛も悪しき習慣と排除されつつあるが、それはおいておいて。


「……その、男が正室である、ということと、この見合いにはなにか関係が……?」

「我が国では、男同士や女同士が恋愛することは特に珍しいことではありませんでした。ですが、開国と同時に、大国の規範に沿わねばならないことになって……今の龍の国では、強烈な反同性愛運動が起きつつあります」


 そこでキリヤ王の伴侶ーーチヒロは、女と偽ってキリヤ王と結婚することになっているのです、とサクラ王女は言った。


「ですが、女と偽っても、子どもは産めません」

「……まあ、それは」

「子供が産めないことを理由に、側室にと群がるものが出てくるでしょう。ひょっとしたら男ではないかと怪しまれるかもしれない。……それを防ぐためにも、私が歴史ある大国に嫁ぎ、子どもを養子に迎えるのが最善だと」

「それは、あなたの地位を獲得するためですか? 龍の国の王の母になりたいと?」


 ポカンとサクラ王女が目を丸くした。

「……随分、直球でお尋ねなさるんですね」

「気を悪くさせてしまいましたか」


 いいえ、とサクラ王女は言った。


「他の方々からみれば、地位や権力は、そんなに魅力的なのでしょうか」


 呆然としたまま、サクラ王女は続ける。


「そんなもののために、血まみれの戦争が起きてしまったんです。本当はどうだっていいんです。兄も、私も。私たちは、好きな人と一緒にいれるだけでよかった。兄は、普通に暮らすことが許されなかっただけ。兄以外、あの国を治められる人がいなかっただけです」

「サクラ王女?」

「兄は王になりたくてなったわけじゃない。なのに、好きな人と一緒にいる権利すら奪われたら、そんなの、可哀想すぎる」


 ガバ、とサクラ王女は立ち上がった。


「失礼なのは重々承知の上でお尋ねします。この国は、お金に困っているのではないですか」

「……この結婚を受けたら、負債分を払っていただけると?」

「あ、その点に関しては私はノータッチです。それは兄と財務大臣が決めることなので。私が申し出たいのは、カナート(地下水道)の修理の件です」


 次の言葉に、私は目を丸くした。


「カナートの修理より金が掛からず、しかも年月を重ねるごとに成果が上がる方法があります。……そちらにも、利があるかと」


     ◆ 


 サクラ王女の提案は、砂漠に流れる大河から、用水路を引くというものだった。

 龍の国では雨が大量に降るが、山が多く大概の水はすぐに海へ流れる。そのため用水路がかかせないこと。

 地下水道は壊れないように作るが、用水路は修繕する前提で作るため、人の手でなおしやすく安上がりにできること。

 用水路は、砂漠を緑化できる可能性があること。

 安全な水が手に入れば、病気する可能性も格段と下がること。

 メリットだけでなくデメリットも説明しており、それにはこのような策でリカバリーできると説明する。



「すごく……喋りますね」


 あの見合いの空気はなんだったんだ、と思うぐらい、ものすごい説明量だ。

 は、とサクラ王女が我に返った。


「……申し訳ございません」

「いえ、むしろ喋ってもらえるほうがありがたいです」

 私も会話が上手な方ではない。基本、学者や大臣たちと喋ることの方が多い。政治や自然科学に関しては何時間も喋られるのだが、女性はそういうのを好まないと聞く。

 腹心相手にはそういう気を遣わずありのままでいるので、レイラやハサンからは、「皇太子さまって陰キャですよね」と言われる始末だ。

 何故、ずっと黙っていたんだろう……と思い、尋ねてみる。すると、サクラ王女はおずおずと書物を取り出した。


『男性に好かれるタイプは、「聞き手上手」!』


 ……と、書かれた見出しが目立つ、女性誌のページ。


 ……私も、参考にした雑誌を取り出した。



「……」

「……」


「……わが国でも、あまり、喋りすぎる女は殿方に嫌悪される、と、言われておりますので……」

「こちらは、あまり社会的・政治的な話は女性に受けない、と書かれていました……」


 お互い、顔を突き出した。


「雑誌は参考になりませんね!!!!!」

「まずはお互いを知ることが大切ですね!!!」


 こうして、脱・葬式モードの見合いから、とても盛り上がる見合いが始まった。

 こっそり様子を見ていたレイラには、「まったく色気がない」と言われていたが、そんなものは気にもならないほど盛り上がった。

 めっちゃ楽しかった。


「これだけ利益も好みも合うのなら、結婚してもうまくいくのでは……!?」

「しましょう、結婚(真顔)」



 のちに私たちは結婚し、後世には『伝説の国王夫妻』と呼ばれるようになるのだが、それはまた別の話。



〜次回予告〜

政略結婚を阻止しようとお忍びでやってきたキリヤ王(シスコン)に、「私達恋愛結婚です♡」を装うとするラシード皇太子とサクラ王女。しかしあまりに大根役者ぶりの二人に速攻で見破られてしまう!

「もう、最終手段です。私達龍の国では、『果たし愛』という習慣があります」

「……幻の国には、そのような物騒な習慣が……」


 王と王女の、限りなく痴話喧嘩に近い兄妹喧嘩の果たし合いが始まるーー!(嘘)




登場人物


サクラ

龍の国、前前国王の正室の第一王女。みそっかす扱いだったため、母と同じくする兄弟からは冷遇されていた。そのため、同じく冷遇されていたキリヤとは長い付き合い。キリヤの伴侶となるチヒロは初恋の相手。

キリヤとチヒロの仲を心から応援するゆえに、婚活を積極的に行っていたが、3度振られた。砂漠の国では4度目の婚活。

表情筋が死んでいるが、感情は豊か。頭はとてもいい。 


ラシード

砂漠の国の皇太子。借金で首が回らない状態。色々策略を立てるが、真面目で頑固なのでなかなかうまく行かない。陰キャ。国民と腹心には愛されている。のちに『名君』と呼ばれる。


キリヤ

龍の国の現王。すぐれた為政者。シスコン。サクラ王女の政略結婚に反対する。しかし、側室を持っても伴侶のチヒロ(男)以外愛せないことを周りが察しているため、これ以上生臭い権力争いが起きぬようサクラ王女の婚活を推していた。冷酷な反面、チヒロやサクラを自分のこと以上に大切にしている。


レイラ

ラシードの侍女兼護衛。ラシードの陰キャぶりに対してけちょんけちょんに言えるのは彼女だけ。サクラ王女の天然ぶりにツッコミを入れられるのも彼女だけ。


ハサン

ラシードの腹心。普通。

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