第28話 真面目な少女と語りたい

 翌朝、午前6時。

 紗羽サワとの一日のスタート地点は大浴場前だった。

 紗羽サワからこの場所を指定されたのだが、俺としては昨日の杏奈アンナの件もあり不安いっぱいで紗羽サワの到着を待っていた。


岡尾オカオさん!お待たせしましたー!」


 紗羽サワが息を切らせながら走ってきた。


「いや、そんなに待ってないぞ。ほぼ約束の時間通りじゃないか」


 約束の6時から1分遅れで紗羽サワがやって来た。

 格好はジャージ姿で、よく見るとジャージの所々や手などが土で汚れていた。


「すみません、朝の畑仕事をしていたもので………」


「なるほど、そう言えば毎朝この時間に風呂に入ると言っていたな。畑仕事の後だからというわけか」


「はい」


 良かった、やっぱり紗羽サワは真面目な子だ。

 さっきまでの俺の不安は一気に解消された。


「お疲れ様。それじゃあお互いひとっ風呂浴びてくるか。そうだな、一時間後にまたここで待ち合わせでいいか?」


「はいっ!」


 紗羽サワは気持ちのいい返事をして女湯へ入っていった。

 それを見届けてから俺も男湯のほうへ入る。

 ………問題ないとは思うが、念のために一応男湯の入口に鍵をかけて。




 今日は昨日と違い、一時間という時間をフルに使えたので、サウナや水風呂なども堪能して心身ともにリフレッシュする事ができた。

 時計を確認し、一時間ちょうどとなる時間を見計らって男湯の外に出ると、紗羽サワが入口前で俺を待っていた。


「悪い、待たせたか?」


「いえ、約束の時間通りじゃないですか」


 紗羽サワはニコッと笑い、今度は紗羽サワが一時間前の俺のセリフを返す。

 さてはこれが言いたくて予定の時間より早く出てきたのか。

 そんな紗羽サワの可愛い仕返しを見て、俺も思わず笑みが溢れる。

 昨日のような緊張感も無く、やっぱり紗羽サワが相手だと気楽に過ごせそうだ。


「さてと、あらためて今日はよろしくな。まずは………朝食かな」


「はい!」


 まずは朝食という提案を受け入れてもらえたところで、食堂のほうへ向かおうとした俺を紗羽サワが呼び止めた。


「あのっ、岡尾オカオさん!」


「ん?どうした?」


「あの、よろしければ今日の朝食は私に振る舞わせて頂けませんか?」


紗羽サワが?」


「はい!ご案内します!」


 すると紗羽サワは俺を追い抜いて屋敷の玄関のほうへ案内を始めた。

 俺達は玄関から外に出て、初日に見せてもらった紗羽サワの畑のほうへ歩いた。

 畑を通り過ぎると、そこには一軒の田舎の民家のような家があった。

 そう言えば初日に畑を見た時にもあんな家があったような気がする。


「この家は?」


「ここは畑の管理のために兎毬トマリさんが用意してくださった家で、ここでの私の住まいです」


「それじゃ紗羽サワ兎毬トマリの屋敷に住んでるわけじゃなかったのか」


「あ、一応お屋敷のほうにも私のお部屋をご用意して頂いているんですけど、野菜作りを始めてからはほとんどこっちで寝起きしてます」


 なるほどな。

 俺の『交番』と同じようなものか。

 あそこにも休憩用の部屋とトイレと一通り揃っていて、なんならあそこで生活も充分できるレベルだしな。


「お邪魔します」


 中に入ると外から見た印象そのままに、内部も普通の『農家の家』といった感じの造りだった。

 畳の居間に通され、丸いちゃぶ台の前の座布団の一つに腰を下ろさせてもらう。

 紗羽サワは手早く俺にお茶を出すと、隣の台所で朝食の用意を始めた。

 何と言うか一つ一つの動きに無駄がなく、随分と手慣れた様子だ。

 そんな紗羽サワの手際の良い動きを見ていて、「まるで主婦のようだ」という感想をもった。

 俺より二つ年下の16歳の少女なのだが、きっと紗羽サワはいい奥さんになるだろうな………。

 そんな事を考えている自分がまるで紗羽サワの夫にでもなったような錯覚におちいり、ふと我に返って顔が熱くなる。

 台所から聴こえ始めた「ジュージュー」という食材の焼ける音を聞きながら、俺の赤くなっているであろう顔が元に戻るまで、もう少し時間をかけて料理していて欲しいと願うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お嬢様は理想の国を作りたい 太堂寺姫子 @himeko9076

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ