第27話 小さな少女と語りたい③

「なー、カケヤン。そろそろ機嫌なおしてーや」


「………………」


 俺は杏奈アンナの声に応えず、ひたすらデッキブラシで大浴場の浴槽を磨いていた。

 別に怒っているとかではなく、恥ずかしさと自己嫌悪で杏奈アンナの顔をまともに見る事ができなかったからだ。

 一線を越えはしなかったが、その一歩手前までしてしまったようなものだ。

 あの時、力ずくでも杏奈アンナの体を引き離していればあんな事にはならなかった。

 俺と杏奈アンナの腕力の差は圧倒的だったのだから。

 だが、仮に力ずくで引き離すとして、その場合は杏奈アンナの体のどこかを掴んでという事になるが、あの時の杏奈アンナは全裸だったわけで、一体どこを掴めば良かったのだろうか?

 その事を考えていると、また杏奈アンナの裸を頭の中で思い浮かべてしまう。


「はあ………」


「そんな溜め息せんといてや。さすがにウチもちょっと傷つくで?そんなに嫌やったんか?」


「………いや、そういう事じゃなくてだな………悪かった」


「なんで謝るん?だってウチのお尻でイッてくれたんやん」


「っ!………お前なぁ」


「まあまあ、ウチも悪ノリし過ぎたて反省してるから」


 当の杏奈アンナがこんな調子なものだから、俺もいつまでも今の態度を続けるのは大人気おとなげない気がしてくる。


「なあ、お前は兎毬トマリの例の計画に本気で付き合うつもりは無いって言ってたよな?なら何であんな事したんだ」


「ん~………」


 杏奈アンナは右手の人差し指で鼻の先をポリポリと掻く仕草をしながら答える。


「トマリンの計画そのものに興味ないのはホンマやで。けど、個人的に『恋愛』にまで興味が無いわけやない。ウチかて好きな男の子ができたら、そらHな事とかしたいって気持ちはあるわ」


「で、でも、別に俺の事がその………好きってわけじゃないんだろ?」


「さっきも言うたやん。カケヤンの事、だんだん好きになってきてるって」


「好きになりかけで裸で迫るのかお前は!」


「それは………ウチの『研究』にも関わる事やったから」


「研究だと?」


「これも言うたと思うけど、ここにいる達はそれぞれに目的があって来てるって」


「ああ、確かに言ってたな。お前の場合はその研究とやらの為だというのか?」


「せや。詳しい内容まではまだ話せんけどな」


 研究か。

 つまりここにいる奴は必ずしも兎毬トマリの理想に共感しているからここにいるわけではなく、何かしらの利害関係が一致しているから、という事か。

 杏奈アンナの場合はその研究に都合がいいからここにいるという事らしい。

 俺にとっての『アカねーちゃんの課題』のようなものなのかもしれないな。

 しかしまぁ、風呂場で裸で迫ってくるのが関係するあたり、ろくな研究では無さそうだが。


「まぁ、話したくないなら無理に聞くつもりは無い」


「助かるわ。ほな、掃除はもうこんなもんでええやろ?ウチは部屋に戻るわ」


「ああ」


「明日のお相手はサワリンやったな?まぁ頑張ってきぃや」


紗羽サワなら今日のお前よりは平和に過ごせるだろうから特に心配はしてないよ」


「そうやとええな………それじゃっ」


「?」


 そう言い残し、杏奈アンナは部屋に戻っていった。

 さっきのはどういう意味だ?

 まだ付き合いは浅いかもしれないが、俺の中で紗羽サワはここでは一番の常識人なのだが………。

 最後に人を不安にさせる捨て台詞を残していきやがって。

 一応、心構えだけはしておくか。

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