第22話 楽しむ時は妥協しちゃいけない

 風呂から上がり、俺はそのまま屋敷の1階にある『売店』へとやって来た。

 そこは屋敷内の一部屋をコンビニのような造りに改装されており、売られている商品も様々だが、コンビニと違う点は、弁当や菓子パンなどの食料品が置いていない代わりに電化製品や日用雑貨が充実しているところだ。

 そしていかにも兎毬トマリの性格が反映されている部分として、やたらとアダルト系のグッズやDVDの品揃えが豊富なのも目立つ。

 いつもの俺なら溜め息混じりに兎毬トマリを注意するところだが、そういった行為も必要だと認識してしまった今となっては、どうしたものかと悩まされるところだった。

 俺の買い物カゴの中には既にボックスティッシュが入っている。

 これだけならまだ「日用品を買いに来た」で通るが、流石にアダルトDVDまで買い物カゴに入れたら言い訳のしようが無い。

 そんな物を買ってナニをするのかと言われれば、『使用用途』など一つしか無いからだ。

 そんな物など無くてもティッシュさえあれば目的は果たせるのではあるが、目的達成に至るまでの満足度が違う。


「どうしたものか………」


「どうするの?買わないの?」


「うわぁっ!?」


 突然背後から声をかけられ、思わず飛び退く。

 声の正体は兎毬トマリだった。

 マズイ、一番見られたくない奴に見られてしまった。


「あ~いいから、いいから、落ち着いて。別に変な勘繰りしないから」


「いや、俺は別に何も………」


「ストップ。あのね、翔琉カケル君も若い男子なんだし、むしろ健康のためにも定期的に『出さなきゃ』駄目なの。そのためにこういうグッズも置いてるんだから」


 兎毬トマリの表情に笑いは無く、真面目な顔で続けた。


ってね、どうしてもイケない事のようなイメージがあるけど、生きている以上必要な行為なのよ。だからと言って大っぴらにやるものでも無いけど、逆に全くやらないのも不健康なの。別に誰にも言いふらしたりしないから、早いとこ好きなの選んで買ってっちゃいなさい。なんなら他のが来ないように見張っててあげようか?」


 意外にも今の兎毬トマリには俺を茶化す様子は一切見られない。

 どうやらこの『性欲処理』の件に関しては本当に真剣に考えてくれているようだ。


「そ、そうか………わかった。それじゃあ」


 俺はDVDを一本選び、カゴの中に入れてレジへ持って行こうとする。

 すると………


「………下手へたっぴ」


「え?」


「下手だなぁ翔琉カケル君は。欲望の吐き出し方が下手っぴさ。そんなので君は本当に満足できるのかい?」


 急に兎毬トマリの雰囲気が変わり、俺にダメ出しをする。


「性欲って奴はね、出す時には思いっきり出さなきゃダメなんだ。変に我慢なんてしようとすると、すぐにまた不満と一緒に蓄積される。ただでさえ君は自制心が強すぎるんだ、数日に一度の解放の時まで自分を押さえつけてちゃ体に良くないわよ」


「そ、そうかな」


「そんな適当に選んだDVDなんかで満足できるはずがないわ。そうねぇ………私のオススメはこれかな」


 そう言って兎毬トマリは『極上!美人女子大生の初体験♡』と書かれたパッケージをカゴの中に入れる。


「そして極上の一本を観るのに、いつも通りの自分の右手じゃあ味気無いでしょ。コレに付属のローションをたっぷりかけて、思いっきり溜まってるモノを吐き出してあげなさい。コレは私のオゴリよ」


 オススメDVDに続き、『まるで本物のような感触』と書かれたシリコン製のホールを手渡してきた。

 こういう道具が世の中に存在する事は知っていたが、今まで使った事は一度も無い。


「あ、ありがとう………」


「いいのよ。これで翔琉カケル君が明日からの仕事に集中できるようになるなら安いものだわ」


 俺は兎毬トマリに礼を言うと、買い物カゴをレジに持っていき会計を済ませる。

 売店を出る時にもう一度兎毬トマリのほうを見て、表情だけで感謝の気持ちを伝えると、そのまま自分の部屋へと戻っていった。

 それにしても今日の兎毬トマリには妙な説得力があったな。

 俺と一つしか歳が違わないはずなのに、まるでたくさんの人生経験を積んできた40過ぎのオッサンのような貫禄を感じた。



 そして部屋に戻った俺は、中が透けて見えない黒いビニール袋から購入したしなを取り出して眺める。


「今朝、出したばかりだからな………しばらくは大丈夫か」


 いずれ使う日が来る時のため、クローゼットの中にしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る