第20話 料理の腕が素晴らしい

 紗羽サワ杏奈アンナが学校へ登校し、兎毬トマリ流乃ルノの下ネタ芸人コンビも追い払った後はしばしの平穏な時間が訪れる。

 このままここでボーッとしていてもひまなので、『パトロール中』のボードを掛けてから巡回に出掛ける。

 パトロールと言っても特にこれといって見て回るところも無いのだが、この周辺の地理を覚えるのも兼ねての散策と言ったほうが正しいかもしれない。

 何も無いが、広さだけは無駄にある『兎毬トマリ王国』。

 自転車を使っても午前中だけで全域を廻る事はできない広さだ。




 正午少し前に交番まで戻り、今日の昼食をどうしようかと考え始める。

 昼食は兎毬トマリの屋敷の食堂へ行けば無料タダで食べられるのだが、流石に勤務中は交番ここで食べるべきかという変な使命感もあり、出前のメニューを眺める。

 結局その出前も食堂の使用人さんが持ってきてくれるわけで、その手間を考えれば俺から食堂に出向くべきかとも思い悩むのだが。


「何を食おうかな………」


 そんな事を考えながらメニューを眺めていると、本日3組目のお客さんがやって来た。


「お勤めご苦労様、岡尾オカオ君」


 それは間黒マグロ 寧音ネネだった。


「ああ、寧音ネネか。その言い方は何だか塀の中に入れられてるみたいだから勘弁してくれ」


「今のこの状況も似たようなものでしょ?あなた兎毬トマリさんに無理矢理ここへ連れてこられたって聞いたけど」


「そう言われるとその通りだな………」


 午前中の訪問者達と違い、静かな物腰の寧音ネネには心が癒される。

 と言うと紗羽サワには悪い気がするが、紗羽サワには高確率で杏奈アンナもセットで付いているからなぁ。

 みんながこの寧音ネネ紗羽サワみたいだったら良かったのに。


「そろそろお昼の時間でしょ。もう何か出前とか注文しちゃった?」


「いや、まだこれからだけど」


「良かった。なら、これ食べる?」


 そう言った寧音ネネの手には弁当箱の包みがあった。


「え………それ、俺に?」


「い、嫌なら無理にとは言わないけど」


「いや、嫌じゃないよ!ありがとう」


 寧音ネネは照れ臭そうな顔をしながら弁当箱を机の上に広げ始めた。

 蓋を開けるといろどりも豊かなオカズが顔を覗かせる。

 料理についてはあまり詳しくない俺だが、これはかなり本格的なんじゃないだろうか?

 いわゆる『家庭のお弁当』と言うよりも、『料亭の仕出し弁当』のような雰囲気だ。


「すげぇ………これ、寧音ネネが作ったのか?」


「そ、そうよ………」


「それじゃあ、いただきます」


 手を合わせてから弁当に箸を伸ばす。

 一口食べてみると、見た目の見事さにたがわぬ見事な味付けだった。


「うん、旨い!すげぇな、これ」


「ま、まあね。これでも一応、料理人志望だから」


「そうなのか。そういや実家が寿司屋だったっけな」


「うん。でも私、お寿司屋さんは無理だから………」


 寧音ネネの表情が曇る。

 始めて会った時に実家の寿司屋の事は誇りに思っているとか言っていたが、寿司屋を継ぐ気は無いって事なのだろうか。


「………もし嫌じゃないなら、その辺の事情を聞いてもいいか?」


「うん………前にも言ったけど、実家の寿司屋という職業の事は好きだし、寿司職人という人達の事も尊敬しているわ。でも、私は寿司職人にはなれないの」


「それはまた何で………女性の寿司職人なんて珍しくもないと思うんだが」


「寿司職人と他の料理人の違いは何かわかる?」


 寿司職人とそれ以外の料理人………何だろう。

 魚は………寿司以外でも扱うしな。


「寿司職人はね、カウンターでお客様の前でお寿司を握るの。そして、目の前のお客様を楽しませる話術、コミュニケーション能力も必要とされるわ。ただ料理の腕前だけが高いだけでは勤まらない仕事なのよ」


「なるほど」


 つまり寧音ネネ他人ひととのコミュニケーション能力に不安を抱えているというわけか。

 だから寿司以外の、客との直接のコミュニケーションを必要としないジャンルの料理人を目指していると。


「しかしな………寧音ネネはそれでいいのか?実家の寿司屋の事を誇りに思ってると言っていたじゃないか。聞きにくいけど、他に跡取りとか………兄弟がいるのか?」


「私は一人っ子だから………」


「なら親御さんはお前に跡を継いで欲しいんじゃないのか」


「………………」


 どうやら図星のようだ。

 なら、そんな事は俺が言うまでもなくずっと考え続けてきた事だろう。

 今はこれ以上俺が踏み込むべき問題じゃないな。


「ま、お前が実家を継ぐにしても継がないにしても、今すぐってわけじゃないだろ。ならここでしばらく料理修行をすればいいさ。俺でよければ味見役くらいならいつでもしてやるからさ。こうして昼飯を作ってきてもらえるのも有難いしな」


岡尾オカオ君………」


 我ながら随分と偉そうと言うか、くさいセリフを言った気がする。

 よく考えたら寧音ネネと同い年だというのに。

 だが、この寧音ネネとの会話が今までで一番、警察官としてのお悩み相談ぽい事ができたような気がする。

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